月光真流開祖マリアーデの追憶
唐突に始まる過去話。では物語の世界へどうぞ
数年前、あるいは数百年、数千年前。 長寿の種族の村で彼女は生まれ、育っていた。
人間種がエルフと呼ぶ種族の生まれだった少女は周りにいる”大人”達に囲まれながら穏やかに過ごしていた。
そんな少女はたまたま村に訪れた剣士の剣に心を奪われた。その剣士は特別な才能も位も持っていない只人の何処にでもいる剣士だった。
けれどその剣士が振るった剣に幼子だった彼女は心を奪われた。不格好ながらも必死に、森で獣と戦う剣士の姿を見て、カッコいい。そう思ったのだ。
少女はすぐに両親や大人たちにねだり、剣の道に歩みを進める事になった。とはいっても幼子の興味が出た程度の事だろう。周りの大人たちからはその程度にしか思われていなかった。
なので大人たちも適当に刃を潰した剣を用意して、少女に渡し『飽きるまで好きになさい』と子供の好奇心の赴くままに行動させた。
まさかそれが”大人”になっても尚続くとは、当時の同胞たちは思いもしなかっただろう。
それだけでは無い。気が付けば”大人”となった彼女はこの世界で知らぬ者はいない程の実力と技を積み上げ、磨き上げたのだ。
500を超えてから自身の年齢を数えなくなった幼子だった彼女は常に剣を振り続けた。剣に生き、幼きあの日決意した理想を追い続け、彼女は彼女が求めた極致へと至った。
彼女はそれを月光真流と名付けた。幾星霜の時が流れても尚、幼きあの頃から変わらぬ月夜の光の様に、この極致に至った剣技を残そうと決めたのだ。
だが、その技術は、長寿であった彼女が積み上げてきたが故に生まれた剣技。人間種では真似できない年月が可能にした技術。故に常人には真似できず、常人がその技術を真似ようとすればするほど狂っていく。
もはや異常とされ、ある時から彼女は人間種からは剣の化け物と呼ばれるようになった。だが、彼女は別にそんなことあまり気にしなかった。彼女にとって幼き日に憧れた剣こそが全てだったからだ。
だがその評判が同族にまで迷惑をかけるとなると話は少し変わる。ある年、欲に塗れた人間種が『剣の怪物』と言う恐ろしき怪物を討伐したと言う名誉に狂い、民衆を煽り、大義を掲げて挙兵し、彼女が住む村を襲った。
結果は蹂躙。
押し寄せた兵士は、村に入ることすら叶わず、彼女一人に一人残らず殺された。
同族たちは自分たちの境遇、『長寿族であることで人間種から恐れられることもあるから気にしない』と言ってくれたが、彼女は同族に迷惑をかけるのは申し訳ないと考えた。
実際、此度の一件でまた村に兵が押し寄せるかもしれない。長年住んでいたこの村を、自分の名のせいで危険に晒すなど彼女は耐えられなかった。
だから、とりあえず彼女も大人になったので村を出ると話し、仲間達に見送られながら村から去った。
そして、村に二度と兵が行くことが無い様に、襲ってきた人間種がいた国を壊滅させた。
たった一人の剣士が、国を相手にして勝利した。それは瞬く間に世界に広がり、彼女の名は剣士以外にも轟くほどになった。
そして彼女は、その全ての矛先が自分に向くように、自分の居場所と決めた森の奥地にいる事を声高々に宣言した。
それから数十年は戦いの日々だった。彼女を討たんとする国、兵士、名誉が欲しかった者たち。数えるのも億劫になるほど彼女は毎日のように戦場に身を置いた。
そんな日々も時が過ぎていくと、少しずつ変わっていき、いつの間にか、『剣の化け物』は『剣聖』と呼ばれるようになり、彼女の戦いはひとまず決着が着くことになった。
代わりに、『ぜひ剣聖様の剣を教えてくださいませ』と、種族問わず、多くの者たちが彼女に対し師事を乞うようになった。
良い。と、彼女は答えた。彼女にとってそれは生まれて初めての感覚。そして自分の生み出した剣を教えると言う新しい剣の道に彼女は大きく喜びを感じた。
そして新しい夢になった。彼女が生み出し、磨き上げたこの剣技、月の光が如く、この世界に残り続ける存在にしたいと思うようになったのだ。
