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ヴィルディステの物語  作者: あるかな
【第1章】

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1‐11‐5 戸惑い




 リュークは戸惑っていた。

 厩舎へ愛馬——クラウスの様子を見に来たのだが、いつもの場所にいない。ならばと念話を試すが、無視される。この辺りにいることは察知できているので、心配はしていないのだが、この「邪魔をしないでくれ」という空気感が意外すぎる。


 すぐ側で作業をしている馬丁にクラウスのことを尋ねると、他の練習馬と一緒に運動場にいるという。


 ——あのクラウスが他の馬と......?


 リュークは馬丁の言葉に目を見開いた。



 ◇



 そこでは一人の少女が練習馬を馬房に戻す作業をしていた。そして、その後ろには“大きな黒馬”が“子犬”のごとく少女に付き従っていた。


 クスクスとした笑い声とともに、横から声がかかった。


「流石のリュークさんも驚いたみたいだね。リュークさんの愛馬、わたし達の言うことをほとんど聞いてくれなくて、何度もリュークさんに手伝ってもらっていたけど、ここ数日は御覧の通り。ナギサ君、ああ、あの女の子だよ、がいる時は非常に聞き分けが良くってね」


「えっと、それってここ数日、毎日があんな状態ってことで、いいのかな?」


 リュークとしては、ファイヌムの言葉が信じられない。あのクラウスが子犬のように従順だなんて......。


「そうだよ。この秋休暇だけナギサ君に手伝ってもらう約束なんだけど、初日からあの状態。最初は僕も馬丁達も驚いたけど、もう慣れたね」


 驚きにますます目を大きく見開いているリュークである。その様子にファイヌムの口元から笑いが零れる。苦笑しつつも、ナギサが手伝いとしてやってきた当初からのことをリュークへと語った。


 リュークがファイヌムの話に驚いていると、ナギサが練習馬を連れて馬房へ向かった。ファイヌムの話では、ナギサの手伝いは夕方まで。間もなく約束の時刻なので、馬達を戻しているそうだ。


 なるほど、ではクラウスはどうするつもりかと観察していると、そのままナギサを待つつもりなのか、ナギサが立ち去った方向を見つめている。


 暫くして、ナギサが戻って来た。すると、クラウスがナギサに近づいたかと思うと、前肢を折りナギサに、背に乗るように促しているではないか!



 ◇



 ——馬上から見る風景がここまで違って見えるとは!


 ナギサは今、黒馬、いやクラウスの馬上にいる。初めて乗った大きな馬。いつもの練習馬よりも背が高く、当然見えてくる景色も違ってくる。この景色を楽しみたい気持ちは凄くあるのだが、現状は落ち着かないことこの上ない。何故なら、ナギサの横でクラウスをゆっくりと引いて歩いているのは、リュークなのである。


「あの......リューク様、本当によろしいのですか? リューク様が引いてくださらなくても、他の方に......」


「ナギサ、“様”はいらないって、さっきも言ったよね。それから、そこまで改まって話さなくてもいいから。僕はただの商人だよ。薬草園で話した時のように、もっと普通に話して欲しいな」


「いえ、でも神官長やクラーヴィア様と近しい方と知ったうえで、あまり馴れ馴れしいことは......」


 ナギサにとって神官長やクラーヴィアは雲の上の人。その人達と対等に会話しているリュークは、当然のごとくその“階級”に属するであろうと推測する。いくら本人がただの商人だと言っても、ナギサには素直に受け入れがたいのだ。


「そんなこと気にしなくてもいいから。クラウスがここまで気に入っている君に敬語なんて使われたら、後で僕がクラウスから小言をくらってしまうよ」


 まるでリュークの言葉に同意するかのように、クラウスが軽く頭を動かしている。それに、なんだかクラウスからも妙な圧を感じるのだが、気のせいであろうか。


「......わかりました。では、ほんとうにお友達言葉でお話しますよ? 年齢差だってすっごくあるのに......」


 ナギサが根負けして普段の話し方に戻すと、クラウスからの妙な圧も消え、何故かリュークも嬉しそうな雰囲気を漂わせる。


 そもそも、何故ナギサが馬上にいるかといえば。

 つい先ほど今日の手伝いを終え馬房から出てくると、クラウスがいつものように近づいてきた。今日もクラウスの馬房まで一緒に帰ろうとすると、なぜかクラウスが跪いた! いや、馬なのでその言い方はおかしいかもしれないが、前肢を折り、ナギサに鼻面を摺り寄せる様はまるで跪いているようで。


 ナギサがこの状況に驚いていると、ファイヌムとリュークが笑いながら声をかけてきた。これは“ナギサを背に乗せたい”という、クラウスの意思表示なのだという。

 ファイヌムが言うには『クラウスはこれまでもナギサ君を乗せたそうにしていた』らしい。それが今日は主人たるリュークがいる為、実力行使に出ているという。


 結局ナギサはクラウスに押し切られるようにその背に乗せられ、かつクラウスの主人であるリュークが馬を引くという今の状況なのである。



 運動場の中をただゆっくりと歩くだけ。それでもやはりいつもと違う風景が新鮮である。秋の夕暮れ、赤い夕陽が美しく、その夕陽が照らすクラウスとリュークにも自然と目がいってしまう。


 クラウスは鬣も真っ黒なはずなのに、陽に透けるそれは白銀のように輝いて見える。


 そして隣を歩くリュークの髪は夕日を浴びてより黄金色を濃くして、まるでリュークから光を発しているかのようだ。


「リュークもクラウスもとっても綺麗......」


「お褒めにあずかり光栄に存じます、姫君」


「......柄じゃないですよ」


「ナギサはとても綺麗だと思うよ」


 つい口から零れ出た呟きに、とんでもない言葉が返ってきた。

 あまりにもさらりと付け加えられた一言に、つい心の内が零れ出てしまう。


白髪はくはつなんて......老人みたいで、全然綺麗じゃないです」


「髪色が白いだけで老人?」


 問い返すリュークが訝し気だ。


「だって、そうじゃないですか。歳をとれば白髪しらがが増えて、やがて真っ白。子供の頃から老人の髪色なんて......」


 クラウスが急に歩みを止めた。見ればリュークも立ち止まり、ナギサを見上げていた。

 長い睫毛の下から覗く金の瞳がナギサにしっかりと向けられて、その瞳に囚われたかのようにナギサも目が離すことができない。余りにも卑屈なことを言ったから、怒られるのかと己の体が強張るのがわかる。


「......ナギサ、それ、誰かに言った? ウォーリやクラーヴィアに」


「ん、いえ。セラスに髪色が綺麗で羨ましいと愚痴ったことはありますが、それ以上のことは......」


 リュークからの強い口調にナギサの言葉も改まる。


「この世界では、人は歳を経ても髪色は白くならない。ナギサ、いいかい、さっきの言葉、二度と人前で口にしてはいけないよ」


——え......? 白く、ならない?


 有無を言わせない強い口調でリュークが言い切る。それは叱責というよりも、大切な宝物を守ろうとするような響きを含んでいた。

 強い語気とは反対に、手綱を握るナギサの手に、リュークの手がそっと重ねられる。


「髪を伸ばしてごらん。白絹のようなその髪と透き通るような肌、とても綺麗だと僕は思っている。もっと自信を持って」


 きつく叱られたと思った途端、何故か極上の微笑みと誉め言葉を受け、ナギサはどう反応してよいのかわからなくなってしまった。






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