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プラネットクロニクル ~極地に至った男の物語~  作者: 月光皇帝
戦火の悲種と踏み躙られた魂
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荒武者編:覚醒者たちの戦い

実力を見せつけます。



居合を極めた覚醒者『にゃーる』の武器は瞬間速度。


それは抜刀速度に限らず、瞬間的加速も含まれる。本気で走れば、彼女はどんな距離だろうと一瞬で詰められると自負している。


「クソにゃ! 出遅れたにゃ・・・!!!」


そんな彼女が、出遅れた。彼女はチーザーに構えてろと言われ、勿論と返していたにもかかわらず、出遅れた。殺される必要のなかった仲間プレイヤーを救えなかった。


おそらくこの後にゃーるはチーザーにこのネタを弄られる事になるだろう。『居合仙人』なんて名前を受け取ったにゃーるが出遅れたとひたすらに弄られるだろう。


だから、彼女はその八つ当たりも含めて全身全霊で荒武者を叩き切った。頭を鎧ごと輪切りにしたのがその証拠だった。


刀は初心者が使っても何も切れないが、熟練者が使えば切れない物がないと現代で言われたほどの武器だ。この世界ゲームではそれがより強調され、刀の熟練度が高ければ高いほど、斬れる対象が増えて行く。


その極致。特に居合切りに特化したプレイヤーこそにゃーるである。


その太刀筋、神すら切り裂く。覚醒者としての意地をにゃーるは見せつけた。


「『居合一閃』!!」


鞘に納めた刃を再び抜く。その速度は常人には捉える事は不可能な抜刀。力のかけ方、抜刀のタイミングと速度、刃の角度、動かし方。その全てを寸分の狂いなく出来なければ失敗し、ダメージを与えられず、大きな隙を見せる代わりに、『攻撃力』と『俊敏性』を掛け算し、その合計値を『俊敏性』で掛け算した威力の居合切り『居合一閃』。


『居合仙人』としてのとしての『技』はこれだけだ。一般プレイヤーがジョブやスキルなどで使える『技』を全て代償に、にゃーるは『居合仙人』として覚醒めた。


その威力は、『神を斬る』と称されるほどだ。音速を彷彿とさせる超速度の抜刀術は、寸分の狂いなく、荒武者の二の腕ごと胴を輪切りにした。


「にゃーに斬れぬものにゃし」


覚醒者としての実力を遺憾なく魅せつけながら、にゃーるは音を鳴らして鞘へと刃を収め、したり顔を決めた。


「ゴリラ仕事にゃ!!!」


「わかってらぁ!!!」


ゴトリ音を立てて荒武者の上半身と二の腕が地面に落ちる。そんな荒武者へ向かって巨大な影と共にマー坊が飛翔する。


「『晴嵐怒涛』『剛力一嵐』!!!」


俺はマー坊の覚醒者『剛嵐武神』としての能力は単純明快。


自身のステータスを対価にして別のステータス、あるいは能力を得る。


自身の攻撃力以外の5つのステータスを一定時間0にして、攻撃力に変換する『晴嵐怒涛』。


自分のHPを任意の数値捧げ、その数値分攻撃力に掛け算を行う『剛力一嵐』。


発動順に効果処理が行われ、マー坊は攻撃力以外のステータスが0になったが、その代わり攻撃力を増し、その膨れ上がった攻撃力が更に捧げたHP数値分倍化した。


それは正しく武神の名に違わぬ一撃となる。


「ぶっ潰れろぉぉぉ!!!!!」


推定攻撃力はプレイヤー一人が出していい領域を超えるであろう人外の破壊力が乗った一撃が荒武者の鎧に叩きつけられる。


同じく物理特化に秀でた覚醒者『ライーダ』とは違い、短期決戦型の能力であるが故に、その一撃は大地を砕く。


初撃でマイが作り出したクレーターを更に陥没させ、土煙が嵐の様に空へと舞い上がる。


視界を奪う砂嵐が二人を覆い隠すが、必殺の一撃を叩き込んだマー坊が軽く大剣持ち上げ、空を切ると、砂嵐がぶつかり合い相殺したような現象を引き起こして消えていく。


砂嵐が消えた事で鮮明になったクレータ中心部には、鎧を砕かれ身動き一つ出来なくなった荒武者が横たわっていた。ただし、先ほどよりも悲惨な姿で、よりボロボロとなった荒武者がそこにいた。