だから、彼女は一生懸命に、剣を振るい始めた幼き日々を思い出す様に、訪れ、弟子になった者たちに己の技術を伝えようと頑張った。
しかし、彼女は剣を極める事は出来ても師事の才能は無かった。上手く伝えられず、それでも懸命に彼女なりに頑張った。
しかし、それが多くの剣士・戦士たちの心を折った。彼女に剣を習うほど、己の未熟さと直面し、彼女とは住む世界が違ったのだと諦める。
彼女は強すぎた。常人では辿り着けない極致に至ったが故に、常人である者たちはその差をまじまじと感じて折れていった。
それでも尚、人々は彼女の剣に魅了され、模倣せんと次々に彼女の元を訪れては、去っていくを繰り返した。
訪れては狂い、挫折し、壊れ、朽ちて、去っていく。 そんな大勢の者たちを見ても、彼女は決して折れなかった。いつか、いつか自分の剣術が誰かに伝わると信じたのだ。
新しい剣の道を進むため、彼女は大勢の心を折り続けても尚、精神がゆがむ事は無かった。例え、それが叶わぬ夢と実感してしまっても、彼女は諦めきれなかったのだ。
いつか、いつか、いつか。
彼女は夢を諦めきれなかった。
彼女の元を訪れる者は後を絶たなかった。極致に至った剣と言うのは人を狂わせてしまうほどに美しく、強すぎたのだ。 そしてまた狂い、折れ、砕ける。
そんな時間ばかり過ぎていく中で、常人たちは目的を変えた。強すぎるならば自分たちが使える領域まで落とし込もうと。
彼女の剣を常人でも扱える領域へ落とし込むために、彼女の元を訪れ始める。
狂ってしまうのならば、狂わぬように、壊れてしまうのならば、壊れぬように。彼女の剣技に魅了された多くの剣士たちは命の限り、精神の続く限り彼女の元を訪れた。
そして、何十年、何百年もの歳月をかけて、子孫代々繋ぎ続け、常人たちは彼女の剣を常人の領域へと落とし込んだ。
結局、自身の剣を覚えた者は誰一人いなかった。けれど、数百年かけて努力した彼女の弟子となり、通い続けた彼らの気持ちは無下にしたくは無かった。
だから精一杯、『よくぞ頑張った』と当時の弟子たちを褒め称えた。
常人の領域へと落ちた彼女の剣技は瞬く間に世界を斡旋した。世界最強の剣術・武術として。
夢が叶った。彼女が望まぬ形ではあったが、確かに彼女の剣技は世界中に広まったのだ。それは嬉しくもあり、悲しくもあった。その剣は彼女の剣であって彼女の剣ではなかったから。
でも、それでも、彼女の剣が伝わる事を誰よりも喜びもした。 生み出した剣、磨き続けてきたその技術。受け継がれるならばどのような形であれ嬉しかった。
時代は進み、彼女の剣であり、常人の領域へ落ちた剣は、やがて様々な流派へと派生し、新たな剣術を生み出していった。
そして、彼女の元を訪れる者は一人、また一人といなくなっていった。
そして誰も訪れなくなる。既に彼女の剣は常人の剣へと変化し、彼女の存在は不要になったからだ。
寂しさもあった。けれど彼女は既に世捨て人であった。剣に生き、多くの人生を狂わせながら、いつの間にか彼女は世界に関して、興味を失っていたのだ。
それは、月光真流であって、月光真流ではない剣を見たくないと言う心が己を守るために起こした思考でもあった。
もう弟子を取ることは無いだろう。歪んだ形で夢が叶った彼女は、心の奥底に本当の望みを押し込めて、夢はもう終わったのだと言い聞かせた。
それでも、剣を捨てられなかったのは、彼女が己の剣技を誇りに思っているからだろう。執念と言っても過言ではなかった。
剣に憧れたあの日からずっと、彼女は剣に魅了され続けていたから。それだけが、彼女が歪み狂わなかった理由だった。
そんな風に考えながら数百年。同族からすればまだまだ若いと呼ばれる歳の彼女は、ある日から夢を見るようになった。
幼子が彼女の住む森にたった一人で足を踏み入れては、生息するモンスターに殺される夢。
夢に出てくる幼子はお世辞にも戦えるとはいえる動きではなかった。 むしろその反対で戦うと言う行為に向いていないと言ってもいい。
持っていた剣にも振り回されている。まともに持てず、剣を引きずる始末だ。重心もぐらぐらで剣士としては不甲斐なさすぎるほど。
