何気ない日々
『プラネットクロニクル』はエクスゼウスが作り出した時間加速システム、通称『ゼクスマキナシステム』。
人類の科学力が限界を超えたと言われるほどの衝撃を搔っ攫っていったこの超科学はゲームに限らず、あらゆる分野で活用されている。 それはもう発表当時から大騒ぎの大盛り上がりだった。
いきなりなんでこんな話をしているかと言うと、そんな時間加速を受けていても遊んでいられる、もとい異世界にいられる時間は限られている訳だ。大学の授業とかアルバイトとか諸々あるからな。
「って感じでプレイ初日を終えた訳ですよ」
「真央くん初日からぶっ飛ばしてるねぇ」
喫茶店でバイト中。マスターと遊んだ感想会みたいな雑談をしている訳だ。あーでもないこーでもないという感じの。
「その感じだとしばらく苦戦するような相手には会えそうにないね」
「多分そうですね~。けど別に強敵と戦いたいから遊んでる訳じゃないですし」
「RP勢としては異世界生活楽しんでる感じってことかな?」
「実際異世界転生してるようなものですからね」
マスターには俺の状況を大体全部話している。あれこの話前にもしたっけ? まぁ良いか。
そういう訳だから真衣を除いて俺が愚痴だったり、感想会だったりと気兼ねなく話せる数少ない人だ。
「君は本当にゲームの話題で事欠かないね。そういえば例のアレ、届いたかい?」
「マスターその話したの昨日だよ。流石にまだ届いてないよ」
俺の冒険記録的な総集編がエクスゼウスから送られてくる話はしたけど流石にまだ来てないよ。と言うか届いても一応先に俺が確認するよ。場合によっては俺が再編集するかもだし。
プライベートチックな会話とかそういうのは切りたいし。
「いやぁもう楽しみで楽しみで仕方ないんだよね。若くないと思ってたけど僕にもまだ活力は残っているみたいさ」
「いやマスターまだそんな老けてないでしょ」
「四十半ばなら良い歳さ。この歳になると好きな事するのにも体力をたくさん使うからねぇ」
「そっかぁ………」
「久々に『クリエイション』モードやったら一章の半分くらいしか行けなかったよ。昔はもう少し行けたのにねぇ」
「十分すぎるわ!?」
何サラッと平均到達地点超えてるんですかねぇこの人!?
「アハハ! これでも君らと一緒に攻略目指してたんだよ? これくらいはね?」
「それを久しぶりにやって出来る人なんてそうそういねぇよ」
「あ、ちなみに僕も『プラクロ』やっててねぇ。今度フレンド登録しようか」
「活力有り余ってんじゃねぇかマスター!? さっきのしみじみした会話返せ!」
「あっはっはっ!! あ、いらっしゃーい」
「うぐっ………いらっしゃいませ」
お客さん来たからこの話はいったん中断だ。ちゃんとお客さんの相手しないとな。客商売だし。
「先輩久しぶりです!」
「こんにチワワ拳法!」
「なんだお前らか。いらっしゃい」
やって来たのは実家の道場の後輩兄妹。脳筋解決で何でも出来ると思っている兄と、兄離れが出来ない妹。凄く乙女ゲー主人公感ある兄妹だが、一時期道場に通っていたことがある。
ゲームで遊ぶ時間を確保する為に習い事をすると約束したようで、その選んだ習い事がうちの道場。護身術にもなるってことで彼らの両親も了解したらしい。
今の時代護身術覚えていて損は無いからな。いつどこで何が起こるか分かったもんじゃないし。
「相変わらず仲いいな。好きな席どうぞ」
「お兄あそこにしよう! 窓の正面! お姉もすぐ見つけてくれるだろうし!」
席を決めた妹に手を引かれていく。割と見慣れた光景だ。
「先輩私ケーキ! 美味しいやつ! お兄は麦茶でいいいよね?」
「いや俺だって食べるわ! と言うかメニュー見させて!? あと美味しいやつって言い方先輩じゃなかったら失礼な言葉だからね!?」
「俺でも失礼だわ。マスター今日のおすすめケーキ二つー」
「先輩!!? 俺まだ決めてないよ!?」
「どうせ最終的に同じのになるだろ」
「そ………そうかもしれなくもなくもなくないけど………!!」
大体妹のごり押しに流されて同じやつ食うだろう。この兄、妹とこの後来るであろう幼馴染の女の子二人には逆らえないのだから。何この乙女ゲー主人公感。爆発………はもうしてるか。
