依頼書
「父さん。その・・・お願いがある」
ミナツが魔法創造の為に今日もマイと出かけているある日の朝。意を決した顔で洗濯中の俺の元にアキハがやってきた。
「どした?」
「その・・・ギルドで依頼を受けたいんだ・・・それでその・・・一緒に」
なんだそういう事か。
「いいよ。一緒に仕事でもしに出掛けようか」
「っ! ありがとう父さん・・・!!」
とりあえず洗濯が終わったら用意するか。実戦経験はいくら積んでも良いものだ。自主的に経験を積みたいと申し出てくれたならそれは良い傾向だ。
「・・・ちょっと、私たちの意見は?」
「仲間外れはひどいです姉さん」
「いや・・・そんなつもりは無かったんだが・・・ハルナとフユカも一緒に来てくれるか?」
「行かないと一人になりそうだから行く」
「私も行きます。えへへ・・・四人でお出かけですね」
結局四人で行くことになった。
「場所はルーキストのギルドでいいか? それともファクリアまで出てみるか?」
「私はファクリアがいい・・・その、終わったら一つ買いに行きたいものがあるんだ」
「私は別にどこでもいい」
「皆で行くならどこでもいいですよ」
ファクリアまで行くと考えて、依頼が完了したら即ファクリアからファストトラベルでルーキストまで戻ってきたら夕飯・・・は、ちょっと無理かもしれないが日付が変わる前には帰って来れるか。
ログインしたばかりだし、俺もこっちには5日くらいは滞在できる。問題なさそうだな。
「わかった。じゃあ家事終わったら久しぶりに行ってみるか」
「あぁ。そうだ父さん。洗濯手伝うよ」
「私もお手伝いします」
「・・・行くときになったら教えて。私はあっちで本でも読んでるから」
二人に洗濯を手伝って貰い、掃除と出先での昼食の用意、あとマイとミナツへの書置きもしてっと。
何もないならそれでいいけど、遠出だし食料含めて色々用意だけしておこう。アイテムポーチの容量が大きくなったから前よりも色々と詰め込めるようになったのはこういう時ありがたい。
「父さん。そんなに持っていく必要があるのか?」
「いんや? これは俺の癖みたいなもんだよ。遠出するからな。色々準備しときたいんだ。まぁ日帰りの予定だから多分使うことはないだろうさ」
「水にジュース、缶詰に瓶詰。毛布まであるし」
「わぁ・・・なんかキャンプの用意見たいですね」
「使わなかったら帰ってきてから片づけるからさ。依頼を受けに行くなら何があるかわからないし」
「前に皆で依頼を受けた時はこんなに用意してなかったのにか?」
「あの時はマイがいたからな。魔法でほとんど解決出来たから割と手ぶらで出かけられたんだよ」
マイに強化魔法をかけて貰って全員担いで『星波ピスケス』で一気に駆けるとかも出来たし、そもそもマイが町までの緊急退避のための魔法を覚えていたから、本当に何もなくても問題なかったんだよ。
けど今回はそのマイが不在で出かける訳だから何があっても対応できるように必需品の用意はしておきたい。
「魔法なら私とフユカも使えるけど?」
「ですです! 任せてください!」
「勿論。頼ることもあるよ。けど流石にマミーみたいな万能魔法はまだ使えないだろ?」
「「・・・うん」」
「そんな悲しそうな顔すんなって。大丈夫。それ以外では頼りにしてるから」
「「むぅ・・・」」
こうやって考えると、マイの万能さがわかるな。魔法特化の近接戦士という事だが、基本的に魔法はなんでも使える。
魔法って便利だなぁと改めて認識するよ。んでもってそれを自由自在に使えるマイの努力量も凄い物だったんだろうな。
「今度マミーにいろんな魔法教えてもらう」
「ハルナ姉さんが教えてもらうなら私もそうします」
「私には魔法の才能がないらしいから、二人に任せる」
「俺も本格的に便利な魔法覚えようかな」
戦闘特化の魔法しか覚えてないからな。いつかミナツと一緒に冒険するとき、あった方がいいだろうし。