いつも最初に出会ったモンスターに殺されて終わる。彼女はそれを空から見ている。そんな夢。
後味の悪い夢だ。最初はその程度。彼女の日々には何も影響はない。
だがこれが毎日、毎晩、数年続けば話は変わってくる。
精神が侵されるほどではないが、後味が悪い、まるで幼子を自分が見殺しにしているようではないかと。無論ただの夢だ。しかし、やはり後味が悪い。
やがて彼女は森の見回りをするようになった。夢で見た場所を彼女は長年住んでいる森だ。彼女からすれば庭の様なもの。夢で幼子が殺された場所を集中的に見て回った。
そんな日々を過ごし始めて数年経過したある日。夢は正夢になった。
夢で見た、お世辞にも剣士とは言えないふらふらな幼子。握りしめる武器を懸命に振って、モンスターと戦う少年。
少し違ったのは、夢で見た以上に善戦している事だろう。攻撃は防いでいるし、回避も不格好ながら出来ている。ただ、圧倒的に剣の振り方が悪い。剣に振り回されている。
ただ、そう。彼女は夢見が悪いのは気分が悪い。そんな理由で少年を助けた。
危ないぞと。この森は少年にとって危険である。もう来るなと伝えれば、終わりだろう。
そう思っていた。しかし少年が口にしたのは全く別の言葉だった。
『僕に剣を教えて下さい』
その言葉を聞いたのはいつ以来だっただろうか。無論この少年よりももっと剣士として強く、立派な者たちばかりだった。
この少年は彼女の記憶の中では最年少だろう。
故に、この少年では間違いなく彼女の剣についてこれないだろう。そう判断し、断った。代わりに彼女はこの少年でも剣術を教えて貰える場所を紹介した。
世捨て人であっても、彼女の事を知る者はいる。風の噂で月光真流の道場がある事は聞いている。彼女が一筆したためた書を持っていけば多少手荒でも歓迎してくれるだろうと考えた。
しかしこの少年。想像よりも頑固で彼女にしつこく懇願してきた。
途方に暮れた彼女は、とりあえず少年を担ぎ上げ、近場の町に少年を送り届け、もう来るなと念押しした。来ても教える事は無いし、助ける事もしないと。言葉を残して。
これでやっと後味の悪い夢が終わる。そう思っていた彼女だが、その夜、同じ夢を見る事になった。
傷だらけの少年がまた森に入ってくる夢。そしてモンスターに殺される夢。
そうなると彼女はまた見回りに出る。するとやはり少年と出会った。モンスターから逃げてきたのだろう。それはもうボロボロで、あと少し見つけるのが遅ければ、その血の匂いに寄せられてモンスターの餌になっていただろう。
何故来たと問えば、少年は剣を教えてほしからと、涙ぐみながら答えた。
まぁ、彼女がこの少年に剣を教えて良い事がある訳でもない。常人、それもまだ精神が幼い子供であれば必ず壊れる。故に彼女は強い言葉で断る。
また少年を背負って町に送り届け、家へと戻る。そして遂にいい加減鬱陶しいと感じていた夢を見る事は無くなった。
だが、何故か彼女はどうも夢を見なくなったことが信用できなかった。彼女自身何故そう思ったのかわからないが、あの少年はまた来る気がしていた。確証も証拠も何もない。
悪夢はもう見なくなったのに、気が付くと彼女は見回りを続けていた。するとやはり少年に出会う。そして少年はいつものように彼女に剣を教えてくれと懇願する。
それが毎日続けば、新しい日常のように感じてきて、少しばかり悪い事を考えてしまった。一度本気で教えて心をへし折ってやればもう来なくなるだろう。と。
彼女の剣技は常人では扱えぬもの。それは他ならぬ彼女が目で見てきた事実。ならばその一片を見せて心をへし折り、諦めさせてみようと考えた。それは彼女なりの、ちょっとした”悪戯”であった。
なので、仕方なく。本当に仕方なく、彼女は少年を家に招き入れた。 傷だらけでボロボロ。まずは動けるようになってから、心を折ろうと決めた。
数日間少年の回復を見守りながら、ようやく動けるようになった少年に対し、彼女は早速心を折る為の修業と称した無理難題を押し付けた。
