2‐02‐3 変化
秋学期第一週 4日目
学舎寮にいる限り、休暇中であろうと履修期間であろうと朝の祈りの時間は必ず参加しなければならない。
これが免除されるのは体調不良などやむを得ないときだけである。
故に今朝もナギサは朝の祈りに参加する。そしてこの後は朝食前の手伝いである。今日は食堂の手伝いのはずと足を食堂に向けようとしたところ、トランキリタからの呼び出しを受けた。
ナギサがトランキリタの部屋へ入ると何故かトランキリタだけでなく神官長もそこにいた。
驚くナギサに「では、わたしはこれで」とだけ神官長に告げると、トランキリタはナギサに軽く微笑みかけながら、彼女の肩に軽く手を置いた。そして、静かに部屋を後にした。
「リュークからこれを預かっている。君に渡して欲しいとね」
気まずさと驚きに棒立ちになるナギサに、神官長は預かり物の魔封箱を手渡す。ナギサはうっかり条件反射的にそれを受け取ってしまったが、手にした小箱を見つめ、どうすればよいのか戸惑ってしまう。
「リュークからですか?」
なんだろう、元世界で首飾りや腕時計が入っているような細長い小箱。それにこの小箱、何か変わっている。
神官長からはただ中身を確認するようにと促され、ナギサは蓋をそっと開けてみた。
「——綺麗。あの、神官長、これはいただけません。あまりにも分不相応です」
ナギサは首飾りを手に取り、その美しさに一瞬息を呑んだ。
それは美しい細工が施された黄金色に輝く首飾りであった。この黄金色は金細工の輝きではない。魔石を、それも極少の魔石をビーズのようにつなげた首飾りである。そのビーズ一つ一つに繊細で緻密な細工が施され、魔石自体が輝いているように見える。恐らく何らかの魔法が込められているのであろう。とても繊細で華奢な作りなのだが、魔力の波動のようなものが感じられる。
「ナギサ君、君が言いたいことはおおよそ想像がつく。だが、それはもらってやって欲しい。そしてそれを常に身につけていて欲しいのだ。それは護符。リュークが君の為に必要だと考えて用意したものなのだから」
こんな目立つものを身につけてよいのだろうか、と考えてしまう。10歳の子供が身につけるには高価すぎるし、立派すぎる。自分が王侯貴族の子女であるならまだしも、ただの平民。ましてやここでは身元不明の孤児扱いだ。絶対に悪目立ちしてしまう。
神官長が言うこともわかるのだが、自分に護符がそもそも必要な理由がわからない。しかもそれを用意したのが“ただの商人”を自称するリュークである。ますますわけがわからない。
「神官長、わたしに護符が必要なのですか?」
(もう、わからないから聞いてやる)
「リュークが必要だと判断した」
(——はぁ? それだけ?)
神官長の簡潔すぎる回答にどう反応していいのかわからないナギサである。
いやいや待て待て、その言い方。
神官長とリュークの仲がいいのは先日の薬草園での会話でわかる。何か頼まれごとをされても断らないぐらいの信頼関係にある二人なのだろう。だが、この件でのリュークに対する信頼って、仲が良い人同士のそれではなくて、権威者の判断に対するそれではないのか?
リュークって何者なの。先日の厩舎でのこともある。それに何故わたしをそこまで気にかけるのかもわからない。
「12の節にはリュークは戻ってくる。その時に本人に聞きたまえ」
ナギサが一人考えに浸っていると、神官長はナギサの考えを見透かすようなことを口にする。
無表情を通しているが、ナギサには若干申し訳ないとウォーリは思っていた。
ナギサを窺えは“絶句”といえばいいのか、彼女の表情はまさにそれだ。
気持ちは想像できる。
わたしもリュークが何を考えてこれほどの護符を用意したのか理解できないのだから。
ただ、間違いなく“必要だから”用意している。そこに若干“想い”が入っているのはなんだかと思うのだが。
ここで問答を繰り返しても意味がない。ナギサには申し訳ないが少し卑怯な言い方をさせてもらおう。
「ナギサ君、神官長として命令することもできるが、できればリュークの意思を尊重してそれを身につけてくれないか」
「——わかりました」
ナギサを見れば、大人しく首飾りを身につけている。今までこういったものを身につけたことがあるのだろうか。ずいぶん手慣れた様子で首の後ろで留めている。
と、首飾りが白く輝きだす。そしてほんの一瞬ではあったがナギサの全身が包まれるほどの光を発した。
(トランキリタに部屋を借りて正解だったな)
光が収まった後、ウォーリがナギサの首元を見ると、それは10歳の少女が身につけていても何の違和感もないようなシンプルな首飾りに変化していた。
ナギサはまだ魔封箱という魔道具の存在をしらないです。見てはいるのだけど、わかっていない、という感じです。
2025.03.07
修正を入れました。ネックレス表記を首飾り表記へと。あとは気になっている箇所を少し手を加えました。