ーーーー
ファクリアへとやって来た。早いって? そりゃルーキストからファストトラベルで来たんだ。早いさ。何度か使ってるから感覚も覚えたし、アキハ達の魂にも場所の魔力が刻まれた(マイ談)から一緒に来た場所ならどこでも飛べる。
と、いう訳でファクリアのギルドでちょうど良さそうな依頼を探す。張り出されている掲示板には討伐依頼から警護依頼。町の清掃に行商人の護衛まで様々だ。
「アキハ。どれにする?」
「・・・」
まだ人が多い所は苦手そうだな。現在の俺は背中にフユカ、両側に服を掴むハルナアキハと言う感じだ。人混みが多い所はまだ慣れないらしく、口を開かずジェスチャーやら肉体表現のみで意思疎通をしている。
そんなアキハが指さしたのは討伐依頼。手を伸ばし紙をはがして全員が見れる位置まで持ってくる。
ーーーー
依頼:ファクリア南方のモンスター討伐
依頼主:ファクリア住民
内容:ファクリア南方『まどろみの森』近辺に出現した正体不明のモンスター討伐。
報酬金:討伐モンスター数×10000G
備考:対象モンスターは『パルノゴス』と推定される。
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これまた変な依頼を見つけたもんだ。
「これでいいの?」
聞けばアキハは頷き、ハルナ達も特に言いたいことは無さそうに反応する。まぁギルドが張り出しているからある程度の調査は済んでいると思う。
依頼書をもって受付の列に並ぶ。待つこと数分。空いた受付に依頼書を提出する。
「この依頼を受けたいんだけど。あ、ギルドカード。アキハ。ちょっと俺のポーチから出してくれる?」
「ん」
いけないいけない。依頼を受けるときはソロならば本人の、パーティーならリーダーがギルドカードを提出するんだった。今回のリーダーは俺なので俺のカードを提出する。
「・・・はい」
「お預かりしますね・・・はい。アールさんとそのパーティーの皆さんですね。カードはお返しします。ではこちらの依頼のお話をしますね。依頼主はこの町の住民の方です。何でも薬草を取りに出かけたら見たことがないモンスターがいたので討伐してほしいとの事です。ギルドの調査では蛇型中型種モンスター『パルノゴス』と推測しています。特殊能力などは持っていませんが危険なモンスターです。口を開いたらご注意を。こちらを飲み込もうとしてくるはずなので」
「「「蛇・・・食べられる?」」」
「味は個人差がありますが可食可能なモンスターですよ。ギルドでも素材の買い取りをしますので最低報酬以上の成果は得られるかと」
「父さん。これにしよう。蛇の肉は美味しかったんだ」
「食べやすかったはず」
「えへへ・・・裏町で捕まえられる貴重なお肉でしたから」
まぁ、蛇は毒が無い限りは食えるからな。食うかどうかはともかくとしてギルドでの調査も済んでいるなら問題は起こらないだろう。
「ならその依頼でお願いします」
「承りました。では気を付けて行ってらっしゃいませ」
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町を出て南方の『まどろみの森』へと続く街道を歩く。ここまで来るとアキハ達もいつもの調子を取り戻し、自分たちで歩いている。
「そういえばアキハ、あの依頼にした理由はあったのか?」
「いや・・・なんとなく選んだんだ。目についたといえばいいか?」
「・・・まぁ結果お肉食べられそうなモンスターだったんだし、いいんじゃない?」
「えへへ・・・蛇のお肉は久しぶりですね」
選んだ経緯は偶然な訳だが、三人。特に肉大好きなハルナはもう、『パルノゴス』なる蛇型モンスターを食料としか見て無さそうだ。
出てくる前にギルドで『パルノゴス』というモンスターを調べてみたんだが、全長2~3m程度の中型種モンスターに分類されていた。