それは少年が挑めば死ぬほどのもの。無論殺す気はない。恐怖を与えるだけのつもりだ。こうして無理難題を押しつけてきた。そして多くの志願者がここで心を折って、彼女から離れていった。
少年に対し罪悪感はあったが、既に彼女の夢は終わっている。見てきた大勢と同じように少年も心が折れて己から離れていくだろうと思った。
しかし、少年は折れなかった。修業の難題をこなすことは少年には出来なかった。けれど少年は折れなかった。 毎日毎日、何度も繰り返して、必死に修業に取り組んでいた。
けれど時間の問題だと彼女は思った。これまで多くの常人がそうだったから。この少年は少し心が強い少年なのだと決めつけた。
だが、彼女の想像は裏切られた。
うまく行かない毎日を過ごしながらも、少年は折れなかった。ひねくれる事も無く、挫折することも無く、真っ直ぐに、彼女が与えた難題に取り組み続けた。
そして毎日こういうのだ。マリアーデさん、今日も一日ありがとうございました。と。
そうしているうちに彼女の心境にも変化が現れてくる。
もしかしたらこの少年ならばと。
この少年ならば本当の自分の剣を伝える事が可能なのではないかと。
誰一人完璧に継ぐ事の無かった己の剣を、この少年ならばもしかしてと。
終わったはずの夢が、心の奥底に沈めた夢が、どくん。どくんと蘇っていく感覚が彼女の中で少しずつ大きくなってしまった。
故にだろう。彼女はある日、毎日の修業とは別に少年と”稽古”をした。そして魅せた。彼女が最も大切にしていた技を、誰一人として真似できなかった彼女の、月光真流という技の始まりを。
それが切っ掛けだった。その夜から彼女は新しい悪夢を見るようになった。それは修業中に少年が死ぬ夢。修業中の不慮の事故や身体疲労による死、あるいはモンスターにより殺されるなど、考えられるあらゆる少年の死の夢を見るようになった。
それが何故か許せなくて、既に経験したはずの事なのに、それが少年に起きる事が許せなくて、彼女はそれが少年と出会ったあの日の様に、正夢にならないように、気が付けば少年に気を使っていた。
死なせない。その為に夢を思い出しながら少年を守った。不慮の事故が起きる前に休ませ、モンスターが襲ってきた時、少年が疲労していたのならば自分が前に出て追い払った。
気が付けば、いつの間にか、彼女は心の中に熱い思いを抱いていた。あの日願った彼女の夢。歪んで叶った彼女の夢。
本当の彼女の剣。彼女の領域。彼女が見てきた剣の道。
終わったはずの夢は、自分よりもずっと幼い少年の熱意によって再熱していた。自覚してしまえばもう彼女は止まれなかった。
そして決意した。この少年が自分の修業の中で狂った時、あるいは死んだときが己の命の終わりの時だと。きっとこれを逃せば、自分が狂ってしまうと、彼女は自覚したから。
だから彼女は少年に己の命を懸けた。
修業では遠慮もしなければ情けも掛けなかった。狂ったように少年に剣を教え、死なないギリギリを見極めながら己の剣を教え続けた。
ここでもしも、少年が折れていたら、彼女はきっと自ら命を絶っていただろう。
あるいは狂気に飲まれ、世界を壊す『剣の怪物』として世界を蹂躙していたかも知れない。
けれど、そうはならなかった。
少年は、彼女の修業に食いしばってついてきた。泣きはしても、泣き言は言わず、子供とは思えないほどに成熟した精神は彼女の想像をはるかに超えていた。
やがて、少年は彼女の始まりへと至った。それはあまりにも不格好で隙だらけ。実戦では絶対に使えないだろう出来だった。
それでも、少年が魅せたその剣技は、常人の領域に落ちた剣ではなく、間違いなく彼女の剣技だった。
その瞬間。彼女は少年を抱きしめていた。子供の様に涙を流しながら、心に秘めた言葉を何度も何度も口にした。
『よく頑張った』
あの日口にした情けから出た言葉ではなく、心から、魂から発した彼女の本心。
この日、彼女の夢は、もう一度始まったのだ。歪んだ夢の終わりは、彼女と決別し、彼女の本当の夢が始まった。
そこからはあっという間だった。彼女は少年に、自らの全てを叩き込んだ。無理難題も、無謀にも思える修行にも取り組ませた。
