王と王妃はベッドの上で今日も激しい
国王ダイン・ウィヤードと王妃エルメス・ウィヤードは仲睦まじい夫婦である。
そんな二人はもちろん寝室も同じであった。
寝室にはベッドは一つきり。縦2メートル、横2メートルのキングサイズのベッド。
二人はそんなベッドに入り――立ったまま向かい合った。
「今夜も始めようか」
黒髪に口髭を生やした国王ダインがにっこりと笑った。
「ええ、始めましょう」
長く美しい金髪を持ち、白いネグリジェ姿の王妃エルメスも微笑む。
そう、ベッドでの究極の一対一――ベッド・デスマッチが幕を開けるのである!
ルールは、戦闘不能になるか、あるいはベッドから出た方が負けという至ってシンプルなもの。
王妃エルメスが問う。
「先に仕掛けていいかしら?」
ダインはうなずく。
「当然だ。王はどんな攻撃をも受け入れるからね」
すると――
「なら、私の想いをハートで受け止めて!」
エルメスの渾身のストレートパンチが、ダインの胸部に炸裂した。
想いを込めた重い一撃が、ダインの心臓を強烈に揺さぶる。常人の心臓ならばその想いに耐え切れず、破裂していたことだろう。
「なんという……まっすぐなストレート……ッ!」
ダインは嬉しかった。エルメスが手加減抜きの一撃を放ってくれたことが。
「さあ、次はあなたの番よ」
エルメスに促され、ダインはうなずく。
ダインはエルメスの腹部を見やる。
「そのくびれが美しいお腹に……余の一撃を与えたい!」
ダインの反撃はボディブロー。
右拳が炸裂し、エルメスもうめくが、ダインはその硬さに驚く。
「この腹筋の硬さ……オリハルコン!? ――否、それ以上ッ!」
伝説の金属以上の硬度を誇る王妃の腹筋に、ダインは思わず笑みを浮かべてしまう。
一方のエルメスもそんな硬い腹筋を貫くブローを放つ夫のパワーに歓喜している。
「竜に踏まれても大丈夫なぐらい鍛えたんだけどね……」
「余の拳は、竜以上にヘヴィだった……それだけさ」
これで互いに一撃を与え合った。
ここまではいわばウォーミングアップである。
ここから真の決闘が始まる。
「ゆくぞ!!!」ダインが叫ぶ。
「来なさい!!!」エルメスも叫ぶ。
両者の拳と足がベッドの上で入り乱れる。
ダインの手刀がエルメスの首筋にヒット。
エルメスの拳がダインの鼻を撃ち抜く。
ダインの鞭のようにしなるハイキックが、エルメスの顔面を直撃したかと思えば――
大木をもたやすく倒壊させるエルメスの斧の如きローキックが、ダインの足を痛めつける。
二人の力は互角。
当然、痛い、苦しい、手強いなどの負の感情が、二人に宿る。
だが、それらとは比べ物にならないほどの圧倒的な幸福感が、夫婦を包み込んでいた。
「楽しいなぁ、エルメス!」
「ええ……あなた!」
二人の動きがますます加速する。
打撃音もどんどん鈍く、重く、激しいものになっていく。
……
寝室の外で、王国の大臣も二人の戦いを感じ取っていた。
ふくよかな外見を持つ彼であるが、彼もまた歴戦の猛者である。
「ほっほっほ、陛下と王妃様……今日も激しいことで……」
気配から二人の戦いがどんなものかを推測し、温和な笑みを浮かべた。
……
槍を持ち、城を守る門番の兵士。
槍術では右に出る者なしと称される若者だが、彼も王と王妃にはまだまだ敵わないという自覚がある。
そんな彼も、ベッドの上の戦いを感じ取る。
「凄まじい戦いだ……だが、いつか必ず追いついてみせる!」
己を奮い立たせるように独りごちた。
……
史上最強と称される暗殺者がいた。
彼に狙われたら、どんな大国の指導者も助からないと言われる凄腕だった。
その暗殺者が今日は、この王国の王と王妃を狙っていた。
暗殺者は気配を消し、木に登り、窓から二人の寝室を眺めていた。
当然、二人のデスマッチを目撃することになる。
暗殺者はこうつぶやいた。
「無理!」
その後、彼は暗殺稼業から足を洗い、その強さで大勢の人を救う方面に人生の舵を切ることとなった。
……
