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ヴィルディステの物語  作者: あるかな
【第三章】

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303/303

3‐3‐1 三日目が始まり

 


 4の節が始まって今日で三日目。


 昨夜はクレメンスに学舎寮まで送ってもらった。

 夜にすべきあれこれを急いで済まし、部屋で一息ついた途端、一気に押し寄せた疲れに抗えず、着替えもせぬまま眠りに落ちてしまった。

 おかげで、朝目覚めた時は最悪だった。ブラウスは皺だらけ。髪はぼさぼさ。鏡の中の自分に絶望しながら、大慌てで身支度を整えるはめになってしまった。


 モリスやゴリツィアのことがそれぞれ違う意味で気になるのだが、まだ今日は顔を合わせていない。

 昨日クレメンスに連れられ治療院を出る前に確認した話では、モリスはゴリツィアと一緒に学舎寮に戻ると聞いた。

 なので、朝食時に二人に会えるかもと期待したのだが、同じ寮住まいのウルサスにさえも会えなかった。

 普段から朝食の時間帯が重なることはあまりないので、仕方がないかと思えるが、昨日のことを考えれば、早めに顔を合わせておきたい。

 普段であれば、重なる講義で顔を合わせるのだが、春学期が始まったばかりの今週は、履修登録期間で講義もない。


 今も一人、今期——春学期の履修登録をようやく完了させたところ。

 ……一息ついて、食堂へと向かおうと考えた時、背後から声がかかった。



「ナギサ君」


 その声に振り返れば、騎士クレメンスである。

 昨日と同じく騎士服をまとい、肩にかかるマントを靡かせて颯爽と歩いてくる。


「クレメンス様、昨夜は寮まで送っていただいて、ありがとうございました」


 ナギサが目上の者への礼をとると、クレメンスが柔らかな声で楽にしてほしいと微笑む。


「顔色は悪くないようだな。安心したよ。昨日のようなことがあると、当日は何ともなくても、翌日急につらくなったりすることがあるからな。

 もし、気分が悪くなったりしたら、遠慮なく周りの大人に声をかけるんだよ。

 もちろん、私でも構わない」


 ——この方は……どうしてこうも真っ直ぐ私を見てくれるのだろう……。元世界で、こんな眼差しを向けてくれる大人はいなかった……。


 ナギサは自分のような子供にまで気を配るクレメンスに感心してしまう。


 元世界でこのような細やかな気遣いなど、祖母以外から受けた記憶がない。

 その祖母ですら、内心気遣っていても『わたしはお前より先に逝くのだから、自分で立てるようにおなり』と厳しい言葉のほうが多かった。


 そんな自分故、クレメンスの優しい気遣いにどう言葉を返せばよいのか。

 ナギサは戸惑い、彼の明るく濃い茶色の瞳を、じっと見つめてしまう。


「どうした? わたしの顔に何かついているかな?」


「あっ、いえ……。お気遣いありがとうございます。わたしは大丈夫です。あの……昨日の件、進展はありましたか?」


 ナギサは己の失礼な態度に気づき、慌てて気遣いへの礼を述べた。


「流石に、まだ何も。ああ、それに関してなのだが、一つお願いというか、言っておくことがあってね」


 クレメンスの表情が、柔らかなものから真面目なものへと引き締まる。それに呼応するように、声も若干固いものに切り替わる。

 ナギサもその空気を察し、無意識に背筋を伸ばした。


「昨日の件だが、上層部から学舎生へ通達がある。恐らく明日には出るはずだ。それまでは、不用意に口外しないでほしいんだ。……といっても、君達の仲間内であれば、何があったかを話す程度なら構わない。ただ、神官長達と交わした詳しい内容だけは、伏せておいてくれないか。

 君のことだから、触れ回るようなことはないと思うのだが」


 最後に言葉を濁したのは、彼なりの配慮だろう。言い含めるような口調に、申し訳なさそうな色が混じる。

 一隊を率いる騎士という立場でありながら、ここまで子供相手に気を遣わなくてもいいのに。


「わかりました。きっとモリスは事のあらましを友人達に話していると思うのですが、それ以上の踏み込んだことは、わたしはよく知らないと。もし誰かに聞かれたら、そう答えておきます」


 小さく微笑むナギサが見上げれば、クレメンスは何故だか目尻を下げて苦笑気味だ。

 何か、今の言い方に問題があったのだろうか……子どもらしくなかったかもしれない。あまりに物分かりが良すぎて、可愛げがないと思われたのだろう。

 大人相手の会話は難しい。どうしても素の年齢が表に出てしまいそうになる。


(あっ、また……子ども扱いされてる)

 そう思うのだが、不思議と嫌な気はしなかった。


「気を使わせて悪いな」


 ふわりと優しく頭を撫でる大きな手。そして風に運ばれる革と鉄の香り。

 どちらもナギサの心を穏やかな安心感で包んでくれるものだった。



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