気を付けるべきは丸のみ行動。蛇らしく獲物と定めた相手を丸のみするらしい。危険度はそこまでではないので中級になりたてのプレイヤードが腕試しに戦うことが多いらしい。まぁ目撃例はファクリアではなく、その先にある街『ヒーリアス』の少し先、『星見砂漠』と言う場所に生息しているらしい。
何故そんな所のモンスターがこんな所にと思うのだが、受付さん曰く稀に生息地を離れ、別の環境で生息するモンスターもいるらしい。今回の『パルノゴス』もその類だろうと話していた。
「油断はするなよ? 中型種って言ってたけど俺たちよりはデカイ。丸のみにされても泣くなよ?」
「・・・父さんが姉さんの代わりに盾役なんでしょ? なら絶対平気でしょ」
「何があるかわかんないんだから慢心しないの」
今回の陣形は俺がタンク。アキハは近接アタッカーでフユカハルナは状況により遠距離で射撃と魔法のよる援護。
まぁ、今の実力なら俺はいなくても問題ないとは思うが、いつもいるミナツが居ない以上、三人のメンタルに支障が出る可能性がある。そこを俺が埋めようという訳だ。
「父さん。地図の見方なんだが・・・今この辺だろうか?」
「どれ・・・さっき休憩小屋が見えたからそれであってるはずだ。教えて貰った目撃場所は覚えてるか?」
「確かこの辺りだったはずだ・・・道から少し外れるんだな」
「そうだ。だからそうだな・・・もう少ししたら木が一本見えるはずだ。その木を曲がって進めば多分その辺にいるだろうさ」
「わかった。ありがとう父さん」
距離もそこまで離れていないし、うまく見つけられたら夕方過ぎには家に帰れるかもしれないな。
「蛇肉のご飯ってなにがあるかな?」
「えへへ・・・ただ焼く以外にいろんな食べ方で食べたいですね」
「お前たち・・・」
呆れるアキハだが、ハルナ達の頭の中ではもう食べる事は決定してるらしい。まぁそれがモチベーションに繋がっているならそれでいいんだけどさ。
ーーーー
目撃情報があった場所に到着した。したんだが、『パルノゴス』と思われるモンスターの姿は見られない。どこかに移動したか。ずっと同じ場所にずっといる訳ないか。
「周辺を探してみよう。ここからは三人とも戦闘態勢だ。気を抜くなよ?」
「わかった」
「・・・蛇って魔力あるんだっけ?」
「無いって話じゃなかったでしたっけ?」
「・・・あったら魔力探知の魔法で探せるのに」
「気配を探してみる。父さん。ちょっと待って欲しい」
「探すのは任せる。これも経験だ」
因みに俺はもう大よその場所に見当を付けている。伊達に月光真流継承者やってないんでな。気配と振動からある程度は割り出せる。
深呼吸を繰り返し、感覚を足元に集中させるアキハ。小さな気配・振動を逃さないように探す。
「すまない。あっちの方に何かがいるのはわかったんだが、それが蛇なのかは分からなかった」
指をさしたのは森の方。俺の見つけた場所から少し離れそうだが、確かにそっちにも何かいるな。ただ振動的には蛇の様なモンスターではなく、這う感じのモンスターだと思う。が、これも経験だ。特に口出しはしない。
「・・・魔力探知の範囲外だから私じゃ判断できないし、とりあえず行ってみる?」
「あぁ、そうしよう。父さんもそれでいいか?」
「勿論」
「結構あるきそうですね・・・お父さんおんぶしてください」
「ダメ。少しは歩こうな?」
「あうぅ・・・やっぱり駄目でした・・・」
ダメもとでお願いしに来てたのかよ。いや戦闘態勢って言ったんだし断るけどな? こういう時甘やかすことはしないのだ。
「アキハ。地図だして」
「ん? わかった」
広げられた地図に現在地を示す。
「今はこの辺。アキハが感じたのは森の方だからこっちの方だと思うんだが、間違いないな?」
「そうだ。けど何かあるのか?」
「少し外れるけど、小さな村があるらしい。そこで聞き込みをしようか」
