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ヴィルディステの物語  作者: あるかな
【第三章】

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295/312

3‐2‐1 大神殿へ

 


 騎士たちが現場を固める中、ナギサ達は促されるまま、騎士達の馬にそれぞれ乗せられた。

 目の前で揺れる馬のたてがみを眺めていると、石畳を打つ蹄の音が、自身の鼓動と重なって聞こえてきた。

 騎士の馬の背に揺られる子供が珍しいのだろう。

 目の端に、ナギサ達の様子に驚く街の人々が映る。


 ——神殿まで、あとどれくらいかかるのか……。

 目的地のことだけを考えようとするが、街の人々の視線が肌に刺さる感覚を拭いきれない。かつての嫌な記憶が背中を這い上がってくるようで、ナギサは抗えず、ふるりと身体を震わせた。


「大丈夫か?」頭の上から気遣う声がした。

 ナギサは騎士の前に、彼のマントにくるまれるようにして乗っていた。

 騎士のマントは、少しだけ鉄の匂いと革の香りがした。その重みが、今のナギサには心地よい壁となって、外界の視線を遮ってくれていた。だから、本当は好奇の視線など気にする必要はないのだ。


「大丈夫です。ありがとうございます」

 ナギサは震えを悟られぬよう、マントの端を指先で強く握りしめた。


 ——そう、彼らの視線は、ナギサを責める視線ではないのだから……。




 ◇



 大神殿に戻ると、クレメンスが告げた通り、ナギサ達を待ち構える人がいた。


 厳しい表情で立ち尽くすトランキリタである。


 てっきり神官長ウォーリが待ち構えていると覚悟していたので、拍子抜けしてしまった。

 だが、トランキリタはトランキリタで、やはり厳しい。

 トランキリタはナギサ達が馬から降りるなり、有無を言わせぬ勢いで治療院へと急き立てた。

 その足取りはいつものおっとりした彼女からは想像もできないほど速く、ナギサとゴリツィアは、ぐったりとしたモリスを追うようにして、ただついていくことしかできなかった。


 治療神官の診察後、治療院のベッドに寝かされたモリスはいまだ目を覚まさず、力なく泥のように眠り込んでいた。

 神官が言うには「コーマが無効化された反動に体が驚いた」ということらしい。ただ、魔力を叩きつける技を放ったことでかなり消耗しているので、しばらくここで休み、今夜は早めに休んだ方がいいと告げられた。

 モリスを気遣うトランキリタの表情は暗く、その手が硬く握られ僅かに震えていることにナギサは気付いた。


「……トランキリタ先生?」


「なんでもないわ。モリスさんのことは心配だけど、それより、あなた達は本当に大丈夫なの? 騎士の報告通り、どこも……酷いことはされていないのでしょうね?」


(ああ、怒っているんじゃない、私たちのことが心配で、怖かったんだ……)


 拳の震えといい、今の言葉。トランキリタは、二人を心から案じているようだった。

 ナギサとゴリツィアは、改めて自分達は何もされておらず、モリスが自分達を庇うように飛び出したので、彼女だけが被害を受けてしまったと説明する。


「——そう。報告通りのようね。……けれど、ゴリツィア。あなたは随分顔色が優れないわね。治療が必要ではないかしら?」


「だ、大丈夫です。こ、怖かっただけで、何も……」


(本当に怖かっただけ……?)


 ゴリツィアが必死に視線を逸らしている。

 消え入りそうな声で呟くが、横で聞いていても本当に問題がないのか、心配になってしまうような声の細さだ。


 トランキリタも同じことを感じたのだろう。そっとゴリツィアの両頬に手を当て、「本当に、大丈夫なの」とゴリツィアの顔を覗き込んでいた。

 何か言って欲しい。——そうナギサは思うのだが、ゴリツィアの瞳はトランキリタから逃れるように彷徨っている。


 と、その時、「……おなかすいた……」という、か細いけれど切実な呟きが耳に届いた。


 視線を向ければ、モリスがゆっくりとまぶたを持ち上げ、焦点の合わない瞳で天井を仰いでいる。


「あ、トランキリタ先生……。ここ、どこ……? あの人たちは……」


「モリスさん!」


 トランキリタの手がゴリツィアの頬から離れ、モリスの枕元へと伸びた。張り詰めていた糸がふっと切れたように、部屋の空気が一気に動き出す。


 トランキリタの問いかけから逃れたゴリツィアは、目に見えてホッとした表情を浮かべていた。

 一体何を恐れているのか。そして、その原因はそれほど内緒にしておきたいほどのものなのか。ナギサは何とも言えない気持ちで友人の横顔を見つめた。



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