言ってしまえば彼女の脳は少年に焼かれてしまっていた。 この子ならば完璧な自分の剣を教えられると。僅かな日々の中で、確信させてしまうほどに、こんがりと焼けてしまっていた。
彼女のブレーキが外れた事で少年に課された難題は、過去の弟子とは比べ物にならないほどの物だった。 正直自覚はあった。けれど、少年があまりにも一生懸命取り組むものだから、遠慮しなくなった。
同時に、彼女は少年を心底可愛がった。剣の他にも様々な事を教えた。彼女が知る知識、常識、歴史。時折町に出かけては少年の為に書物を買い、少年がいつか世界に旅立つために必要な常識もたくさん教えた。
彼女のブレーキが外れた事、そして少年がまっすぐに取り組んだことで、僅か十年にして、少年は彼女の領域の剣技を習得して見せた。
基礎となる技、戦技は勿論。奥義も全て。常人の領域ではなく、彼女の領域での剣技。彼女が磨き上げてきた技術全てが少年の根幹を成していた。
そして彼女は最後の修業だと言って少年・・・既に青年だった彼に世界を見てこいと言った。
この世界には多くの剣術がいて、十人十色の剣士、あるいは戦士がいる。その全てに出会い、学び、剣の道を究めよと。
青年は力強く返事をして、旅に出た。
悪くない時間だったと、彼女は思った。いいや、彼女にとって最高の時間だった。 夢が叶ったのだ。彼女が望んでいた最高の形で。
間違いなく青年…愛弟子と呼ぶ彼は世界に名を轟かすだろう。あれは特別だ。その特別を作ったのは自分だ。自分が叶えた勝った夢の体現者なのだ。
そして、旅先での出来事が彼女に伝わると、彼女は自分の事のように喜んだ。 愛弟子の活躍を彼女は親の様に喜び、再会した時にたくさん誉めてやろうと心に決めながら、愛弟子の話をたくさん聞いていた。
そんな彼女にとって最高の日々を過ごすある日、また彼女は夢を見始める。
それは見た目も姿も違うけれど、愛弟子である青年と同じ魂の色をした戦士の姿。人の領域に姿を変えた彼女の剣だったものを、自分の剣に昇華しようと戦場を又に掛ける剣士の姿。
その剣士はやがて愛弟子である青年と何度か剣を交わす。時には敵として、時には味方として。お互いがお互いの事を知っているようで関係は悪くないようだった。
そして、最後には愛弟子の剣によって、剣士は殺された。それは世界を救うためには必要な事だった。
けれど。
けれど、その瞳の奥に見えた、愛弟子と同じ魂の色が見えた彼女からすれば、それはあまりにも放置できない事だった。
まるで愛弟子が自分自身と戦っているようでは無いかと。何故自分自身と殺し合いなどしなければならないのだと。
気が付けば彼女は旅に出ていた。あの夢を出来るだけ現実にしないために。
案外自分の夢は当たりやすいようで、彼女はあっさり夢で見た剣士に出会った。
剣士は闇を抱えていた。そしてその剣士と共に戦う仲間達も暗い闇を抱えていた。 顔も考え方も愛弟子とは違う剣士だが、彼女にはどうしても愛弟子と姿が被って見えた。
『この剣士は愛弟子の写し鏡だ』そう感じた。もしもの話、愛弟子が進む道が違えばこうなるだろうと、彼女は感じていた。
そうなるまでにどれだけの闇を見てきたのか、考えるほど悲しかったが、この剣士が、その闇を払う為の力を持てるように、彼女は時間を見つけては剣士とその仲間たちに喧嘩を売りに行った。
どうせ剣を教えると言っても断ってくると考えた彼女は、喧嘩を売りながら剣士とその仲間たちに剣を教えてやった。
認めたくはないが、本当に認めたくないが、ほんのちょっとだけ、そう、ほんのちょっとだけこの剣士は愛弟子よりも才能がある。
ほんのちょっとだけだ。うん。指一つくらいだ。いや、紙一つくらいだろう。愛弟子は少し劣るが自分がしっかり教えた愛弟子の方が強いからいいのだ。うん。
そんな日々が続く中で見たある日の夢。
珍しく、彼女は夢の当事者だった。いつも空の上から見ていたような夢ではなく、夢の中で彼女は自由に動けた。彼女は愛弟子と共にある目的の為に旅をしていた。
