初戦闘とこれからと
承認欲求モンスターが抑えられなかったので連投します。
まさか昨日の今日でジャンル日間ランキング一位、週間ランキング12位確保してたのは嬉しかったです。ありがとうございます。
「俺泣きそう」
「気にしないでいいのに。私これでも大金持ちなんだよ? 色々イベントとかネームドの討伐してるから」
それはそれ。これはこれだよ。購入した装備の用意にしばらく時間が欲しいとのことで、ゴザイと別れて、俺たちは町の外、つまり最初の戦闘が行われるであろう草原に足を運んでいた。
目を向ければあちこちで新人と思われるプレイヤードが戦闘を行っている。スライムに狼、あとは鳥に大きなカマキリ。結構色々いるな。
「目の色が変わったね。じゃぁ早速適当にモンスター狩ってみようか」
「おう。とりあえず一番強いのどいつ?」
「大物狙いだね。そうだね………ここなら………あいつかな」
指さされた場所には大型の角の生えた狼。立派な角に歴戦を思わせる風貌。草原にたたずむ巨石の上にまるで王様のように鎮座するその姿は強者のものだった。
「風切のホーンウルフ。ネームドだよ。あいつの領域に入らなければ手出ししてこないけど、入ったら、ちょうど可哀そうな子たちが標的にされたね」
そこには他のホーンウルフに誘い込まれるようにして支配域に押し込まれた三人パーティー。ある距離まで近付いた瞬間。玉座に居座っていた王が動き出した。立ち上がり一気に三人パーティーに向かって駆けていく。その速度は他の個体とは次元の違う速度。漸く背後を取られたと気付いた彼らだがもう遅い。背中から突き刺され一人、前足の強靭な爪に貫かれ二人、首筋を噛み切られて三人。瞬く間に全滅してしまった。
「群れで狩りをするホーンウルフのボス。最初の相手にしては強すぎるけど多分アールなら見切れるんじゃない?」
「いける」
この程度なら問題ない。確かに早いが、まだ遅い。数はいるが対応できる。連携も言って悪いが獣の領域を出ない。〝意識を切り替える〟。ここから先は命のやり取りだ。軽い気持ちでいては殺されるのは俺の方だ。殺される前に殺す。
「『星波ピスケス』」
大きな振動はいらない。獣型のモンスターは地面の感覚に敏感な個体が多い。これである程度の実力は把握できる。
『星波ピスケス』。
月光真流の奥義の一つ。体に循環させている衝撃を力に変えて対象に脚で叩きつける奥義。これを応用することで空気を蹴る事も出来、疑似的な空中歩行も可能とする。とは言ってもあくまでもこの〝異世界でのみ出来る芸当〟である。
今ここで改めておこう。俺が使う月光真流は〝この世界に存在する一つの流派〟だ。衝撃を己の支配下に置き、操り戦う武術。汎ゆる行動に存在している衝撃や力の流れを我が物とし、時に流し、時に反射し、時に循環させる。この武術は『剣聖物語』という作品において最も多くのプレイヤーを魅了した技であり、最も習得内容が難しい技である。
その条件というのが自分よりも強大なモノからの攻撃を1000回以上受け止める。これで初めて月光真流入門の為の第一歩となる。通常は道場などで師範代による手本を実際に受けて体に染み込ませていくというのが一般的な方法である。
が、俺の師匠は実戦形式を好み、生き残る為に命のやり取りの経験を積めと常にモンスター相手にこの修行を行ってきた鬼である。最も、そのお陰で俺は『クリエイション』モードにおける体の使い方、鍛え方のコツを掴んだ為文句はない。それに命のやり取りを早いうちから経験したからこそ今の俺がいるのだ。感謝こそすれど恨みは無い。それに最後の戦いまで、師匠はずっと師匠であったんだ。〝俺がどんな時でも〟だ。