「・・・やったか?」


「フラグやめるにゃ。というかHP表示されてにゃいからどうせ削れてにゃいにゃ」


「デスヨネー・・・二体目警戒気を抜くなよ?」


「こっちのセリフにゃ。でも今の所二体目が出る様子は無いのにゃ」


先ほどまで大勢のプレイヤーが協力し、追い込んだ荒武者の姿を、立った二人の覚醒者が再現した。それも、大勢のプレイヤーが成し遂げた結果以上の損傷があるようにも見える。


これが覚醒者。この世界に適合した新人類プレイヤード本来の力。


「もう再生が始まってるのにゃ、想像より速いのにゃね『居合一閃』!!」


『   』


再生した鎧の罅に沿う様に刀で黒い蔦を切り裂き、再生を阻害する。それでも再生は止まらない。だが、荒武者が動けるようになるまでにはこのにゃーるによる妨害を乗り越えて再生しなければならない。


それこそ、先ほど見せた二体目が出現したかのように。あるいは・・・


「取りあえず時間稼ぎはにゃーたち二人で充分そうにゃね」


「そうだっなっ!!!」


にゃーるの代わりと言わんばかりに、大剣を大きく振りかぶって再生中の荒武者に叩きつけるマー坊。


再び砂嵐が周囲を覆うが、マー坊がすぐに相殺し、吹きあがった砂は、まるで滝の様に地面へと落ちる。


「状況再現を考えるにゃらおみゃーの連続攻撃でいけそうにゃし叩き込むにゃ」


「蘇生した極振り組からの状況確認まで下手に動きたくないに一票」


ここで二人の意見が食い違う。先ほど出遅れたので、名誉挽回とばかりにリベンジを燃えるにゃーると何が起きたのかを知ってから次のアクションに移りたいマー坊。


どうしてもこういう時、意見が食い違うのは人間であれば当然起こる。そんな時の解決法には様々な方法があるが、彼ら覚醒者たちはこのような場合の解決手段を全員のルールとして取り決めていた。


「「・・・じゃんけん!!」」


世界的に知られており、尚且つ手早くハッキリと勝敗が決まるじゃんけんである。どんなときであろうとも、戦場で意見が食い違った場合はじゃんけんの勝者に従う。


覚醒者同同士討ちを防ぐために取り決めた比較的平和なルールである。例え邪神との戦いの最中だとしても、このルールは絶対である。


「はい勝ったっ!」


「負けたにゃ・・・しゃーなしだにゃ」


グーを出したにゃーるとパーを出したマー坊。勝ったマー坊の方針で決まった。


「負けたししゃーなしにゃ。何したら変わったか早くわかることを祈るのにゃ」


「オメーそうなったら対応できんの? 出遅れたのに」


「おっまそれは言うんじゃにゃい!! 次は対応してやるのにゃ!!」


「これでまた対応できなかったらチーザーに生涯弄られそうだな」


「ぐぬぬ・・・簡単に想像できるのが悔しいのにゃ・・・!!」


「ただですらアールにお前の居合斬り対応されたしな」


「あれは老眼鏡の補佐ありきだから例外にゃ!! 次やる時はにゃーが勝つにゃ!!」


「前に一戦やって負けてたの知ってるぜ俺」


「っ!!? 何故知ってるにゃ!!? 誰もインしてにゃい時に挑んだにゃに!!?」


「ハルナちゃんが自慢げに言ってたぜ?『あのにゃーにゃーの人お父さんに負けてた』って」


「しまっにゃぁぁあああ!! 子供にゃに口止めしてにゃかったにゃぁぁぁ!!! 『居合一閃』!!」 


「ドン・・マイッッ!!」


流れ作業の様に、再生が済みかけていた荒武者を斬り裂き粉砕する二人。人が集まって、時間をかけて、覚醒者一人の手を借りてようやくたどり着いた奇跡の成果は、たった二人の覚醒者が揃った事で当たり前の光景へと変化した。