それは剣士が己の名を残すために邪神なる存在を復活させ、討伐しようとする夢。それがどれだけ危険で、どれだけ多くの人を殺すものだろう。愛弟子はそれを阻止するために仲間と共に剣士を止めに行った。
様々な困難を超えて、愛弟子の仲間を失いながら、それでも愛弟子と共に彼女は剣士の元へとたどり着く。
儀式は最後の段階へと迫っていた。愛弟子と彼女は共に剣士を止めるために戦った。
お互い必死だった。剣を交えながら言葉を交わした。
他の方法があるはずだと、それだけはやってはいけない。無関係な人を巻き込んでやっていい事ではないと愛弟子は呼びかける。
それでも止まれない。多くの犠牲の元ここまで来たのだから、彼らに報いるためにも止まれないと剣士は血反吐を吐きながら答える。
彼女はまるで鏡を見ているようだった。愛弟子が自分と出会わなかった道の体現者に見えた。 もしあの時自分が最後まで愛弟子を見放していたら、このようになっていたのかもしれないと思った…いいや、きっとこうなっていたんだろうと感じた。
同じ魂の色をした者同士がお互いを殺しあう。正直見ていられなかった。愛弟子が自分自身と戦っているようで、彼女にとっては何よりも辛かった。
そして、気が付けば愛弟子は剣士によって殺された。
きっと敵討ちと切り替えてしまえば楽だっただろう。けれど、彼女の目に映る剣士は愛弟子と同じだった。自分が決めた事に対して、絶対に止まれない。そう思ってしまった。
ならばせめて。
彼女は夢の中で最後の戦いに臨んだ。己の剣を全てこの剣士に授けるために、殺し合いながら技を盗ませた。不格好でもいい。自分の領域の剣を覚えて、望むがままに邪神とやらを討伐できるように。彼女はこの命を捧げて、剣士に己の全てを教え込んだ。そして、満足して死んだ。
隣で先に息絶えた愛弟子を抱きながら、敵討ち出来ない不甲斐ない師ですまないと、冷たくなった愛弟子を抱きしめながら。
そこで夢は終わった。
嫌な夢だ。でも、それでもこれをただの悪夢だと片づけるにはあまりにも無理があった。自分の夢は何故だか正夢になりやすいのだから。
そしてその夢を見た数日後、彼女の元に愛する愛弟子が訪れた。仲間も増えていて、たくさんの世界を見てきたんだろう。
そして夢の通りならば、愛弟子はきっとこういうだろう。『幼馴染を止める為に力を貸してほしい』と。
間違いなく片方が死ぬだろう。彼女はどうするかもう決めていた。どちらを取るかなど迷う訳がない。夢に出てきた愛弟子に似た剣士と愛弟子。どちらを取るかなど考えるまでも無い。例え愛弟子に恨まれても、彼女は愛弟子を殺させるつもりは無かった。
覚悟を決めた彼女だが、愛弟子からの言葉は彼女の覚悟を変えてしまった。
『幼馴染の剣士を止める。俺の幼馴染の闇を利用して蘇ろうとしている邪神を皆で討つ。その為に力を貸してほしい』
幼馴染を殺し邪神とやらの復活阻止をするのではなく、幼馴染を救うために戦うと愛弟子は言った。 これはただの言葉だ。けれどこの言葉はあの夢をただの夢に変えてしまうほど、彼女に響く言葉だった。
数十年と続いた彼女の現実に変わる夢。それが今日この時、初めて否定されたのだ。まるでそれは、『今まで見てきた夢は全てこの世界ではない、別の世界での話だったのだ』と言われているような錯覚すら感じるほどに。
それはまるで、自分の望んでいた理想のようで、これが夢の様に思えるほどで。けれど、それを愛弟子とその仲間に見せるのは師匠としては恥ずかしいので。
『良かろう! ただし愛弟子とその仲間達よ! 不甲斐ない姿を見せた日には死ぬ方が楽と思える稽古を向ける故覚悟するのだぞ!!』
そうして彼女の旅は始まった。旅をしていく中で共に戦って、彼女は根拠も何もないけれど、今まで見てきた夢と現実を掛け合わせてこう考える。
愛弟子と剣士は同じ魂を持っていた。別世界では愛弟子として、別世界では剣士として、何度も輪廻の輪を回りながら生きてきたのだと。
ならば自分がやることは一つ。大切な愛弟子二人が殺しあわない世界線を築くために、出来る事をしよう。
決めたのならば行動あるのみ。彼女は愛弟子と共に様々な地に向かい、剣士と戦い、説得を続けた。