地図には小さな村の存在が記されていた。森に近いが地図上では確かに村があると書かれている。小さいとはいえ村は村。貴重な情報を何か知ってるかもしれない。
「き・・・聞き込みですか・・・?」
「そ、目撃情報があった場所にも近いし、見たことがあるかもしれない。今回は父さんが話を聞くけど、次からはアキハ達でやってみるんだよ?」
「あぅう・・・」
「・・・気が向いたらね」
「が・・・頑張ってはみる・・・」
「何、大丈夫さ。やってる内にいつかできるようになるよ」
いつまでも庇護下で守ってやれる保証はないからな。出来るだけ多くの事が出来るようになって欲しい。
そう考えると冒険とまでいかなくてもアキハ達を連れて依頼をこなすものありかも知れないな。否が応でも依頼の受注と完了報告で人と話すし、人ごみにも慣れなきゃいけなくなる。
悪くないな。ミナツは冒険、アキハ達は生きていく為の依頼。
この世界で生きていくための術を学ぶ手段としてはいい。今度から週に一回くらいは依頼を受けてみるのもいいだろう。
「今父さんが何考えたか少しわかった気がする」
「おろ? ハルナにはばれちゃったか?」
「・・・父さんと一緒じゃないと絶対にやらないからね」
本当にわかったみたいだ。
「勿論。一緒に行くよ」
「何の話ですか?」
「父さんが私たちを連れて今日みたいな事させるつもりだよ」
「えっ・・・と・・・父さん、それは本当か?」
「ホントだよ。これも一種の修業だ」
「あうぅう・・・」
「アキハ姉さんがあうあう言っちゃいました」
「人見知り凄いから仕方ないんじゃない?」
先は長そうだが、まぁ頑張れアキハ。
ーーーー
・・・・・・うん。これは・・・
「「「・・・」」」
村に着いた俺たちが目にしたのは人の気配が一切しない村だった。これがもしモンスターに襲われて壊滅したならまだ納得は出来る。しかし、そんな様子はなかったし、村の防壁が壊された様子はない。
そして何より、襲われた気配も無い。けれど確かに村として機能していたように見える。廃村であるならば何かしらの劣化があるはずなのに、それがない。
「全員ここから離れるぞ」
「わかった」
本来なら調査してもいいが、明らかな異常が起きている場所にアキハ達がいる状態で滞在したくない。退散の判断を下す。アキハもこの異様さに気付いたのか、刀から手を放さずにずっと構えている。
「村を離れたらすぐにギルドに報告に戻る。依頼は悪いが破棄するぞ」
「それは困りますねぇ?」
「「「「ッ!!!?」」」」
気配に気づけなった!? いや、ずっと警戒し続けていたはずだ。なら突然現れたってのか!? ・・・違う! 切り替えろ ! 今はそんなことはどうでもいい!! 今すぐここを離れろって俺の勘が警報を鳴らしている!!
「わわっ!!?」
「むぐっ!?」
「ひゃぁ!?!」
フユカを背負い、両手でアキハとハルナを抱え一気に跳ぶべく足に衝撃を込める。
「手を離すなよ!!!」
今はただ全力でこの場から逃げる! ただそれだけを考えろ! 『星波ピスケス』でその場を去り、元の道を全速力で戻る。
「無駄ですよ。あなた方はもう出られないのですから」
後ろで聞こえてきた不穏なセリフ。そして急な濃霧が辺りを包む。不味い。既に相手の術中に嵌ったのか。だがそれでも、あの場にいるよりはずっといい。
進む先に無かったはずの木々が見える。これはもう手遅れかもしれない。だがそれでも、僅かな希望をもって走る。
「お・・・お父さん!?」
「話は後! フユカギュッ! アキハ達も俺にしがみついてろ!!」
「な・・・何が起きたんだ!?」
「・・・っ!!!」
ひたすら走る。霧の中、木々を避けてただ真っ直ぐに。俺が今最優先すべきことはアキハ達を守る事、あるいはこの場から逃れて町に戻る事。その為に全力で掛ける。
一時間、二時間。いや、もしかしたらもっと駆けていたかも知れない。