「それよりもお兄! 今日はみんなで久しぶりに現実で集まるんだから楽しまなきゃ!」
「いやそうだけど、と言うか別に月一で会ってるしそこまででも無くない?」
「馬鹿だねお兄! このお店を紹介するんだよ! 皆常連になってくれるんだから!」
「言葉の前後がまるでかみ合ってないよ!?」
「あ、先輩私オレンジジュースお願いしまーす! お兄のおごりで」
「自分で払って!? この前ちょっと課金して今月そこまで余裕ないんだから!?」
「とか言いつつ、ヘソクリがあることを私は見抜いているッ! 本棚の三段目の辞典の中に!」
「俺のプライベートは無いのか!?」
「お前ら他の客居ないからいいけど入ってきたら控えろよ?」
「「ウッス」」
元気な事は良い事なんだがな? 一応お店だから他のお客さんの迷惑考えてね? まぁ今居ないけど。
「何今日オフ会でもすんの?」
注文されたオレンジジュースと兄がいつも飲んでるアイスカフェオレを用意して持っていく。
「あ、はい。オフ会とはいっても皆学校の友達と従兄弟ですけどね。あとカフェオレ頼んでないですけど」
「俺の奢り。ジュースもとりあえず一杯は奢っちゃる。マスター良いですよね?」
「バイト代から引いとくね」
後輩の前でくらいちょっとかっこつけたいんだよ。これは完全にゲームのRPが現実にも影響出てる証拠だ。まぁ良い方向の影響だと思ってるけど。
「やったー先輩かっこいぃ! お兄も見習おうね? ケーキなんですか?」
受け取った瞬間に飲み干す勢いでジュジュ~っと飲んでいく妹。もっと大事に飲みなさい。
「チーズケーキ」
「やった大好物! お兄いらないなら私貰ってあげる! ありがとう!」
「何も言ってないよ!?」
こいつらのテンションと雰囲気に飲まれたら一生会話のキャッチボール出来る気がしない。妹の唯我独尊感が凄い。
「っと、お店に集まる約束したんですよ。ここのメニュー全部美味しいからオススメだよーって言ったら皆行きたいって話になって!」
「嬉しいねぇ。妹ちゃんケーキ少し大きく切り分けとくね」
「やったーマスターさん太っ腹ぁ! お兄も見習おうね?」
「アーハイハイソウデスネ」
諦めたな。まぁそれは置いといて、これから忙しくなるかもな。常連がお客連れて来てくれるみたいなんだ。俺もキッチン立つ準備しとくかねぇ。
「食事してくなら今日はナポリタンおすすめだ。全員同じだと作るのも楽だし」
「らじゃです! じゃぁエビグラタン二つと先輩ナポリタン二つ! あとハンバーグ三つ!」
おい妹、いやお客として注文してきたんだからいいけどさ。ちょっと意図を汲んで欲しかったなぁ。作るか。
「グラタンは僕が作るから真央くん他二つよろしくね」
「わかりました」
「妹ちゃん良かったら食後のデザートにティラミスなんてどうかな?」
「ティラミス! じゃあそれも追加で!」
「ありがとね」
マスターもサラッと稼いでくな。そして兄、顔から表情が抜け落ちてるぞ。財布を何度も漁ってるが現実は非情である。
「安心しろ。常連って事でつけといてやる」
「安心できる要素どこっすかね!?」
「でも皆先に言って注文しといてって言ってたじゃん! 気にしないでいこうお兄!」
――――
「そろそろお店閉めようか」
「はーい。めっちゃ食っていきましたね」
今日の客入りはそこまで多くなかったものの、注文が沢山出た日になった。あの後やって来た兄妹が呼んだお客さんたちが結構な量のメニューを注文、と言うか彼らだけで全メニュー制覇するんじゃなかってくらいの量を食べていったからな。
「だねぇ~あの年上の人は僕と同じ喫茶店のオーナーだね。敵情視察って感じかな?」
「敵って………まぁ間違ってないのか?」
因みに支払いはすべて一番年上の男性が現金で済ませてくれた。金持ってたなあの人。全員が出そうとして他のそっと制して『ここは大人の私に御馳走させてくれ』だってさ。渋カッコいい人だった。
「そうだ。真央くん。君スレ板のオフ会覚えてるかい?」
片付けの最中にマスターが懐かしい話を振ってきた。
「覚えてますとも」
