荒武者編:感化された者達
今回はちょっと短めです。
荒武者の凶刃が二人の覚醒者の首を撥ねる寸前。彼女は戦場に推参した。
それは空から落ちる落雷の如く。水平線の遥か彼方より、この場へ。
「お二人ともご健在ですわね?」
白と黒のシンプルな袴を身に纏い。その手に握る武器『十文字槍『閃槍・神刃』』を手足を扱う様に回し、構える。
この世界で最速の女戦士。現代の女武者。あるいは雷の戦乙女。雷華。
「おみゃーd「七時方向斬撃」っ!? にゃ!!」
にゃーるが何か言いかけるが、言葉を被せる様に雷華の言葉が飛ぶ。にゃーるは反射的に言葉に従い、刀を構えた。
するとどうだろう。いつの間にか目の前にいたはずの荒武者がにゃーるの背後より、首を狩らんと振るっていた刃を防いでいた。
「にゃにゃ!!?」
『・・・』
「『雷波』」
『・・・』
「流石に防げますよね」
その荒武者の背後に回った雷華は戦国武術『汲波流槍術』の戦技でその首を狙う。荒武者は動揺の色を見せる事無く、落ち着いた様子で籠手で槍の一突を防ぐ。
「マー坊三時方向胴斬撃」
「ちょまっ!?」
「にゃぁ!!?」
『・・・』
「あら? 私でしたか」
気が付けば雷華と荒武者の位置が少しずつずれていた。砂塵が荒武者と雷華両名の足元から僅かに舞うが、膝から上にその砂塵が上がってくることはない。
代わりにマー坊を守るために駆けたにゃーるから砂塵が舞う。動きの差が顕著に出る。
見せつけるように、二人で行われる戦い。そしてそれに利用されている現状に怒りがたまっていくにゃーるは、キレた
「ワレ適当言ったのかにゃ!!?」
「いいえ? そう感じたので意識を其方に向けて貰っただけですわ」
「ワレその言い方此奴のカラクリ知っとるのk「真正面心臓」ぎにゃぁっ!!?」
『・・・』
「と見せかけて此方でしょう?」
「うおぉっ!!?」
『・・・』
薙ぎ払う様に駆け抜け様に振るった十文字槍が、マー坊に襲い掛かろうとした荒武者を吹き飛ばす。
残ったのは無様を晒した覚醒者二名の姿。
「ふむ・・・荒いですわね」
「ワレまた!!」
「お話している時間は取れなさそうなので端的に。あれは桜花戦舞です。対応出来ないお二人は囮役お願いします」
「はx「頭上」ぁぁあああ!?!?!?」
『・・・』
「『霜波』」
「俺の方かよ!!?」
槍を地面に突き刺し、身体を預けて雷華が荒武者をマー坊の頭上で蹴り飛ばす。刹那の攻防戦。適応できないマー坊は完全に荒武者を見失い、残り三人に振り回されるように、ただただ声を出すことしか出来なかった。
「ちょっと待ちにゃr「脚切り払い」ちょにゃ!!?」
「『無槍・雷波』」
本来の『汲波流槍術・雷波』は突きの槍技。その動きを貫手で放った雷華の攻撃に対し、荒武者は初めて回避した。
『・・・』
それはつまり、その攻撃は荒武者へ届く一撃である事の証明だ。
「なるほど、そこが弱点ですね」
雷華は荒武者の急所を把握した。そこならば荒武者は防御、あるいは回避を余儀なくされる。
画面外へ送られた二人は直ぐに感付く。雷華は今までの雷華ではないと。そして荒武者もまた察する。この敵は今までの相手とは違うと。
ーーーー
『雷撃女王』雷華。汲波流槍術の使い手。それがこの世界で生きるプレイヤードから見た彼女の姿。プレイヤードの中でも最強の一角。覚醒者の一人。
彼女にとってこの名は誇りだった。自らの武術をこの世界に持ち込み、戦場にて戦い、さらに磨き上げた先に得た栄光であり、名誉。
汲波流槍術が現代でも通じる武術である証明だった。この槍捌き。この速度。雷の如く。
一つの頂に立った彼女は、名実共に最強の座に辿り着いた・・・つもりだった。大衆の目の前で、自分の首が飛んだあの日までは。
『月光真流』そして『桜花戦舞』それは仮想現実でのみ再現できる空想上の武術。この世界の物理法則故に生み出された武術。
システムありきで存在するそれを、当然彼女は知っていたし、研究もしていた。その上で『汲波流槍術』が上回ると信じていた。
その自信を、真正面から、それも人数有利だったはずの自分が、負けた。その上、諭されたのだ。『お前はそこで満足なのか?』と。
・・・満足? ここが私の、汲波流槍術の最高到達点・・・? そんなの・・・そんなの・・・!!! 認められる訳ないでしょう!!
