遺失物自分
「すいません、『自分』を見失ったんですが、こちらに届けられていませんか?」
交番に入るなり、聡美が尋ねた。
「『自分』ですか……」
年配の警官が、悩ましげに、うーん、と唸る。
「どんな色です?」
「少し明るい緑で、白い線が、うっすらと入っています。形は、今ひとつわかりません。いつも崩れていましたから。もう、それがないと、私、絶望で満たされて、満たされて……」
聡美が、うう、とその場で泣き崩れる。警官は、まあまあ、落ち着いて落ち着いて、と彼女をなだめ、彼女の中に広がる『絶望』を追い出そうとした。
涙こそ止まったものの、彼女の中にある冷たい『絶望』は消えてくれそうにない。
「少しパソコンで検索してみましょうか」
警官は、椅子に腰かけ、パソコンのキーで『自分』『明るい緑』『白い線』と打ち込んだ。
検索結果は、零だった。警官は、舌打ちしてから、今度は検索範囲を広めてみた。すると、いくつかでてくる。
「少し待って下さいね」
警官は、奥へ引っ込んだかと思うと、何かが一杯詰まったバスケットを持ってきた。
「この中に、『自分』はありますか?」
「う、うーん、あ、これかも?」
聡美が手を伸ばし、少し明るい緑、『希望』を取った。
「あっ!」
警官が短く叫ぶや否や、手錠を彼女にかけた。
「そ、そいつは、所持禁止第二級指定物だ」
「え? なんです、それは?」
「知らないのか? 今年施行された法律さ。全くとんでもないものを……それが『自分』とは、お前は危険人物だ!」
「そ、そんな! 無茶苦茶ですよ!」
聡美は手錠をされたまま逃げだそうとしたが、
「おっと、そうはいくものか」
と警官が、バスケットから取り出した『疲労』で彼女を縛り上げた。
「おおーい、誰か来てくれ」
警官が言うと、奥から婦警が現れた。
「あ、あなた達には、『寛容』というものがないんですか? たとえ、『希望』の所持が駄目だとしても、そんなのおかしいでしょ?」
聡美がそう訴えると、
「『寛容』?」
と婦警が、首を傾げる。
「ああ、そいつは三十年前に、所持禁止第一級指定物に認定された、極めて危ない代物さ。君が知らないのも当然だよ。それにしても、こいつ、かなり危ない奴だな。早いとこ異世界送りにしてしまおう」
気づくと、聡美は暗い暗い宇宙の中を漂流していた。無人ロケットにつめられ、どことも知れぬ異世界へと送られるのだ。しかし、これは彼女の作戦通りであった。
異世界でならば、きっと『自由』は束縛されていないはず。そこでなら、『自分』探しも比較的楽になるはずだ。あえて、『希望』を手に取ったのは、彼女の計算の内だったのである。
しばらくして、ロケットはある惑星に到着した。そこには、幸運にも人という生物が存在していた。嬉々として、彼女は『自分』を探し始めたのだったが、すぐさま警官に職務質問され、そして今、牢獄に繋がれている。
「やれやれ、『絶望』を持つ者がまだいたとはな」
看守が、怪物でも見るように、聡美へ視線を向けた。