「………あのボスだけがちゃんとこっちを〝視た〟な」
風切のホーンウルフは確かに此方を捉えた。獲物としてではなく、縄張りを脅かす脅威としてだ。ちゃんと考える脳はあるらしい。ボスの動きに呼応するように群れがこちらを捉えた。群れの個体の目の色はボスが言うならといった感じだ。まだこっちの事を脅威として捉えていない。
「マイ」
「ここで見てるよ。手出ししてきたらそいつは狩るけどそれ以外はアールの獲物」
「わかった」
背負う刀を手に持ちかえる。いつでも抜刀可能だ。こちらから仕掛けるが最後の一歩は踏み出してきてもらおう。その方がやりやすい。群れとの連闘において最も危惧すべきは向こうの展開に飲まれることだ。テンポを取られればいくら実力差があろうと負ける時は負ける。勢いとはそういうものだ。
一歩、また一歩近づいていく。風が俺とホーンウルフの群れの間を突き抜ける。
直後、群れの推定若い個体が我慢できずに動き出す。それに続くように別の個体も次々動き出す。
良い速度で駆け抜けてくるホーンウルフの群れ。まだ遠い。引き付けろ。より多くより近くより確実に。飛び掛かる個体、駆け抜けてくる個体、出遅れている個体。距離は………ここだ。
「『月波』からの接続居合『月光閃』」
一閃、弐閃、参肆伍………漆閃。
背後で聞こえる鈍い落下音。ぼとりと落ちる何か。濡れた土壌に滑り崩れる生きていたホーンウルフだった者達。数は14、ボス以外全員斬れたか。
『………ウゥゥウウ………!!!』
生きているのは動かなかったボスだけ。群れの個体は全て斬った。刀身は、やはり良い物だ。波紋が美しく描かれておりとても初心者用の刀とは思えない程の上物だ。ゴザイの兄さんに今度改めて感想を伝えよう。
「後はお前だ。もし逃げるなら早く逃げるといい」
こっちはもう有効射程範囲にお前を捉えているぞ。
『ウォォォォォオオオオオン!!!』
実力差を感じ取ったんだろう。ボス個体は踵を返し逃げ出した。が、悪いな。こっちはもうお前を殺すと決めている。
「『星波ピスケス』『月光閃』」
距離およそ20m。この距離なら『ピスケス』で一瞬で詰められる。衝撃も十分溜めさせてもらった。背中から頭部を突き刺すように貫き、上方に割砕。骨に引っかかったのか若干の強度はあったが勢いに任せて叩き斬る。
噴水のように湧き出た血の雨を避ける様に距離を取り、獲物を捉える。即死だ。もうその眼は血で染まり、身体は力無く地面に落ちる。べちゃりと音を立てて。
刀身の血糊を払い飛ばし静かに納刀。
「いや強………アール強すぎない? 本当に始めたばっかり?」
「んん~違うと言えば違うな。前世の経験あるし」
「同じ制作だからって『剣聖』を前世って………気持ちは分かるけど」
「そういえば此奴ネームドだったんだろ? 俺倒してよかったのか?」
「問題ないよ。ネームドは基本的には一定時間で別の個体が新しいネームドになるからむしろ定期的に狩らないと町が危険に見舞われたりするんだ。今回の個体はまだ新しいから他のパーティーが狩って行ったのかもね。最初の壁としてホーンウルフのネームド狩りするのが初心者からの卒業っていう人もいるし」
確かに、真正面から相手したらめんどくさそうな相手だ。群れだし速いし。一瞬で懐に入られて即死、なんてこともよくあるのかもしれない。
「アールはあっさり殺ったけど、普通は装備整えてレベル上げて少しずつ群れの数減らしてって結構面倒くさいんだけどね」
「マイはどうやって倒したんだ?」
「私? レベルとスキル上げて正面突破。小難しいこと嫌いだから」
「同じだな」
「同じなのは正面突破したことだけだよ」