敗北を認めるのはいい。”仕方ない事実なのだから”。だが・・・だが・・・いいや、根底から違う。
”仕方ない?”
・・・・・・
・・・
・
嫌だ。そんなつまらない理由で汲波流槍術を終わらせたくなかった。彼女はそれを否定したかった。でもあの場でそれを出来なかった。 あの時あの場で誇りだった『雷撃女王』の肩書が邪魔をした。
だが、それを否定した男がいた。心の底から悔しがり、それでも尚前に進もうと藻掻く真っ直ぐな男がいた。
それが、あの瞬間とてつもなく羨ましかった。
自分もあんな風に素直に悔しいと言えればどれだけよかったものか。
・・・・・・何故言えないの?
彼女は考えた。考えて考えて考えて・・・それが自分の慢心、『覚醒者』という座に着いたことで自分を強者であると誤認した事で生まれたものであることを自覚した。
それは自分を殺すもの。成長を滞らせる癌。放置すれば、二度と取り除くことが出来ない己の未熟を、無様を見せるもの。
理解してしまえば簡単だった。雷華という武人は、名誉を、栄光を得たくて此処に来たのではない。
『汲波流槍術ここにあり』
それを知って欲しくて、ここに来た。そんな自分が、汲波流槍術の限界を決めつけてはいけない。
完全な敗北を叩きつけられたあの日から、彼女は『覚醒者』という座にいる、無意識にあった慢心を。相性の有利不利やスキルや加護、装備の差。それらの自分の敗北を『それはしょうがない』で済ませる心を、自分の限界を決めつけるあらゆるものを捨て去る為に心を磨いた。
数日、あるいは数か月。彼女は自分の中からそれら全てを払拭し、初心に戻った。一つ一つの動きをより洗練し、使用する技と技をより深く研究した。
そして三つの技と四つの技に絞り、極限までその動きを磨き続けた。あの日見た剣聖の領域へ挑む様に。二度とあのような無様を晒さぬように。
ええそうです。私はあの御仁によって目覚めさせられたのです。己の未熟さを捨てよと。あの領域に居て尚、上を目指している御仁に『限界を模索し、限界を超えて成長するために自分が出来る事を』。あの言葉が、私を目覚めさせたのです。
雷華は遂に、己の限界を。超えられないと決めつけていた壁を超えるのではなく、砕いた。
もう誰も彼女に追いつかせない。彼女は必殺の技ではなく、究極の一撃を持って悉くをその槍で貫く。『雷撃女王』はあの敗北からそのあり方を変えた。
それは、この星を殺すもの。生命種の天敵を穿つほどに大きく、成長した。
「さて・・・にゃーる」
「・・・なんや?」
「あの御仁の傍にいて、その程度なら、ここから先は邪魔ですので去ってくださいます?」
それは明らかな挑発。お前はそこにずっといたのかという侮辱。
「チーザーから挑発を受けて来てみればまぁ遅い。その程度で神速の抜刀? 『仙人』の名を返上しては如何です?」
お前の剣術は見えていたぞ。雷華はそう言った。そしてそれは雷華からの意趣返しでもあった。あの御仁と常に刃を交えられる立場が、どれだけ恵まれているのか。あの祭りの日々がどれほどの価値があるものだったのか。
それを理解していない奴に対する・・・嫉妬でもあった。
「失礼。少々言葉が強くなり過ぎました。ですが邪魔なのは確かなので去っていただけます?」
同時に、激励でもあった。
究極の一撃に舵を切り直した自分がここまで成長できたのだ。さらば最初から究極の一撃を極めんとしていたお前ならば、私よりも先にあの領域に行けるぞ。
言葉足らずの、不器用な、雷華なりの激励であり、嫌みだった。
「あったま来よった・・・・」