ーーーー










「うん。ありがとう。だいたいわかった」


「「「「「「「「「「いえいえ~」」」」」」」」」」


作戦司令部にて、蘇生した極振り組から何が起きたか、直前何をしたかの確認を終えたネクロロンと司令部の頭脳組は荒武者に何が起きたのかをとりあえず確認できた。だが。


「理解できないって事が分かったわ」


「「「「「「「「「「それな~」」」」」」」」」」


仮称荒武者第二形態への移行条件らしき事はわかった。しかし、移行時の分身、あるいは二体目出現の謎は全く不明だった。確かな事は、当事者たちは確かに荒武者を目視で確認していたし、攻撃も絶え間なく与え続けていた。


そしてそれを遠目で見ていたネクロロン達も同様に、荒武者が突然別の場所に移動したかのようにしか確認できなかった。


「とりあえずあの猫ゴリラがいれば現状維持は問題ねェが、あの現象の正体を突き止めねぇとオメェらじゃ戦いにはならねぇだろうなァ」


「二十人がほぼ同時にやられたのも厳しいよね・・・にゃーるさんが出遅れたの含めて全く謎だわ」


黒いガラス玉が第二形態の条件にある事は間違いない。だが、移行後の荒武者による初撃、出現位置に対応できなければ無駄な犠牲を増やしてしまうだけだ。


「ガラス玉を自分で砕いた事も気になります。取り込むんじゃなくて砕いていた事に何か理由があると思います」


事情聴取で聞いた話から、何故荒武者がそのような行動をしたのか気になった司令部のプレイヤーも意見を口にする。


「荒武者の背景ストーリーでもあればそこから何か掴めると思いますけど、残念ながら現状発見されてないですもんね」


「単純に『取り込む=砕く』の可能性も否定できないしね☆」


「邪神教団が~って話も聞いてないですからそっちの可能性は今の所無いです・・・けど、前回が前回だったのでそっちの線も」


「再生する位置を自由に変えられる可能性は? そうすれば一応理由にはなりますよね?」


「あの場で見てた限り確実に二体いたようにみえたよ俺は」


「自分即首切られたんでわからんです」


「駄目だ考えれば考えるほどわからん」


邪神戦は通常ただ倒せばいいだけではない。特にギミックを持つ邪神ならば、そのギミックを解除しない限り討滅することは不可能だな事がほとんどだ。


「取りあえず第二形態にしてから考えみるかァ?」


「チーザーネキ。それが出来るの覚醒者だけっス」


「あと距離の問題も厳しいッスわ。50mから見て全部考察するのは厳しいッス」


「荒武者の優先度さえ分かれば接近も出来そうですけど司令部でなんかわかりました?」


「第一形態の優先度なら後衛から潰してくる可能性が高いってわかってるけど、第二形態にも同じかはわからない」


集まった面々は荒武者への対応で頭を悩ませる。これがもし第二形態(仮)のままだったなら多少強引にでも戦闘すればよかった。


しかし、荒武者は黒いガラス玉を砕くと元に戻った。第二形態だと思えば第一形態に戻っていたのだ。それが何よりの難点。


形態変化の条件が分かっても、維持出来なければ最初からやり直しだ。下手な手を撃てば参戦者の戦意喪失にも繋がりかねない。


「・・・行き詰っても仕方ないか・・・皆、多少強引だけど第二形態に荒武者を移行させよう」


だからネクロロンは正攻法で行くことにした。ボス初見戦の様に。何も知らない所から始める選択をした。


「こころんが決めたなら従いますよ」


「右に同じく!」


「左も同じ!!」


それに同意しない理由があるメンバーはこの場にいない。そもそもの話、この戦いは夢見こころ(ネクロロン)が始めた戦い。集ったのは彼女に協力したい有志達。


「テメェがいいなら俺達も従うぜェ? いいよなバ・・・もも」


「言い直せて偉いゾ★ いいよ~ん」


一瞬『ヤ』の付く人の圧を感じたが、それは直ぐに分散し、チーザーに続いてももちゅんも同意する。


すぐさまチーザーはクランメンバーで作ったグループチャットに一言打ち込む。『ネクロ主体で真正面から戦る』と。しかし、送信前に通話の呼び出しがあった。