『クリエイション』モードクリアの為に色々とお世話になった人たちとの出会いだ。忘れるはずがないさ。
「実はあの時の幹事してた彼とこの前ばったり再会したんだよ。今思い出した」
「マジっすか」
俺たちが開いたオフ会『クリエイションモード攻略組総会』。総会なんて立派な名前だが、実際はみんなで苦労した話や苦戦している話を持ち寄って現状報告だったり情報交換をしたりしながら飲んでいたパーティーみたいなもんだ。当時はまだマスターもこのお店を持ってなかったから近所のレストランの一室貸切って集まっていた。
当時最も進捗があった人がそのマスターに言われてほぼ幹事みたいな事をやっていた『マー坊』さん。実際会ってみると同年代だったから偶然ってあるもんだなぁって思ったんだよな。まだ高校生だった俺もあの行動力には驚いたもんだよ。
因みに当時の俺は進捗最下位。師匠に弟子にしてもらう為に死に戻りめっちゃしてたからな。
「それでね? 今度また人集めてオフ会やろうって話になったんだよ。そうしたら君も来るでしょ?」
「行く! 絶対行きますよ!」
うわぁ、懐かしい。ヤバい今日オフ会の雰囲気感じてたからそれが今度自分も参加側になるって考えたらめっちゃテンション上がるわ。
「よし言質とったからね?」
「取らなくても行くから問題ないですよ!」
「ちなみに会場はここの予定」
「………ちょっとマスター? もしかして?」
「君は此方側でも頑張ってもらおうかぁあ?」
「謀ったなぁ!!?」
「はっはっはっ! バイト代弾むからよろしくね」
上手い話には裏があるってか!? バイト代弾んでくれるならやりますけども!
「安心してよ。多分10人前後だとは思うから。つまりいつもお客さん相手にしてるくらいだよ」
「10人っすか………やっぱあの時よりは少ないですね」
「結構経ったからね。予定とか皆あるんだよ。けど10人は集まるって考えたら凄いことだよ」
そうだよな。もう数年前のオフ会をまたやろうって言ってそれだけの人数集まるんだ。凄いことだよ。
今後の楽しみが増えてわくわくしながら、閉店準備を進めていくのだった。
――――
「へー、そんなことになってるんだね」
「マイも参加しない? マスターが良かったらマイにも声掛けといてって言ってたんだけど」
「行くよ当然。ま………じゃなくてアール参加するんでしょ? 私が参加しない理由ないもん」
『プラクロ』の世界に戻ってきて、俺とマイは日中帯にあった出来事の話をしていた。あの時のオフ会にはマイも参加していた。俺の付き添いって事で参加したんだが、結構ウマが合った人がいて最初こそ俺にべったりだったけど、その後は女子会みたいな感じで集まって会話に花が咲いていたのを覚えている。
「にしてもそっか………あの女も来るのかな?」
「あの女って………『レイレイ』さん?」
「そ、『アール』と『マー坊』みたいに私と年が近かった女なんだけど、結構話せたのよね。手段を択ばない精神性で意気投合したの」
「怖い意気投合の仕方だよ」
マイはその気になればちょっと出来ちゃうお家柄の令嬢だから冗談に聞こえないんだよ。
「本当の事だからね。向こうも私みたいに気安い関係築ける相手欲しかったみたいでまぁまぁ楽しかった思い出あるよ」
「女子の友好関係わっかんねぇな………お、良い感じの木見っけ。マイ、この木切るわ」
現在俺とマイは契約した村の柵を作り直すための素材集めに森の中にいた。
大体の物は村人たちが自分たちで用意していたんだが、壊された柵の支柱になりうる良い感じの木がなかなか見つからなかったのだ。
一応大物は倒したが、まだいないとも限らないので一応俺たち二人が森の奥に入って良い感じの木を探してくることにしたんだ。
プレイヤーのアイテムポーチならデカくても収納できるからな。頼るのは高性能高水準のマイのアイテムポーチだけど。
俺のは小さい木材としてなら持ち運べるけど、木を一本そのまま入れる容量は無かったみたいなんだよ。そこは初心者だから仕方ないか。そんなこんなで見つけた木は太く立派な大木。これなら前よりも良い柵の支柱になってくれるだろう。
「よっと」