その結果、ようやく二人の愛弟子は殺しあうのではなく、手を取りあう事が出来た。そして、邪神なる存在と、その復活を目論んでいた本当の黒幕たちとの戦いを経て、世界に平和をもたらした。
悲しい事に、剣士は邪神なる存在を討つ為に、犠牲となってしまった。けれどそれは、他ならぬ剣士が望んで身を捧げていたことを皆が知っている。
自分が蒔いた種を自分で狩る為に。最後に大切な仲間たちと、信じてる幼馴染に後を託して。
大団円の終わりではなかったけれど、剣士は世界で英雄と呼ばれるようになった。
その身を犠牲にして、邪神から世界を救った英雄として。
彼女はその最後の瞬間をしっかりと見届けた。この世界では弟子ではなかった愛弟子のもう一つのあり方を進んだ剣士。
その最後が悲しみではなく、満足して終われたことに、ようやくその魂に刻まれた闇を打ち払えたことに、心から安堵した。
そこから先は大変だった。
邪神なる存在から世界を救った英雄とその仲間として国や民衆から様々な歓迎を受けた。
世捨て人の彼女にも、当然愛弟子にも、様々な話が持ち上がった。久方ぶりに、しかも正式に国から『剣聖』と言う名を授かり、報奨金もたくさん受け取った。仕舞いには次代の国王の座まで愛弟子には用意されてしまうほど。
そんなある日の夜、愛弟子は国を出た。
まだまだ師匠からの修業を終えたとは言えないから、まだ世界を見て回りたい。国王にそう言い残して。
彼に付き添うには師匠である自分と、共に戦った仲間、そして英雄の仲間で自信を彼の臣下と名乗った仲間。
他にも着いてくると言った仲間たちはいたが、これは自分の修業だから、もし何かあったらまた一緒に戦おうと約束をして、愛弟子と三人の旅が始まった。
そこからは語らずとも、愛弟子にとって新鮮で、彼女にとっても新鮮で、臣下にとっても知らない世界で、そこで出会った新しい仲間たちと共に、世界中を旅した。
邪神とは悲しい事に斬れない縁が結ばれたのか、そのトラブル、騒動に巻き込まれはしたが、愛弟子とその仲間たちの前に敵はない。
気が付けば二度も世界を救っていた。
そんでもって剣聖と呼ばれるようになった愛弟子と臣下がくっついた。それだけでは足りず、国の姫まで愛弟子との婚姻をした。
優秀な血を残したいと願うのはどの時代も変わらぬなと、彼女は、女子に囲まれてしっちゃかめっちゃかにされる愛弟子を見て笑っていた。
結局愛弟子は次期国王になり、国を統治することになった。その傍らには仲間たちの姿もあった。そして、彼女もそこにはいた。
それから数百年間。彼女は愛弟子とその子孫たちを見守りながら、世界の中で生きていた。種族戦争と呼ばれる悲しき戦争が起こるその時まで、彼女は愛弟子の血を継ぐ子供たちをずっと守り続けた。
それからまた年月が流れ、彼女はまた人々に忘れられた存在になっていた。
いつか輪廻が巡り、もう一度愛弟子に会えるその時まで、彼女はゆっくりとした時間を過ごしながら、師匠として恥じぬように、剣の道をさらに極めんと修業をして過ごした。
そして、風の噂で知ることになった。
過去の伝説。剣聖と呼ばれた男が新種族、プレイヤードと呼ばれる人種となって蘇ったという事を。
その者が使う剣技を知った時、彼女に迷いはなかった。会いたい。どんな姿になっていようとも、例え己の事を忘れていようとも、あの魂の色をした愛しい愛弟子に会いたいと。
ついでに、新しく生み出した奥義の伝授でもしてやろうと、それはもう張り切っていた。
この時の彼女は、自分の存在がどれだけ知られているかなど微塵も気にしていなかった。
まぁ、その結果がプレイヤードを震撼させて、ひと騒動起こす事になったのは、また別の話だ。
近況報告
・七月の更新はこれまで通り行けそうなのでお楽しみに
・古戦場はとりあえず砂とスキンだけ取ります。ニゲテーナー…
・メンタルはそこそこ安定期
感想・星評価・レビューにブックマークいいね、作者月光皇帝の私のモチベとメンタルに良く効くお薬ですwww
是非是非たくさん下さい。お願いします。切実に