「あ? なんだジジイ?」


『チーザーさん。悪いけどスピーカーをONにしてくれるかい? 全員に伝える事があるんだ』


「あぁァ? しゃーねぇなぁ。オラオメェら。ウチの留守番組から小言だとよ」


画面を操作し、通話相手、『老眼鏡』の声がこの場に集まった全員に聞こえるように設定を変える。


『もしもし始めまして。作戦に参加してる皆。チーザーさんの仲間の老眼鏡だよ。こちらで見ていた事を皆に共用したいんだ。いいかな?』


「さっさと話せジジイ。じゃねぇと切るぞ」


『アハハ。じゃあ端的に。荒武者も君たちも少しずつ場所を移動していたよ。最終的には何もない場所を君たちは攻撃していた』


それは到底信じられない事だった。


「「「「「「「「「「・・・え?」」」」」」」」」」


「ジジイ詳しく話せ」


『まず荒武者に攻撃している人達だけど、妙な事に少しずつ、人一人くらいの距離横に移動していたよ。荒武者はそれと反対側に少しずつ攻撃を受けながらズレて行ってたよ』


「・・・ちょっと待ってください老眼鏡さん。自分は交代要員で攻撃に加わっていたんですけど、確かに荒武者を攻撃してましたよ? 手ごたえだってあったんです」


そういうプレイヤーは弱点属性だと想定された聖属性の武器を担いで極振り組に合流した一人。彼は確かに先発組から交代して荒武者に攻撃を加えていた。


視覚でも感覚でも確かに攻撃していたと認識していた。


『でも僕らが見ていた時、正確にはチーザーさんに預けたマイさんの能力越しに見た光景では荒武者も君たちも少しずつ動いて見えたんだ。すぐに連絡できなかったのは僕らも確信を得られなかったからだ』


「ってことは老眼鏡のお爺ちゃんたちは確信を持ったって事カナ?☆」


『そうだよ』


「根拠はなんだジジイ? 根拠なしで信じられねぇぞ」


『ネクロロンさん。配信中のコメントは今見られるかな?』


「え? あ、はい。今は非表示にしてるけど少し設定変えればすぐ見れますけど」


『じゃあ視聴者の皆にも聞いてみてほしいんだ。僕らが言ったように動いていたかをね』


「わ・・・わかりました。ちょっと待ってくださいね」


ネクロロンは直ぐに設定を切り替えて自分の視界にコメントが表示されるように設定を変える。そして老眼鏡が言ったように『荒武者と攻撃組が移動していたかどうか』をアンケート形式で視聴者たちに問いかけた。


「コメント全部追うのは難しいから皆アンケートに投票してね。頼んだよ」


すると続々とアンケートへ投票が入っていく。三十秒もしない内に投票数は5000を超え、その過半数はこう答えた。


ーーライブ配信チャット欄ーー


『アンケート:荒武者と攻撃部隊は移動していた?』


・やっとコメント見てくれた!!


・老眼鏡って人ありがとう!!


・攻撃ズレてたぞ!!何やってんだー!!?


・戦闘中だからコメント見れないのは仕方ない。


・よくわからんけど皆少しずつ動いてた!


・荒武者が攻撃をしたら皆気付いた!!


・少しずつ少しずつ動いてたゾイ!


・なんで気づかないのかなって思ってた


・認識阻害能力持ちでは?


・原理は知らん!でも動いてたよ!!


・荒武者は確実に少しずつ動いてたよ!


・攻撃組はホントに微妙な動きだった気がする。


・なんかあの瞬間だけ全く別人の動きだった荒武者にビビった


・中身がINした感じがした


ーーーー


コメントも含めれば皆が動いていたことを認識していた。そしてそれを認識していなかったのは戦場にいた者達だけだと事実が浮上してきた。


「正直信じられないけど、荒武者が動いてたって皆コメントしてくれてるよ」


「仮にコメントの連中が事実だとしてジジイ。テメェらはどうやってそれを確認してた? ってか見てたなら教えろやァ?」


『言っただろう? 確証が持てなかったんだ。下手な情報を教えて混乱させるわけに訳にはいかなかったからね。あと、僕らも信じられなくてっていうのが半分だよ。見てた手段はチーザーさん。君にマイさんが預けていたネックレス。正確にはマイさんの能力越しにだよ』