出来るだけ根本と、表面を傷つけないように注意しながら場所を見極めて、抜刀。繊維に這わせるように木に刃を入り込ませ切断。若干角度を付けて切り裂いたので、ズズズッと音を立てながら木は倒れていく。
「木を切るのに刀使う人初めて見たよ。『パワーエンハンス』」
魔法でステータスを強化したマイが木が倒れる前に受け止めて支えてくれた。俺からしたら倒れた大木を片手で受け止める光景の方が珍しいと思うぞ。
「だろうな。枝とか切り落とすからちょっと待ってくれな?」
「はーい」
ササっと枝葉を切り落としておく。後でやるのも面倒だからな。
「抜刀も早いね。刃見えなかったもん。居合術って言うんだっけ?」
「そ。正確にいうなら戦技『十六夜』だ。月光真流の抜刀術」
「うわぁ………それを土木作業で使うって、豪勢な事だよね」
「使えるものはなんでも使う。これが俺の信条だから」
枝葉が落ちたのを確認して、マイは木アイテムポーチに収納していく。こうして見るとTHE魔法って感じだ。
「あと5本くらいこんな感じの木が欲しい所だね」
「了解。じゃあもう少し探してみるか」
こんな感じで木を集めている。そうだ。今更ながら聞いておこう。宴会の夜は俺も時間だったから村の集会場を借りてログアウトさせてもらったからまだ詳しく聞いてなかったし。
「なぁマイ。村との契約ってどんな感じなんだ?」
マイが進めてくれた契約の話。俺は実のところ半分位、もしかしたら半分も契約の事を知らないのかもしれない。
「そっか話してなかったね。村との契約って言うのはそのまんまの意味だよ。要するに専属の何でも屋って感じ。村だとあんまりないけど町と契約する人って結構いるんだよ」
「そうなの?」
「そ、第二の町に行ったら解禁されるクラン創設のクランハウス借りる為にある程度の信用が必要なの。それを稼ぐのに手っ取り早いのが契約。契約した町や村の問題だったり依頼を解決して信用を得るの。まぁ契約しなくても信用は稼げるけど、信用を得てクランハウス借りた方が安いんだよ。貸すにしても売るにしても見知らぬ誰かよりも自分に便宜を図ってくれる相手の方が都合良いでしょ?」
急に生生しい話だな。ゲームあるあるかと思ったら人の思惑とかそういう感じの話になってきた。
「その他にもギルドで回してもらえる依頼とか情報だったりがより良い物になったり、町で使える割引券もらえたりだね。あと特産物貰えたりもする。要するに株主優待とかふるさと納税みたいなもんだよ」
「結構徹底されてんのなその辺の情勢」
「現実味あってアール好きでしょ?」
うん。めっちゃ好き。リアリティ重視なのはRP勢からすればもう大好物だ。
「それから村とかの場合、契約してから自分で色々したら村を発展させていく事も出来るの。その為には生産系の職業でもの作ったり、行商人を引き込んだりして村の名前を売り出していく必要もあるんだけどね。あと村の人材育成とかも大事だよ。プレイヤー一人が凄いだけじゃ村が発展したとは言えないし。その技術を村の人に伝授して村の特産品を村人が自分たちで作れるようになって初めて発展したって言えるからね」
「口では簡単、実際は大変ってやつだな」
「そ。けどそれで成功するのはごく一部だけ、失敗の方が多いよ。例えば人材育成中にその人たちがもっと大きな場所を目指しちゃって町に出たり、村人とプレイヤーの意識の差でうまく行かずに契約破棄されたり言い出すと失敗例はキリがないね」
「だろうなぁ。これがただのゲームなら成功の方が多くなりそうだけどエクスゼウス製の世界だからな」
「うん。現実はそう甘くないって事実を剛速球で叩きつけてくる企業だからね。因みに成功例としては鍛冶師の村になったとか、傭兵育成の村だったりとかそういうのがあるよ。そこに熱意と愛を注いだプレイヤーの意地を感じたよね」
へー、そんな感じの成功例があるのか。
「この話を聞いてアールはどうする? あの村から世界目指してみる? 初めて依頼受けてクリアした村だから記念に契約しただけだけど、やるなら全力で手伝うよ?」
「俺はそういう欲は無いからいいかな」
