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一部の3 朝食

朝。起きたくなくても体は決まった時間に起きることを覚えてしまっている。

ため息をつきながら起き上がり、体を伸ばす。30にもなると起きるだけでも自分を褒めてあげたくなってくる。

寝室の扉を開け洗面台に向かう。リビングを通る時、普段見慣れないものが目に入った。

ソファで横向きになって寝ている獣人の少女。すやすやと寝息を立てている。生傷と耳を除けば普通の人間と変わりない。

別の人間…正確には別の同居人がいるというのは慣れない。地元を離れてからはずっと1人暮らし、子育てを終えた両親は旅行中の水難事故であっけなく死んでしまったので田舎に帰っても家族はいない。


「シェバ、そろそろ起きなさい」


私が呼びかけてもシェバは毛布を掴んで起きようとしない。用事があるわけでもない。いきなり環境が変わって疲れているだろうから、寝かせておいてもいいだろう。

洗面所で顔を洗い歯を磨く。鏡には若者とは言い難い顔が映し出されている。改革庁に勤める者は10歳老けるというのが同僚の間での定番ジョークだ。

嫌でも目を覚さなくては。数時間後には何の意味があるかもよく分かっていない書類に真剣に目を通し意味を見出す仕事が待っている。

冷たい水を顔にかけ、体に力を入れる。今日も1日頑張ろう。生きるために。

着替えて朝食、というよりは朝の栄養補給の準備をしていると、シェバが目を擦りながら起きてきた。

昨日の怯えようからするとソファから一歩も動かないのではないかとも思っていたが少しは安心しているのだろうか。


「おは、よう、ベレンさん」


「おはよう。向こうで待っていなさい。シェバの分も用意しよう」


「りょうり、べんきょう…」


「無理をするな。朝から何かしたい人間なんてそういない」


それは自分がよく分かっている。

シェバはそれに従って昨日と同じ椅子に座って待ち始めた。

そもそも朝の栄養補給は料理などという上等なものではない。パンを切ってそれを齧りながら外に出るのが日課だ。

トースターのスイッチを捻ったが一向に温まらない。どうしたかと思えば答えは単純で、魔鉱石が切れていた。

今や大抵の物の動力源として利用されている魔力を秘めた資源。これと魔道具技術の発展のおかげで私のような魔力適正のない人間でも100年前の王様のような生活が出来る。

リビングに買いだめてある魔鉱石が置いてある。取りに行こうと思ったところで、今の自分にはもっと効率のいいやり方があることに気づいた。


「シェバ、魔鉱石を一掴み持ってきてくれ。紫色の石だ。大きい袋に入ってる」


パンにバターを塗りながら呼びかける。少しすると不安そうにシェバは魔鉱石を持ってきてくれた。


「これ、あってますか?まちがってない?」


「それだ。ありがとう」


「ありが…とう」


シェバはそれだけ繰り返して私に魔鉱石を手渡した。何か変なことを言っただろうか。

トースターに魔鉱石を入れ再度スイッチを入れると今度は動いた。準備の終わったパンをぽんぽんと放り込む。

数分経てばいい匂いが漂ってきた。


「できたぞ。熱いからね」


普段は皿を使ったりはしないが、最低限のマナーを覚えさせねば私もシェバも恥をかくことになる。


「ありがとうございます」


シェバは少し冷ましてサクサクと頬張る。昨夜も思ったが安上がりな食事でこれだけ美味しそうにされると逆に申し訳なくなってくる。


「シェバ、私はこれから仕事に行かなくてはならない。その間家で留守番してくれ。お腹が空いたらパンをここに置いておくから食べなさい」


「はい」


「それから部屋からは出ないこと」


「えっと…それは、めいれいですか?」


「私は指示はするが命令はしない。君がどうしても外に出たいというなら止められないが、やめておいた方がいい。

私より君の方がよく分かっているだろうが世の中は危険に溢れているからね。獣人が1人で出歩くとなると何をされるか分からない」


直後にあまり良い言い方ではなかったことに気づいた。シェバを見ると俯いてプルプルと震えている。危険、という言葉がトラウマを思い出させてしまったらしかった。


「あー……シェバを閉じ込めたいとか脅してるとか、そういうことじゃない。単に事実の話をしたんだ。すまないね、私はこういう言い方しかできない人間で……」


人への気遣いというのは昔から苦手だ。だから大した交友関係もなく1人で職場と家を往復する生活することになる。


「とにかく行ってくるよ。何かあったら……これを窓から放しなさい」


数個ある虫籠の1つを手渡す。伝書虫は巣を覚える習性があり、職員は皆家と職場を行き来できる虫を数匹飼っている。なかにはすごく嫌がる職員もいるが。

本来は小さな手紙を持たせるが、これを飛ばせば読み書きができないシェバであっても異変を知らせることは出来よう。


玄関から出ようとするとシェバが駆け寄ってきた。


「あの!さっき…ありがとうって、いってくれて、ありがとう、でした」


繰り返していたのは、言われ慣れていないからだったか。獣人は皆こうなのだろうか。多くの奴隷はシェバほど酷い境遇ではないことを祈りたい。


「何かをしてもらったら礼を言うのは当然だよ。そこに立場は関係ない。

それじゃあ、行ってくる」


「いって、らっしゃい」


外に出て、かちゃりと鍵を閉めた。

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