瞬間、にゃーるの纏う雰囲気が、周囲の空気が変わる。先ほどまでのキャラ付けを取り払い、瞬時の居合の構えを取った。
「ホンマは最初にアールに見したかったけど、ワレがそう言うたら見せたる」
「は? おいにゃーる今なんて」
「『居合一閃・仙技の太刀構え』」
にゃーるの眼の色が変わった。
逆に言えば、それだけ。だが。たったそれだけで、この場の空気を押しつぶした。
「オイ雷華。ウチがどれだけ居合斬りに魂込めてたか理解してとるか?」
「さあ? 槍術に居合斬りは無いので」
既に雷華はにゃーるについて理解した。彼女も自分と同じ思いをしてたのだと。だからこそ、その言葉をここで聞きたかった。
「なら今から見せたるからよお見とき。ワレ”にも”この抜刀は見せへんぞ」
それはここにいない彼に対する宣戦布告。お前は前座だと言わんばかりの怒気と共に、にゃーるは誰にも見せたこと無いモノを見せつけた。
ーーーー
「『居合一閃』っ!!」
「『白月』」
「ぎにゃっ!!?」
「ほい一本」
「んにゃぁぁ!!!?」
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
「『居合一閃』!!!」
「ん」
「っ!!?」
「せい一本」
「にゃー相手には遂に技使うまでもにゃいって事かにゃ!!?」
「んーそうだけどそうじゃないんだなこれが」
「ううううう・・・どういうことにゃぁぁ・・・・」
「分かりやす過ぎるんだよにゃーる。お前の太刀筋」
「・・・にゃ?」
「斬る場所に対する意識の強さ。これが強すぎる。それに加えて刀の長さも考えればどこを斬られるか、どのタイミングで斬られるか分かりやす過ぎるんだ」
「ぐぅうううううう・・・つまりあれかにゃ? 技名を叫ばず斬れって感じかにゃ?」
「ちゃうちゃう。それはロマンだから無くすのはダメだろ」
「おっおう・・・マスター食い気味に言うにゃね」
「勿論。んでどうするかの話だけど・・・にゃーる。俺に師事される気あるか?」
「・・・はにゃ?」
「お前の弱点。克服させてやるよ。ただし情け容赦しねぇけど」
「やるにゃ!! にゃーの抜刀に駆けるこの気持ちに嘘はないのにゃ!!」
「おし、なら今から始めっか」
「お願いするにゃ!! 因みに何するにゃ?」
「桜花戦舞の。その基礎になってる技術の一つを叩き込んでやるよ」
「んにゃ!!?」
「けど勘違いするなよ? これが使えたからって桜花戦舞が使えるようになる訳じゃない。あくまでもその基礎の技術だ。肺呼吸と腹式呼吸の違い程度の技術だから」
「・・・・いにゃいにゃ、それでもヤヴァいのにゃ!! というかそれを教わるほどのにゃーの弱点ってなんにゃねん!!?」
「言っただろ? 意識の使い方だ。それを踏まえてにゃーる」
「な・・・なんにゃ?」
「自分の意識の制御と周囲の意識の制圧。どっちが好みだ? 好きな方教えてやるよ」
ーーーー
周囲がにゃーるの殺意・あるいは敵意によって塗りつぶされている。隙間なく、此処にいるにゃーるを除く三人の意識が全てにゃーるの意志によって塗りつぶされている。
「・・・」
『・・・』
「・・・」
「ウチは細かい事苦手やねん。シンプルなのが好きなんや」
構えたにゃーるはただ静かに、けれど周囲の意識を制圧した気迫をそのままに話した。
「これはウチがマスターに教えてもろた技術。それにウチの抜刀術を組み込んだウチの新技や」
「このような事が出来るのでしたら最初から使ってくださいな」
「アホか。これは本命との戦いで披露するって決めとったんや。それをだしたんやから、ワレウチよりも遅かったらいてまうぞ」
