TPO仮面
出社の時間だ。正樹は、サラリーマンの仮面をかぶる。この仮面がないと、彼の営業成績は目も当てられない悲惨な状況になる。しかし、これさえあれば彼は 一流の営業マンでいられる。それが、プラシーボ効果かどうかは定かではないが。この仮面と出会ったのは、とあるインターネットのショップである。胡散臭い と思いつつ彼は購入し、そして見事素晴らしい効果を得たのである。
帰宅しようとしたところ、同期に飲み会に誘われた。正樹は、大学時代、常々、乗りの悪い奴だ、と揶揄されてきた。飲み会に行っても、正樹がいると、いまひとつ盛り上がりに欠ける。だから彼はトイレに行き、サラリーマンの仮面を外した。そして鞄から飲み会の仮面を取り出し、かぶった。結果、飲み会は大盛況だった。
帰宅途中、車にひかれた。これは、大変なことになった。正樹は意識のある内に鞄から被害者の仮面を取り出して、かぶった。
車から人が降りてきて、運転手の仮面から加害者の仮面にかえているのが見えた。と思ったが、どうやら被害者の仮面をかぶっているようだった。あくまで被害者ぶるつもりでいるらしい。
気づくと、正樹は手術台の上に乗せられていた。
「わ、私は……私は……私は……手術は……できる」
執刀医らしき男が、自己暗示のように何度も そう言っている。
「ええ、そうですよ、できます。できます。医師免許がないからってなんですか? 今の時代、運転免許証よりも運転手の仮面を持つ人の方が多いくらいなんですから」
そう言って、隣の助手が執刀医の顔に、執刀医の仮面をかぶせた。