それでも、霧から出ることは叶わなかった。そして、俺たち以外の気配も何も感じない。
「・・・やられた」
声の主が言っていたように、俺たちは逃げられなくなっている。そうなるとこれが偶然なのかどうなのかも考えなければならない。
あの依頼自体が罠だった可能性。だがギルドが調査していたらしいからその可能性は低い。なら俺が村で情報収集しようと判断しなければ回避は出来た。
あぁ畜生。なんでこういう事が起こる可能性を考えられなかったんだろうなぁ俺。
いや、後悔しても何も変わらない。反省するのは後だ。今すべきはどうやってここから出るかだ。
「・・・と・・・とうさん・・・」
足を止めると、アキハの不安そうな声が響く。フユカは顔を埋めているし、ハルナは涙を浮かべながら手を握る。
「大丈夫。俺が絶対にお前たちを守る。約束だ」
「う・・・うん・・・」
さて、出るための手段を考えよう。確実なのは声の主をぶちのめしてこの霧を解除させること。声からして男だったのと、おそらく老人だったことはわかる。が、その姿を見ていない。村に背を向けた時に聞こえた声だから姿を確認していない。顔くらいは見ておけばよかった。
他の手段は・・・今の所わからん。駆け抜けてきた時に見た光景はほとんど霧でよくわからなかった。なにか目立つものもあった訳じゃない。
気配は・・・やっぱりない。振動を探してみるがそれらしき振動は愚か、生物らしき振動も一切ない。
「ハルナ。悪いんだけど魔力探知で出来る限り周りを調べて貰えるか?」
「・・・『魔力探知』・・・なにもわかんない」
「ありがとう」
ハルナの魔力探知でもダメ。あるいはハルナの魔力探知”では”ダメなのか。とにかくこっちの目は潰された。そう判断するしかなさそうだ。
「ご理解いただけましたかな?」
「・・・チッ」
声のした方に振り向けば、そこにいたのは黒いローブを被る謎の男。手には杖を持っている。あとは、僅かに宙を浮いている事、そこにいるのに気配が一切無い事から何かしらの魔法を発動中って事くらいか。
「急に逃げ出すから話が出来なくて困ってしまいましたよ」
此方に恐怖を埋めつけるような口調で男は話す。アキハ達は完全にビビっており、握る手に力が籠る。
「本体じゃなくて幻影で来るとは随分臆病な奴だな」
「強がりですかな? まぁ何でも宜しい。あなた方は最後の贄に選ばれたのです。栄誉ある命であったと理解していただきたい」
「誰がするか。こっちはどうやってここから出ようか必死に考えるので手一杯だ。くだらない贄とかそういうのは物好きなクズでも使ってやってろ」
「ならば出る方法を教えて差し上げましょう。もちろん。生きて出る方法ですよ」
「なんだと?」
この状況で出る手段を教える? しかも生きて出る方法? 罠だろ。信じられるわけがない。男は生贄とまで言ってきたんだ。そんな奴が生きて出る手段を簡単に教えるか?
「聞くだけでしたら、何も害はありますまい? どうせ貴方に取れる手段は少ないのです。聞くだけ聞いてみてはいかがですか?」
「チッ・・・言え」
とりあえずすぐに逃げられるように準備だけはしておく。
そこにいるのに気配がない。そして幻影と言った時否定はしなかったからあれに対する攻撃手段を俺は持っていない。取れる手段は逃げの一手のみだ。
「必要な贄はあと一つ。あなた方の誰か一人が素直に此方の指示に従いその命を頂けるのなら他の三人は生きてここから出られましょう」
ーーーー
それは突如として出現した。
砂漠に面する町『ヒーリアス』。その砂漠『星見砂漠』にて、モンスターの討伐をしていたプレイヤードが第一発見者だ。
ドス黒い闇。怨念。嘆き。憎悪。それらを内包した巨大な穴が砂漠の中央に出現する。
『 』
言い表せない鳴き声がその場にいた全ての命へ音を響かせる。次の瞬間。巨大な穴は砂漠を飲み込み始める。生物諸共、あらゆるものを喰らう様に。
