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ヴィルディステの物語  作者: あるかな
【第一章】

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31/302

1‐11‐4 厩舎



 セラスとの昼食後、ナギサは一人厩舎へと向かった。


 乗馬の講義以外で厩舎に行くのは初めてのこと。洗濯場の洗い物回収でも、何故か厩舎は担当したことがない。必要もないのに足を向けるのは、若干躊躇われる場所である。


「無理を言って悪かったね。ここはきっちり雇用契約をした従業員以外では、学生しか人手に頼れなくてね」


「あっ、あの、よろしくお願いします。いえ、わざわざ声をかけていただいたそうで、ありがとうございます」


 厩舎に着くと爽やかな笑顔の神官が声をかけてきた。

 乗馬の講義を受けた時、初めに挨拶があった人だったような......という記憶がぼんやりと浮かぶ。普段の講義では見かけた記憶がないので、責任者か厩舎内で作業をしている人なのかもしれない。


「多分、ナギサ君はわたしのことをあまり覚えていないだろうね。だけど、最初の講義で会っているよ。わたしは、ここの厩舎長を務めるファイヌムだ。改めてよろしく。

 講義を受ける学生達の顔と名前は憶えるようにしているんだ。特に君は今期の学生の中では面白かったから、よく覚えているよ」


 ——今の話はなんだ? いろいろ凄いことを言われた気がする。

 乗馬は必須講義である。つまり、学生全員の名前を覚えようとしている、ということではないか。しかもそれでいてナギサのことを面白いと思うほど、学生を観察してもいるわけだ。


 しかし、面白いとは? 何かやらかした覚えはない。

 最初の頃は、馬達に軽くあしらわれて、その体に触れさせてもらうことすらできなかった。だが、必須講義なので休むわけにもいかない。仕方がないので、厩舎内外の掃除や餌運びをして時間を潰していた。

 それでも、合間合間に馬達に根気よく話しかけ(皆には、そんなことをしても通じないからと呆れられたが)ているうちに、やっと体を触らせてもらえるようになった。

 それから徐々に馬達に信頼されたのか、普通に乗馬の講義を受けることができるようになり、ブラッシング等も嫌がらずに受けてくれるようになった。


 ナギサが講義のことを思い返していると、


「そう、最初はあれほど馬達に足蹴にされていたのに、今ではこんなに好かれているよね」


 ファイヌムの言葉に顔をあげると、厩舎の外に出ていた何頭かが、ナギサのほうに駆け寄ってくるのに気づいた。

 講義で乗せてもらっていた練習用の馬達だ。騎士達が使う白いシンバとは違い、少し小柄だ。元世界のポニーほど小さくもなく、サラブレッドほど背が高いわけでもない。


 ナギサが駆け寄ってくる馬達に驚いていると、別方向からもう一頭、こちらを伺うように近づいてくる影があった。

 見覚えがない子だ。真っ黒な毛並みが美しい背の高い馬。明らかに練習用の馬ではない。黒馬は他の子達と合流すると、迷いのない足取りでやって来て、何故かナギサに頭を摺り寄せてきた。


「んと......この黒馬さん。練習用の子ではないですよね?」


見知らぬ馬からの熱烈な出迎えに、ナギサは戸惑ってしまった。


「ああ、これは......」ファイヌムの目が驚きに丸くなる。

「客人からの預かりだよ。運動不足にならないように外に出していたところだけど、ナギサ君は当然初めてだよね。珍しいなぁ。この子はそれこそ用心深くて、なかなかブラッシングもさせてくれないのだが」


 この黒馬、今まで見かけたことがなかったが、実は随分前からの預かりらしい。何故今日はこんなにフレンドリーに近寄ってくるのか、ナギサは不思議で仕方がない。


 ナギサが戸惑う間にも、練習馬達はひとしきりナギサにじゃれつくことで落ち着いたようだ。だが、黒馬だけは落ち着きはしたのだが、何故かその後もナギサについて回る。


「——はぁ。ナギサ君、話を進めようか」

 気にしていても仕方がないと、ファイヌムが厩舎での手伝いの話を進めていく。結果、ナギサはこの休暇期間中、昼から厩舎を手伝うことに決まった。主な仕事内容は練習馬の運動と手入れ。そのほかにも掃除や餌やりも時間があれば行うことになった。




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