「・・・そう言えば言ってたなァ。視えるって。だが完全に荒武者フリーならすぐ教えろやテメェら」


『通話する間もなかったんだよ。急に荒武者の動きが機敏になって起き上がり様に一人、その後に一気に残り全員切ってたんだ』


「声くらい上げられんだろうが? 何のためのコレだオイ?」


チーザーは強調するようにネックレスを強く突く。


『言ってたはずだよ。それはあくまでも視覚を共有するだけだ。それ以外の力は持ち合わせてないんだよ』


「・・・チッ。まァいい。んで、なんでジジイが連絡してんだ。色ボケ女帝が連絡してきたらいいだろうがァ」


『聞こえるかチーザー。火力だ。マイは俺達に過去の映像を見せる為にかなり体力を消耗して今はマイの家族にも協力してもらって回復中だ。視界の共有は容易でも過去視界・・・記憶ともいえるが過去に遡るのはMPだけでなく体力的にもかなり消耗するらしい。今マイは視界共有を維持しながら倒れている』


「・・・わーるかったよ。何なら一度共有切れって言っとけ。その方が回復早いだろォ?」


『俺達もそう言ったがマイ自身が拒んでいる。これくらいやれないと口だけの女と思われると言ってな』


「・・・あの女意地張ってんなオイ」


「マイちゃんは強い女だからネ☆ チーザーちゃんもそれは理解させられたでしょ♡?」


「そうなの?」


「そうだよネクロロンちゃん☆ 今度教えてあげるね☆」


「教えんでいいわボケェ。とりあえずわかった。んで、こうして電話までしてきたって事はなんかあるんだろォ?」


『勿論』








ーーーー








時間は少し遡る。


丁度マー坊とにゃーるが荒武者を引き受け、チーザー達が一時撤退した時、遠方にいるマイ達はその光景を見ていた。


「何が起こっている? あいつら揃いも揃って何を見ているんだ?」


「荒武者が動いているのか、皆が動いていたのかは微妙だけど、動いているのに気づかないのは可笑しいよね?」


火力とテイマーズの言う様に、彼らが見ていた光景は到底信じられない物だった。少なくともあの場ににゃーるがいるにも関わらず、あの光景に何一つ違和感を感じなかったことが何よりも信じられなかった。


「えっと・・・にゃーるさんって視力は良いんだよね?」


「視力どころか気配にも敏感なはずだ。伊達に仙人なんて呼ばれる奴じゃない・・・だからこそ可笑しいんだ」


ルークの疑問に付き合いの長い火力が答える。にゃーるはその戦闘スタイル上、相手の動きや気配に敏感でなければならない。出なければ攻撃が不発に終わるからだ。


「マリアーデ様。今ので何かわかりましたか?」


「流石に実際にその場にいない状態では余も断定は出来ぬ」


マリアーデならばと問いかけた老眼鏡だが、マリアーデもただの映像では判断するのは難しいと答える。そもそもマリアーデは魔法に適応できなかった者。


そんな彼女が初めて魔法を体感している状態で全てを見通すなど不可能であった。


「実際に見ればわかりますか?」


「勿論・・・と言い切れないのが少々悔しいがな。だがある程度は判別出来よう」


「マイさん。もしかしてマリアーデさんに援護をお願いするのかい?」


「言っておくが嫁よ。そして其方らよ。余はお主らの戦いには関与せぬぞ。あくまでも愛弟子とお主ら家族を守るためだけに余はこの刃を抜くと決めておるのでな。してもこのような助言のみだ」


それはマリアーデがここに来てからずっと言い続けている事だ。彼女は彼女の為に戦う。彼女の戦う理由は最愛の弟子とその家族を守る時のみ。それは今ではないと彼女は皆に告げる。