人材育成とか世間情勢調べてあーだこーだするのは肌に合わない。もっとシンプルな方が俺好みだ。そういう観点で見れば傭兵育成って方向はありっちゃありだが。自衛出来るくらいに鍛えてって頼まれたらやるけど。
仲良くなった村が滅びたり廃れるのはそりゃ嫌だ。それを防ぐ為に尽力はするだろうけど、言ってしまえば俺たちは部外者だ。下手に村の方針に口出しはしたくない。彼らにだって彼らの生き方があるんだから。あるがまま流れに身を任せるのも現実ってやつだ。
「オッケー、なら私もそういうスタンスでいくね? 『転移』の魔法陣だけ描かせて貰って、あとは魔力ある人に『念話』の魔法具渡す程度にしとく」
「マイ。『念話』と『転移』の魔法について詳しく頼む」
何それ絶対ロマンじゃん。人の夢じゃんそんなの。
「魔力に言葉を乗せて専用の送受信が出来る道具、現実でいう所の携帯電話だよ『念話』は。『転移』の魔法陣も読んで字のごとく。魔法陣がある場所に『転移』の魔法で飛べるの。『転移』の魔法はある程度MPが増えれば使えるようになるから特に必要な技能は無いしアールでも問題なく使えると思うよ。その時になったらまた教えるね?」
「ぜひ頼む! 魔法楽しみだわ」
「あ、そうだ。町から町なら復活する泉でファストトラベル出来るから新しい町に着いたら泉に行くの忘れないで。視界に入れればそれで大丈夫だから」
じゃあルーキストはもう出来るな。マイと待ち合わせたの泉だったし。ってことはファストトラベルが意味を成すのはこの先他の町に着いてからだな。どんな感覚なのか楽しみだ。
――――
必要な木を集め終わった俺たちは村に戻り、ちょうど柵の立て直しをしている村人に材料を預け、ひとまず休憩だ。マイは村人の中から魔法が使える人を捕まえて先程の魔法具を渡したり、『転移』の魔法陣を描いたりする為に別行動だ。
俺も手伝いたかったが、あいにく魔法は専門外だ。任せるほかない。
そんな時間を持て余した俺は村を歩いて回っていた。既に先日の宴の片付けを終えて彼らは普段の生活に戻っている。問題を抱えていた森のモンスターに関しても無事討伐したことから狩りや釣りの為に森に入っていく人達も見える。この前まで騒いでいた子供達も大人の手伝いで畑仕事や家事をしている。
こういう小さい村なら子供でも大切な労力だ。がっつり仕事させるわけではないけど、村の為自分の為にある程度の事は幼い頃から教わるんだな。
俺を見て手を振ってくれる人や会釈してくれる人たちに見送られるように村を歩いていく。
「1! 2! 3!」
「「「「1! 2! 3!」」」」
元気のある声の先では村の自衛団と思われる若者たちが槍や剣を振るっていた。お世辞にも綺麗な型とは言えないが、素人で我流ならこんなもんだろう。でもちょっと懐かしい。昔の俺もあんな時代があったもんだ。
「あ! 刀のお兄ちゃん!」
そんな若者達の中に、子供の姿もあった。その声に寄せられるように彼らの視線がこちらに向いた。
「訓練中悪いな。ちょっと散歩してたんだ」
「いやいやとんでもない! むしろ俺たちみたいな下手くそな訓練見せちゃって恥ずかしいですよ」
そう自虐する若者だが、何もしないでいるよりもよっぽど立派だ。世の中自分で何もせずに他人に全部押し付けた挙句、何かあれば全部責任丸投げしてくる奴だっているんだからな。
「ねぇねぇ刀のお兄ちゃん! お兄ちゃんの刀で訓練するところ見たい!!」
「おいこらジャック。彼はさっきまで村の手伝いをしてくれていたんだ。休ませてあげないと」
「構わないさ。そうだ、良かったら訓練を少し見てやるが………どうする?」
「えぇ!! いいの!?」
ジャックと呼ばれた少年は目を輝かせて俺を見上げてきた。
「とは言っても簡単な事しか教えられないけどな」
「うん!! やったー!! 刀のお兄ちゃんのかっこいいズガァンって戦い教えて貰える!!」
「すみませんお疲れのはずなのに」
「いいのいいの気にすんな。じゃ、やろうか」
とりあえず装備の確認。槍と剣。ってなると簡単な突きと素振りが一番か。
掛け声に合わせてとりあえず振るって貰ったり、素振りをしてもらった。
「素振りだが見た目は気にすんな。腕と背筋をしっかり伸ばして前に振るうんだ。惰性で伸ばさずに腕が伸びた位置でしっかりと剣を止めるように。腕が疲れても頑張れ」
