人間育成ゲーム
義郎がいつものようにぐうたら生活をしていたある日のこと、見知らぬ男が彼の部屋に降って湧いてきた。
「これこれ、義郎よ。お前は、その態度を改善する気はないのか?」
義郎はおったまげて、「誰だよ、お前!」と怒鳴った。
「うむ、いい質問だ」
男は顔色一つ変えずに、鷹揚に頷いてみせた。
「私は、お前を育成している者だ」
「育成?」
「さよう。私は人間ブリーダーというゲームに興じておるのだが、いかんせん、お前はぐうたらすぎる。友人達と対戦しても、たちどころにお前は負けてしまう」
何を馬鹿な、と義郎は反論しようとして、なるほど、この前の趣味のテニスも、営業成績も、大敗を喫したところだと思い出した。
加えて、この声はどこかで聞いたことがあった。いつも頭の中で響いていたような気がする。
「それは当然だ。私は、頑張って今までお前を育ててきたのだからな。毎日、毎日、お前に忠告をしてきた。しかし、お前と来たらどうだ? 忠告の一つも聞いてくれないではないか」
どうやら、この男の言うことは本当のようだ。
「お前は中学時代から、まるで駄目だった。勉学も、恋も、部活も、運動会も、体育祭も、何一つお前は勝ててこなかった。辛うじて受験は通ってきたが、それも無名なしょぼくれた大学ではないか? それに、この部屋の惨状を見てみろ。汚すぎて足の踏み場もない」
事実、義郎の部屋はゴミが散らかり、布団は敷いたまま、食器は洗わずに放置、といった有様である。
「う……」
「いい加減、私は腹が立ってきた。こんなにも基本ステータスの低い人間なんぞを育てても面白くもなんともない。少しは努力したらどうだ? 私の友人が育てている人間は、才能はそれほどないがしかし、努力はしているぞ? ところが、お前ときたらどうだ? 怠けてばかりいるではないか」
図星だった。義郎は、ぐう、と小さく呻いた。
「このまま、お前が駄目な人間だったら、私はお前をリセットする」
「リセット?」
「うむ、お前みたいな人間は要らんということだ。お前を消して、新たな人間を育てる」
「そんな!」
「では、努力しろ! これからも、負け続けるようなら、私はリセットする! ではな」
男はそう言い捨てた後、ふっと消えた。
これは大変なことになったぞ。義郎は、散らかり放題の部屋で腕組みをして唸った。
その日から、彼は死に物狂いで仕事に励んだ。所属しているテニスクラブでは、一球一球を意識して打った。
半年が経ち、義郎の営業成績は二位を大差で引き離しての一位だった。粘り強い交渉と優れた企画提案が、効いたのである。テニスクラブでも、クラブ内でベスト8に入るまでになった。それから更に十年後、彼は会社の社長となり、テニスでは全国大会出場者の常連にまでなった。
「これこれ」
義郎が就寝していたある夜のこと、またあの男が現れた。
「お前は、加減というものを知らぬのか?」
男は、しかめっ面をして言った。
「ど、どういうことですか?」
義郎はわけがわからず、聞き返した。自分は今までこれ以上にないくらい頑張ってきた。結果も残してきている。しかし、男の反応は芳しくない。
「お前は優秀すぎる」
「は?」
優秀すぎることのどこがいけないのか。義郎は、まるで理解できなかった。
「私が全く忠告できんではないか。これでは、ゲームが面白いもへったくれもない。お前は、勝手にレベル100になる始末……。これなら、ぐうたらのお前を育てている時の方が、よほど楽しかったものよ」
そう言って、男はリセットした。