「わかってます。だから助言が欲しいんです」


それを理解した上で、マイは言葉をつづけた。


「今からちょっと本気で魔法を使います。多分意識朦朧になるけど視覚の意地は続けるから”実際に見て”ください」


「か・・・母さん大丈夫なのか・・・?」


「大丈夫だよナツ君。少なくともさっきの大技よりは遥かにずっと平気だよ。でもそうだね・・・私の手を握っててくれるかな?」


「う・・・うん!!」


「私も握る・・・!!」


「・・・」


「私も握ります・・・!!」


アキハ達も全員揃ってマイの両手を握った。マイからしたら小さな手だが、その手を絶対に離さないように、ぎゅっと力強く子供たちは手を握る。


「スー・・・ハー・・・皆行くよ。そう何度も使えないから出来るだけ多く何か見つけてね・・・・・・!!!」


マイは自身に走る魔力回路を全開にして魔法を使う。この魔法は『魔導女帝の領域』と『魔導女帝の魔眼』の合わせ技。まだ名前はない。


共有された視覚を自分の眼で見た光景であると人体への認識を入れ替える。更にそれを自身含めた対象全員に共有する。


干渉は出来ないが、過去の光景に遡れる魔法。人の記憶を覗く、あるいは自分の記憶を他者に見せ、それを見た者が自分の過去であると認識する魔法だ。


今この場でマイはこの魔法の説明をしなかったか故に、この凄まじさを理解出来る者はいなかったが、これは時間に干渉する魔法の一種だった。


この世界基準で言えば禁忌になっても不思議ではないレベルの大魔法。この魔法を公表すればマイはこの世界で巨万の富と名誉だけでなく、望む全てを得る事が出来るほどのほどの魔法だ。


そんな魔法を彼女(マイ)は惜しげも無く、隠すことなく発動する。ここまで聞けば理解できる人もいるだろう。そんな大魔法をたった一人が使うには相当のリスクが伴う。


「っっっ!!!」


それは術者であるマイへの負荷。痛覚を感じない設定にしているにも関わらず、その設定を貫通して襲い掛かる全身への痛み。焼けるように熱くなる脳。沸騰する血液。


どれ一つ見ても即死するレベルの負荷を、マイは装備とスキル。そして同時に発動した回復魔法での回復という力技で解決する。


それでも、負荷が回復を上回る。今すぐにでも魔法を解除したいと心が悲鳴を上げている。でも、手を握る子供たちから伝わる熱を感じ、悲鳴を押し込める。


マリアーデは守るべき者を守るためだけに戦うと言った。マイはそれを否定しない。だからこそ、その時の為の準備はするべきだと考える。


邪神相手なのだ。想像を超える相手であることは間違いない。それでも、アールとマリアーデが全力を出せば苦戦はすれど勝てるとは思っている。


でも、同時にマイはアールが傷つく姿を見たくないのだ。自分とてクリエイションモード経験者。その痛み。苦しみは知っている。そして、それ以上の苦痛をアールが経験してきたことを理解している。


それは今も続いている。だからこそ、マイはアールが受ける苦痛を可能な限り軽減したいのだ。それだ例え些細な事でも、マイはアールが受けるあらゆる苦痛を減らしたい。


その為なら、何でもする。自分が死なない範囲で出来る事はどんな黒い事でもやる。それがマイの愛の形。アールの為ならば、家族の為ならば、マイは全てを捧げる覚悟でここにいる。今だってそうだ。


どんなに苦しくても、最愛の人の為に出来る最善を今する。一つでも多く弱点を見つけ、アールの戦いを有利にする。それだけが、今彼女が悲鳴を上げない理由だ。


マイの覚悟は、魔法となってこの場にいる全員に伝わる。視覚は過去に遡り、自身の経験として認識する。その場に居て、自分がそれを見たものとして認識し、ビデオテープの様に再生と巻き戻しを繰り返して見続ける。


それは数分、あるいは数時間の様にも感じる時間。過去を遡る彼らにとっては数分の出来事だが、魔法の負荷を受けるマイにとっては数時間にも及ぶ死の宣告にも感じた。


それでも、死ぬつもりは無い。マイは自分の限界まで魔法を酷使し続けた。そして。


「ごめ・・・も・・・む・・・」


「「「マミー!!!」」」


「母さん!!!」


握っていた手の力は緩み、子供たちからしゅるりと抜けるように手が離れる。バタリその場に倒れる前に、子供たちが母の手を、倒れる体を抱きとめる。


「あつっ・・・!!?」


「回復!!」


その体温は人には有害なものだった。表面でこれならば、体内温度はこれよりも更に高いだろう。即座に状況判断をした老眼鏡の言葉と同時に、火力とテイマーズを含めた三人は自分が持つ回復アイテムを水の様にマイに浴びせる。