「あら怖い。ではそれよりも速い事を証明しましょう『雷王顕現』」
雷が内から外へ漏れ出した。雷華が内包していた雷が、雷華の肉体が、魂が生み出した雷が限界値を超えて溢れ出す。
奇しくもそれはにゃーると同じく、アールに負けた自分が、アールを超える為に生み出した自分の新しい姿。
『・・・』
この瞬間最速の二人は悟る。荒武者が、完全に切り替わったと。先ほどまでの不意打ちが嘘のように、伽藍洞の鉄兜の中から明確な敵意は感じ取る。ここから”が”戦いである。
「さて、着いてこれます?」
「舐めるな」
『・・・』
「では、参りましょう」
「マー坊ジブンそこから動きなや。邪魔したらいてまうぞ」
「ひゃい」
情けなく返事することしか出来なかったマー坊の声を合図に三人が動く。正確には雷華と荒武者の二名だ。
常人では追えない高速の戦い。桜花戦舞による意識の操作から雷華の攻撃を誘導する荒武者と、それを逆手に取る雷華の迎撃。舞い上がる砂塵と鉄火花、遅れて聞こえてくる音。
「『居合一閃』」
『・・・』
何時抜いたのか、いつ納めたのか。最速の雷華ですら、本気で見なければ殺される居合斬りが荒武者の腕を傷つける。
「『津波』」
僅かに荒武者の意識がにゃーるへと向いた一瞬を逃さず、最速は己が究極と定めた一撃を叩き込む。狙うは右腕。刀を持つ右腕への攻撃を先ほど荒武者は確かに回避していたのだ。
その一撃が今度は入った。荒武者の鎧を砕きながら吹き飛ばした。ゴロゴロと地面を転がる荒武者。態勢を立て直そうと地面を叩き立ち上がるが、その眼前には、想像もしなかった相手、『居合仙人』が立っていた。
「『居合一閃』」
『・・・』
荒武者はそれを刀で防いだ。だがその一撃で立ち上がった荒武者はまた態勢を崩した。
「『津波』」
それを見逃すほど甘い女はここにはいない。追撃。狙うは一点。右腕のみ。それを辛うじて回避した。そして桜花戦舞の技で状況の打破を試みる。
「”荒い”ですわ」
「”その程度”かボケ」
最速たちは”これ”を超える桜花戦舞を知っている。その恐ろしさも、その凄まじさも。
そして、今はそれを捉える”眼”と追える”身体”がある。あの時とは違うものを、彼女達は持っている。
「「砕けろぉぉ!!!」」
二つの斬撃が、荒武者の心臓と右腕をぶち抜いた。
「出直してきなさい」
「出直しぃや」
『・・・』
けれど荒武者は立ち上がる。失った右腕と空洞となった心臓のある場所には何もない。けれど立ち上がるそれは異様な光景。
「出直してきましたわね」
「アホか。あれは満身創痍っちゅうねん」
「では聞きますが、”今”の荒武者に対する意識は”先ほど”と同じですか?」
「ワレホンマに喧嘩しか売れんのか? ウチの眼が節穴っちゅうんか?」
「その返答で充分です。安心しました」
『・・・』
腕を失ったはずなのに、荒武者は今この瞬間に変わったのだと、二人は認識する。荒武者から二人は今まで感じた事の無かった戦意を感じ取っていた。
「窮鼠猫を噛む。火事場の馬鹿力。表現方法は様々ですが、たった今私たちの優位は無くなりました。そんな気がしています」
「なんやねんな此奴。今までの邪神と全然ちゃうやんか」
『・・・』
「オノレもなんか話しや」
荒武者は無言で残った左腕で落とした刀を持ち、構えた。
「戦いでのみ語る。そういう事でしょう。私、このような方嫌いではありませんよ」
「さよか」
それを見て二人も構えた。
そして、最速と最凶が、再び交差する。
皆さん感想下さい!!
お願いします!!
ではまた次回




