一部の4 職場
改革庁という名前はずいぶん大袈裟だ。全庁の働きを精査し改革案を提示するというのが主な仕事。政策自体にもそれなりに口出しできるが、協議をすることはあっても最終的な決定権は何一つない。
良く言えばあらゆる分野に関わることができるが、悪く言えば何もかも中途半端だ。しかも他の庁は我々を仕事の邪魔をする敵として忌み嫌っている。"ちょっかいをかけて邪魔をするのを趣味にしている金食い虫"とか、そんなことを面と向かって言われた時は流石にキレそうになった。これでも一応先代皇帝陛下が直々に設置された由緒正しき組織なのだが。
まぁ、彼らの言い分も分からんでもない。実際同僚たちは自分の仕事の意味が分からずモチベーションを低下させ、それがさらに改革庁の存在感を失わせるという悪循環に陥っている。私は例外、と自信を持って言えたらもっと出世できるのだろうか。
そんな改革庁の庁舎はドゥートリエ帝国の帝都、タリアタンにある。先代陛下のお気に入りだったので立地は良い。帝国議会のすぐそばだ。庁舎自体も職員数の割にはそこそこ大きい。……わざわざ相対的な言い方をしたのは大きな庁と比べれば貧相だからだ。
入り口の扉を開けると今日も毎日の義務を果たすため職員たちがそれぞれの部署へ歩いていくのが見える。今日の私もこの中の1人になり、勤めを果たすこととなる。
「よう、おはよう」
オフィスという名の檻に着くと同期のペシムが挨拶してきた。彼はこんな環境でも誰よりも真面目に仕事に取り組んでいる。どうして朝からこんなに背筋が伸びてるんだろうかこいつは。
「おはよう。相変わらず元気だな」
「お前は相変わらず疲れすぎ。10年どころか20年老けてるな」
ペシムはいつも朝には茶を飲む習慣があるはずだが今日は飲んでいない。なぜなのか質問してみる。
「お前新聞読んでないだろ。今日からまた国民総節約令だぞ」
私は最低限の生活で満足しているつまらない人間なのであまり縁がないが、これが発令されると嗜好品や食品などの消費を出来るだけ抑えることが求められる。命令まではいかないが、無駄遣いするといつも以上に周りの目が厳しくなるのだ。
お隣の国アンスィフで革命政権が樹立されてから緊張状態がずっと続いている。有事に備えて、できるだけ物資を備蓄しておく狙いらしい。戦争なんて起きない、と多くの人は思っているがそれでもみんなどこかでいつアンスィフが攻撃してくるか、いつ国内の反帝政勢力が同じように決起するかと不安を抱えている。だから今の体制でそれなりに平穏な生活を送っている者は、できる範囲でなんとなく指令に従う。
「いつも通りお前には関係なさそうだけどな。趣味もないし、養う家族もないし、どこに金を使ってるんだ?」
家庭がないのはお前もだろ、と思ったところでそういえば私には一応養う者ができたことを思い出した。
「いやそれがな。できたんだよ、養う…家族?が。昨日奴隷を買ってね」
珍しく仕事以外の話題が出てきて驚いたのか、少し食い気味にペシムは質問してきた。
「奴隷?あんまりそういうの持つタイプに見えなかったけどな。どういう気持ちの変化だよ」
「うーん…一言で言えば気の迷いか?たまたま、本当にたまたまなんだが立ち寄った奴隷店で見つけてね。
シェバというんだが、それが傷だらけで酷い有様だった。だからたまには自分の庇護欲でも満たしてやろう、と思ったんだ」
「へー、案外素敵なところもあるんだな。すぐに飽きて捨てなきゃいいけどね」
かなり踏み込んだ冗談を言ってきたな。こいつの獣人へのスタンスがよく分からない。私が深く関わろうとしていないせいかもしれないが、差別主義者とは思えない。なにしろ人間関係のない私に話しかけるくらい分け隔てないから。もちろん種族が変われば態度を変えるような人間の可能性もあるのだが。
「拾った以上は捨てないさ。奴隷を許可なく捨てれば豚箱行きだ」
とりあえず模範解答で返しておく。詰まらない返事に興味を失ったようで、その後は仕事について一言二言話して自分の席に戻っていった。
私も席につき伸びをして仕事に備える。
「おい、ベレン君。ちょっと」
部長に呼ばれた。おお、これはまた叱責に違いない。貴族出身で課長クラスから入庁したのに未だにこのポストにいる彼はネチネチと人を攻撃することで有名なのだ。
「はあ、なんでしょう」
「はあ、じゃないよ。君が提出した地方統括庁の精査報告だけどね。君、これでいいと思ったのか?」
「と、言いますと……」
聞き返すと自分で考えろ、とばかりに黙り込むのだ。知るか。分かるわけなかろうが。問題があるならとっとと言え。こっちはそれでいいと思って提出したんだぞ。
しばらく黙っているとため息をついて不満な点を述べてくる。ここまでの流れはほとんどこれまでの例と同じ行動を繰り返している。
「皇帝陛下と地方統括庁長官殿への賛辞が抜けとるじゃないかね!明文化されているわけではないが改革庁の文書ではそれを文頭に記すのが通例だろうが!」
このように大抵内容云々よりは形式がどうとか前例がどうとかそんな話をされる。右から左に受け流しつつ適当に相槌を打っておく。
「分かったか!とにかく直しなさい!すぐ!」
はい、分かりました。と短く答えておく。これ以上反論しても無駄なのは経験上分かっているし、面倒だ。
「あとなぁ、君は最近たるんどるんじゃないか。私が入庁したころはね、それはもうみんな我が帝国の未来への熱意に燃え一生懸命に………」
すぐと言った割には思い出話が始まるので聞いているふりをしてあげる。いずれ自分もこんなふうに若い頃の思い出を偉そうに語るようになるのだろうか。とはいえ私は彼と違って貴族に生まれながらそれほどの能力に恵まれなかった絶望を知っているわけではない。そう考えるとこの人も結構可哀想に思えてくるのだ。
長話が終わり、やっと解放された。さて、それでは予定を変更し陛下と長官殿へのおしゃれな言葉を捻り出すことから始めよう。