「嫁!」


マリアーデもマイを抱え上げ、自分が持つエリクサーをマイに飲ませる。


「・・・・まりあー・・・ま・・・みえ・・・した?」


「・・・うむ。確かに見たぞ。お主が見せてくれたあの光景は余が直接見たものだと認識できた」


「よ・・・た・・・・」


「母さん!!!」


「だ・・・大丈夫だよミナツ!! マイさんのHPはギリギリ残ってるから死なないから!! でもどうしてこんなに回復が遅いの!!?」


「おそらく魔法の負荷だ。あれだけの魔法、なんのデメリットも無いなんてことはあり得ない。それにただですらマイはずっと魔法を維持していたんだ。疲労はすさまじいはずだ」


「マミー・・・!!! マミー・・・!!!」


「あ・・・ちゃん・・・みな・・も・・だ・・・じょぶ・・・・よ・・?」


「マミー!! マミー!!! やだ!! やだよぉ・・・!!!」


「は・・・ちゃ・・ふ・・・・んも・・・こえ・・・お・・・いね・・・?」


「安心するのだ童たちよ。お主らの母は死なぬ。安心せよ。お主らの母は強いのだからな」


「「「「でも!!!」」」」


「・・・ふ・・・へ・・・だ・・・よ?」


握られた手を弱弱しくも握り返し、拙くも笑顔を見せた。それは母が子を安心させる笑顔そのものだった。


「マイさん。一度僕らの視覚共有を切るんだ。そうすれば回復も早いはずだよ」


「そ・・・そうだよ!! 今更だけど視覚共有されたままだよマイさん!! 少し休んで!!」


マイの回復が遅いのは過去に遡る魔法は解除されたが、他の魔法は維持し続けていることも理由の一つだ。


過負荷で熱暴走を起こしている状態に近いマイの肉体はアイテムの効果を受けても、それらを全て魔法の維持に回している。


その結果回復・治癒効果は通常の半分以下の効果しか得られず、マイの回復は使用されているアイテムの性質に関わらず効果が激減している。


「・・・・それ・・・むり・・・たんか・・・いじ・・・ある・・・から・・・」


それでも、それでも回復した体からひねり出す様に、自分の意志を伝える。全員の前で啖呵を切った以上、やり通す意地が彼女にもあった。やり通せなければ、彼女は友人たちに追いつけない、顔向けできないと思っていたから。


何より、アールの嫁として、自分の強さを見せつけたいというのも理由にはあった。


「・・・わかった。だがマイ。今はしばらくそのまま体を楽にしていろ。お前のおかげで確実に荒武者攻略は進む」


「とう・・・ぜん・・・」


火力の言葉を聞いて、マイは体の力を緩め、ゆっくりと呼吸を繰り返す。やがて峠を越えたのか、マイの呼吸が落ち着いてきた。それでも、体の熱はまだ下がらず、意識は朦朧としている。


「アキハよ。余の代わりに膝を母に貸してやれ。その方が其方も安心できるであろう?」


「うん・・・!!」


「ミナツは家から氷を持ってくるのだ。身体を冷やしてやれば楽にもなろう」


「す・・・すぐ取ってくる!!」


「私も行きます!!」


「ハルナはこれをゆっくり飲ませてやれ。母から離れたくは無いのだろう?」


「うん」


マイの事をアキハ達に任せ、マリアーデは自分が見た光景を纏める。誰が聞いてもわかりやすいように、マイの覚悟を無駄にしないように。


「・・・よし。余の考えを纏めよう。聞く準備は出来たか?」


「お願いしますマリアーデ様。 」


そうして、マリアーデは追憶を辿る様に話し始める。

第一形態は二人で突破可能。第二形態は詳細不明ですが、形態移行直後の情報は次回判明します。


感想是非たくさんください!一言でもいいので!!待ってます!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 時空間に干渉する魔法をその場で作り出しただけでなく、自身に副作用が降り掛かっているとはいえ完璧に制御している。マイさんもまた、覚醒者としても例外の位置に到達しているのかもしれませんね。 […
[良い点]  母は強し…… [気になる点]  配信やマイさんの魔法越しだとズレて見えたって事は、直接「視れば」干渉される感じかね?  五感全部、と云うよりもゲームの中で造られてる魔力を筆頭にした全感覚…
[良い点] まるで『剣聖物語』最後の邪神戦の時のアールの様なマイの覚悟に心揺さぶられました。 似た者夫婦ですねえ。これは嫁ですわ。後遺症が現実で起きないか少し心配ですね。大丈夫だといいのですが。 しょ…
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