死闘が一時間を経過、ベッドの上の二人もだいぶ消耗していた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」肩で息をするダイン。
「ふぅ、ふぅ、ふぅ……」エルメスも同様である。
決着が近い――二人とも肌で感じ取っていた。
エルメスはジャブやフック、ミドルキック、ローキックなど上中下段のコンビネーションでダインを巧みに追い詰める。
「ぐっ……ぐふっ!」
ダインが後退し、ベッドの端まで追い詰められる。が、これはベッド・デスマッチ。ベッドから出たら負けである。これ以上は下がれない。
「やはり、戦いには頭を使うことも必要だな」
ダインの言葉に、エルメスは「夫は一体どんな知略を持ち出すのか」と警戒する。
そして、ダインの放った一手は――
頭突きだった。
渾身の頭突きが、エルメスの顔面にヒット。エルメスも悶絶する。
「ぐをおおお……!」
「国の頂点に立つ者は、やはり頭を使った攻撃こそ相応しい」
得意満面のダインに、エルメスは跳躍で対抗する。
「だったらその頭、私の蹴りで砕いてあげましょう!」
岩をも砕く跳び蹴りが炸裂する。だが、ダインの頭は砕けない。
「この硬さ……カルシウムを取ったわね!?」
「ああ、親友である酪農家のところに行き、牛乳をプール一杯ほど飲んだのさ」
「なるほど……!」
エルメスはこの戦いのために夫がそこまでの準備をしていたことに嬉しさを覚えていた。
これほどの男だからこそ、王を名乗るに相応しいのであり、自分も惚れ込んだのである。
だが、ピンチには変わりない。
「今日は余の勝ちのようだッ!」
ダインの猛ラッシュが始まる。
エルメスは防御に徹し、必死に耐える。
このままガードごと体力を削り取られてしまうのか。
「だったら私も……最終兵器を見せるわ……」
「ほう?」
エルメスは首を後方に下げると、勢いをつけて一気に前へ突き出した。
ダインは笑う。
「頭突きか!? ふん、二番煎じだ!」
しかし、そうではなかった。エルメスは頭ではなく、唇を突き出していたのだ。
そう、これは――
「キス!?」
迫りくるエルメスの唇。ダインは避けようと思えば避けられたが、その唇はあまりにも美しかった。
「なんと……美しい……」
つい見とれてしまう。
直後、エルメスの唇が、ダインの顔面に突き刺さった。
「ぐべっ!?」
リップクリームならぬリップクリーンヒット。
唇をまともに喰らったダインは、そのまま後方にダウンし、ベッドから転がり落ちてしまった。
王妃エルメスの勝利である。
「あなた、大丈夫?」エルメスが手を差し伸べる。
「ああ……」ダインがその手をキャッチする。
ベッドの上に戻ると、ダインは悔しそうに告げる。
「まさか、キスを打撃にまで昇華するとはね……やられたよ」
「あなたこそ、昔私を抱きしめてくれたと思ったら、ベアハッグ決めてきたでしょ。おあいこよ」
笑い合う二人。
夫婦は共にベッドに横たわる。
「これで777勝777敗か。今日で引き離せると思ったんだけどな」
「ふふ、そう簡単に負けないわよ」
お互いに見つめ合う。
「まったく、君は素晴らしい王妃だよ」
「あなたこそ、素晴らしい王だわ……」
そう、ベッドの上で第二ラウンドの始まりである――
***
しばらくして、王妃エルメスは妊娠し、無事出産を果たした。
産まれたのは男女の双子であった。
大勢の家臣が祝福する中、ダインはエルメスの手をそっと握る。
「よく頑張った、エルメス」
「ええ、元気な子が生まれて嬉しいわ」
さて、ダインとエルメスの愛の結晶ともいえる男の子と女の子だが――
男の子はなんと生後まもなく、鉄アレイを軽々持ち上げた。
女の子は近くにあったクルミを掴むと、軽々握り潰してしまった。
これを見て、ダインは笑った。
「おお……二人とも将来が楽しみだ」
「本当ね。きっと元気な子に育つわ」
エルメスもにっこりとうなずく。
王国の平和はこれからも続いていきそうである。
完
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