「槍は腕だけで突きをしないように。重心を落として腰から上半身、腕に力を伝えるように体を動かして突く」
「筋は悪くない。足りないのは経験じゃなくてその動きに慣れていない身体能力だ。繰り返していけば必要な身体能力が養われていく」
「焦る必要はない。焦りは可能性を殺す敵だ。すぐに強くなれるなら誰も苦労していないからな。何事も日々の積み重ねが大事だぞ」
「疲れた? そうかじゃあもう少し頑張ろう! 大丈夫だ。弱音が吐けるならまだ動ける。いざという時疲れたから諦めるとはならんだろ? あと少しだけ頑張れ! お前達なら頑張れるはずだ!」
時間にして約30分くらいだろうか。弱音を吐く奴は居たが、それでも全員最後まで頑張れた。誰一人投げ出さずにやり遂げられたのは凄いことだ。
「お疲れ様! 初回だからこの辺でやめておこうか」
「「「「「お………お疲れさまでしたぁぁぁ」」」」」
「ちかれたぁぁ………」
全員ヘロヘロだ。ジャックも地面に溶けるようにへばっている。
「刀のお兄ちゃんぅ」
「どうしたジャック?」
「こんな練習でお兄ちゃんみたいになれるの~? もっとすごい事やらないとなれないんじゃないの?」
確かに地味だな。けど。
「こういう地味な事が出来ないと俺みたいなかっこいい戦いは出来ないぞ?」
「うへぇ~………僕信じられないよ………」
「………しょうがないなぁ。ちょい見てな」
ジャックが持っていた木の剣を持ち上げて呼吸を変える。体幹をしっかりと、腕のメリハリを、伸縮を意識して型を作る。
「シィッ」
一歩前に出て腕を振り下ろす。剣先は腰より僅かに下まで、その位置でピタリと動きを止めてその衝撃を完全に静する。
振り上げながら前に出た分足を戻し、同じ位置に戻る。再び一歩前に出て同じ様に剣を振るう。これを数回繰り返し魅せる様に身体を動かす。
「素振りは相手こそ居ないが武器に慣れる。体を慣らすという意味では誰でも出来て簡単に、そして安全に練習できる修行だ。ここまで出来るようになるまで素振りをやるだけでも身体が出来上がる。地味と一言で片づけるには惜しいものだぞ」
「すげぇ………俺たちとは全然違う」
「同じことしてるはずなのに違う事してるみたいだった」
「か………かっこいぃ………!!」
考え直してくれて良かった。基礎練習反復練習を蔑ろにして上達できる事なんてないからな。何でも繰り返しが大切だ。特に子供の頃から始めるならこういうことが大事なんだって早い内に理解出来たなら将来は大物になれるはずだ。
「刀のお兄ちゃん! 僕毎日さっきの剣の練習する! そうしたら今みたいなかっこいい感じになれる!?」
「それは自分次第だ。頑張った分だけ見て分かる様になる。だから辛くても毎日頑張れ。出来るか?」
「やる!! 僕絶対に毎日おんなじ時間剣振る!!」
ジャックの目に宿る光は明るくて力強かった。これは期待してもいいかもな。目を輝かすジャックの頭を撫ぜ、頬をくしゃくしゃと擦る。
「でも無理はするなよ? 怪我や病気の時はちゃんと治してからまた頑張る様に。約束な?」
「おっす! 刀のお兄ちゃん………ううん!! お師匠様! こういうの町ではお師匠様っていうんだよね!!」
「師匠と来たか。ははっ! 良いだろうジャック! 俺がお前の師匠になってやろう! たまに見に来てやるから頑張れよ?」
「わーい!! 僕お師匠様の弟子になったぁ!!」
随分と可愛い弟子が出来てしまったな。
「あのぉ………もしよろしければ俺達にも色々教えて頂けませんか?」
他の若者たちもおずおずと頼み込んできた。うんうん。良いとも。
「言っときますけど………いいや違うな。言っとくが俺は厳しいぞ? それでも頑張れるか?」
「「「「はい!!」」」」
「なら今日この時から全員俺が面倒を見よう! 毎日とはいかないから自主練習メインにはなるけど頑張っていこう!」
やるからには手加減も容赦もしない。全員最低限の戦いが出来るように鍛えてやるとも。
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