その場にいたプレイヤードは何が起きたか理解できず、仲間の浮遊魔法で空へと逃げる。
逃げた。はずだった。
「なんで!!?」
「うそ!!? 飲み込まれてる!?」
闇の穴は空すら飲み込まんとしていた。舞う砂も、空高く飛ぶ鳥も、モンスターも。その穴の中に存在しているものにとって、飲み込む対象はなんでもよかった。
命であれば何でも構わない。まるでそう言いたげに、穴は全てを飲み込む。
「うそ!!? やだやだやだ!!!!!」
「アイテム!! 帰還アイテム使って逃げよう!!!」
取り乱す仲間を必死に落ち着かせながら、逃げる手段を提案するプレイヤード。
「なんで!!?使えないの!!?」
しかし現実は残酷だった。アイテムの使用が出来なかった。
正確にいえば・・・アイテムと言う概念を飲み込み、無力化されていた。そこあるのはただの物質。何の効果も意味も持たない。
「あああああAAAAAAああああああ!!!!!!??!??!!?!?」
仲間の混乱はもう収まらない。装備を投げつけ、魔法を放ち、ひたすら逃げるためにやみくもな行動を続ける。無論それらは意味がない。
”それ”は既に彼らも捕食対象に捉えていたのだ。もう、逃げられない。
「クソッ!! なんなんだよこれ!!?」
穴へと飲み込まれていく中、理性が残るプレイヤードはこの光景を残すために手を走らせる。掲示板で配信を行い、この光景を配信する。
叫ぶ相方の様子と、何が起こったかを必死に口に出し、文字に起こして書き残す。
「あ・・・」
「・・・ぁ」
それは蛇だった。黒い表皮。どす黒く鮮血のように全身を走る赤い線。
大きく口を開けて、有象無象構わず全てを飲み込んでいく。
「悲種・・・」
その言葉を最後に、二人のプレイヤードは飲み込まれ、この星から姿を消した。
『 』
蛇は産声を上げる。最後のピースを得たがごとく、穴から這い出ていく。邪悪な蛇。一切合切有象無象を全てのみ込む破滅の蛇。それは星の加護を受けた命を取り込んだことでようやく『発芽』した。
這い出てきた蛇は30mを超える巨体。にも拘わらず、穴の中にはまだ身体を残している。
周囲を見渡した蛇は、その目に町を捉えた。そこに存在する多くの命を見た。
それが己の養分であることを理解した。
『 』
蛇は穴の周りの砂を、生物を、食べ始める。捉えた多くの養分を喰らう為に、まずはこの穴を広げるのだ。その為に、より多くの存在を喰らう。
ーーーー
ここに『蛇』は目覚めた。
星を喰らう邪なる蛇。
全てを喰らい、やがて星を飲み込む『蛇』
運命に導かれし戦士たちよ。戦いのときだ。
ここに新しき物語を綴ろう。
結末は生きるものにしか決められない
ーーーー
メインシナリオ『星喰らう蛇の砂漠』発生。
クリア条件:『蛇』の討伐。
敗北条件:『蛇』の討伐失敗。
現在の状態:『幼邪砂大蛇エレティコス』
ーーーー
「喜べ同志たち。ここに新たなる神様が生まれ落ちた」
暗い暗い闇の中。彼らは喜びを分かち合う。
「此度の神様は同志たちの協力により、以前よりもはるかに強いお力を持って生まれた」
その光景は何か大きな大会で優勝した選手のように、純粋だった。
「此度こそ、我らの悲願が叶うやもしれぬ」
純粋で、邪悪だった。
「捧げるのだ。己も、他者も、全てを」
命を命と考えない。彼らにとって命とは、信仰する神のみが持つものだ
「捧げよう。この魂。持つべきでは無かった仮初の命。全ては神に捧げるための供物」
故に、全てを壊す。全てを殺す。いいや、殺すのではない。返すのだ。
「彼の地にて待つ。神様へ、私たちの全てを捧げる事でのみ、私たちは命を得る資格を持つ」
この星すら、彼らにとっては仮初。全ては神の御霊に捧げる供物。それ以上の意味を見出さない。
「肉体を得た我らが神! エレティコス様!! 我らをお導きください!!!」
彼らこそ邪神教団。この星を殺す。生命全ての敵。
邪神降臨。メインシナリオ開始!




