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一部の2 帰宅

玄関のドアを開けて魔力灯を点ける。大抵の人間がこのくらいの魔道具を使えるようになって生活はとても便利になった。


「入りなさい」


玄関の前で立ち竦んでいる奴隷を呼ぶ。恐る恐る彼女は敷居を跨いだ。


「あたらしい…へや?」


「ああ、これからはここで暮らしてもらう。君は何ができる?料理くらいは作れるのか?」


「……しら、ない。ごめんなさい」


怯えているのか、下を向きながらぼそぼそ答えた。


「まあいい。これから覚えていけばいいさ。……あー、これから生活していくのに君とかお前では色々不便だ。本当に名前はないのか?」


「わからない。よばれない。ごめんなさい」


これは思っていた以上にとんでもない奴が持ち主だったんじゃないか?早くも私は購入したことを後悔し始めた。


「うーん、それじゃあ呼ばれたい名前とか。ないのか?」


「……シェバ」


「ならこれから君はシェバだ。よろしく」


由来はよく知らないが本人がそうだと言うならそう呼ぼう。


「料理ができないなら私が作る。とりあえず私の隣で見ていなさい」


平民でも肉が普通に手に入るようになったのも素晴らしい進歩だ。ここ50年くらいで生活水準は大きく向上した。

まな板に肉を置き包丁を取り出すとシェバがまた怯え出した。


「あっ、ごめ、んなさい。わるいことしたなら、あやまる。ごめんなさい。すみません……」


「おい包丁くらいでなにを……」


シェバは聞く耳を持たず、目を瞑って何かを待っている。前の主人はこの後何をしたんだ?この怯えっぷりは相当悪趣味な奴だったに違いない。

全身の傷から分かっていたつもりではいたが、想像よりかなり酷い虐待だったようだ。


「分かった。今日は何もしなくていい。できるまでテーブルで座って待ってなさい」


「……なんで、たたかない?」


「皇帝陛下の元では全ての者は平等だ。私はそう信じている」


恐らく言っている意味は理解されなかったが、とりあえず叩かれないことは分かったようだ。シェバはテーブルに向かい席に着いた。

料理と言っても私は大したものは作れない。自己流の簡単なスープだ。野菜と肉を細かく切り、沸騰した湯の中に入れる。しばらくして色が変わってきたら調味料を加えて完成だ。あとはパンがあれば十分だろう。


「できたぞ」


食べられない味ではない。毎日食べている私が言うのだがら間違いない。

ところが私が食べ始めてもシェバは全く食べ始めなかった。


「食べないのか?」


「えっと、たべて、いい?」


「もちろん。これからは出された食事はいちいち伺いを立てずに食べていい。冷めたら私の料理のメッキが剥がれるから」


「うかがい…?」


「出されたものは好きに食べていいってことだ」


そう言われてやっとスープを口に運びだした。食器の使い方に慣れていないのか握るようにスプーンを使っている。


「……おいしい」


「なら良かった。足りるか?あともう一杯分くらいはあるぞ」


黙々とシェバは食事を続ける。私の料理をこんなに美味そうに食べたのは彼女が始めてだ。固いパンをぐっと引っ張って噛み砕いている。

その表情からは先ほどまでの怯えが少し消えていた。

おかわりしてもう一杯を平らげると彼女は私を見た。


「何?」


「どうすれば?」


「そうだな、皿をキッチンに運んでおいてくれ。今日は特にすることはない、自由にしなさい」


皿を持って立ち上がり運び終えると、また私の向かいに座った。


「やること、ない」


うーん当然といえば当然か。子供が喜びそうなものは何一つない。読み書きもできないだろうから本も駄目だろう。

シェバに見つめられながら私は食事を続けた。



食べ終わって私もやることがなくなった。私も言うなれば国家の奴隷だ。明日に備えて寝る準備をしよう。


「シャワーを浴びる。そういえばシェバは風呂に入らないのか?先に入ってもいいぞ」


「ひとりで、はいるの?」


「いや、入り方が分からないなら一緒に入ってもいいが…冗談だろ?」


冗談が言えるような環境では育っていないだろう。仕方がないので一緒に入ることにした。

浴室で服を脱がせると酷い有様だった。服の上からでは見えていなかった無数のあざと切り傷がある。


「……前の主人にやられたのか?」


「おしおき。シェバがわるいことしたから」


現実を突きつけられる。頭では分かっていても、この先進的な帝国ですら恵まれない者はいるのだ。

私は自らの甘い考えを改めた。家事をさせる以前に、彼女に生きる権利があることを理解してもらわなくてはならない。しばらくは普通の生活と教育が必要だろう。思ったより元を取るのには時間がかかりそうだ。


「いいかい。君は獣人だが、生きる権利がある。そして私は個人的には奴隷制を好まない。だからただストレスの捌け口にすることはしない。

登録上は奴隷だが、シェバとは対等な…同じ立場の関係になりたいと思っている。そうだな、雇用関係みたいなものだ。雇う人と雇われる人だ、分かるね?」


「やとわれる」


「シェバは労働を提供し、私は住居を提供する。その関係が築けるようになるまでシェバには勉強をしてもらう。いいかい?」


こくりとシェバは頷いた。


「よろしく、おねがいします。ご主人様」


「主人というのはちょっとね…私のことはベレンと呼びなさい」


「あっ…ごめんなさい、ベレン、さん」


まずは何をするにも怯えるのを直してもらわなくては。そう考えながらとりあえず私たちはシャワーを浴びた。

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