「俺は経験っていうレベルがカンスト………してるから?」
「なんで疑問形? 間違いなくカンストだよ。サッシュパッズガンバスッって感じで終わったんだもん。動きが完全に師範………超えてるね。主人公だったもんリアル剣聖だったもん完全に」
誉めてるのか誉めてないのかよく分からん。
「その強さならもう少し進んでみようか。向こうの森行こ?」
――――
森はよくある森だった。次の町に繋がるであろう獣道。そこから逸れれば方向感覚などあっという間に無くなってしまうそこそこ深い森。時々洞窟やら古い井戸やらがあるが、概ねよくある森。それが素直な感想だ。あとゴブリン。
『ゴブゥ!!?』
「お前らは入念に殺す。住処諸共絶対殺す」
「同意。ゴブリンだけは許さない。ゲーム中断したら殺されてたこと一度や二度じゃないもん。手伝うよ」
洞窟の中にはゴブリンの巣があった。小賢しいゴブリンはこっちが完全に休んでいる時に後ろから殺してくる悪だ。何回殺されたか数えてないけど、落ち着いた瞬間にズドンなんてこと何回もあった。油断とか言うんじゃない。こちとら命のやり取りし終えたつもりで完全に気が抜けたんじゃ。戦う気力なんて残らん位の強敵相手やぞ。
分かり易く言うとドラゴンと戦ってなんとか迎撃成功で皆喜んでる時に突然現れてズドン。みたいな感じ。完全に暗殺しに来てるんだよ。流石に無理よ。
それ以降ゴブリンだけは見かけたら絶対に殺すと決めている。ゴブリンって『剣聖』プレイヤーに一番嫌われてると思う。少なくとも俺は嫌い。だから徹底的に殺す。
「ゴブリンの巣多くないか?」
「そうだね。少し多いかも。弱いモンスターだからあんまり気にしないけど、数多いし定期的に討伐隊は募集して討伐してるはずだけどね」
「ゴブリン討伐隊があるのか」
「あるよ。貴方たち絶対『剣聖』プレイヤーだねって殺意の塊のガチ装備の人結構多いし」
「想像できるわ」
『ゴブギャ!!?』
「………そろそろツッコむね?」
「いいよ」
「なんで拳でゴブリンぶち抜けるの? あぁ待って答えないで、なんとなく分かるから」
月光真流の戦技『月撃』。分かり易く言えば内部破壊を主とする戦技の一つ。相手に衝撃を叩き込み内部で爆発させることでダメージを与える。
早い話が防御無視の攻撃だ。本来は剣に衝撃を乗せることで攻撃範囲を広げ、大勢を相手にするときに使うことが多い。一気に数を減らしてしまいたいときとか。が、ここは洞窟の中。振り回す空間なんて無いし、仮にあってもどこかで引っかかる可能性も否定できない。幸いこの小手はある程度耐久性のある物だった。耐久力があるってことは殴れば痛い防具であり武具にもなる。という訳で殴ってる。
「そういうマイは短剣使ってるのな」
握られているのは二本の短剣、腕の長さより少し短い位の奴だ。一方は逆手持ちで持っており突きや降り下ろしなど使い勝手は良さそうだ。
「私的にはナイフだよ。切れ味の変わらない優秀な奴。手に馴染むんだよね」
これでハイライトオフにしたらヤンデレの完成なんじゃないかってくらい様になってる。言っていい言葉ではないと思うから言わんけど。
「一本使ってみる?」
「いいの?」
「どう使うのか興味あるし。はい」
受け取ったナイフは確かに手に馴染む。それに軽い。コンバットナイフとかそんな感じだろうか? 軽く振るってみればその軽さに感動する。良いなこれ。確かにこの暗さと狭さなら短剣とかナイフは選択肢に入るかもしれない。一本用意しとくのはありだな。投擲用の投げナイフなら使い捨ても利くし、小回りも聞くから手数の一つとして使える。
「悪くないな。サンキュ」
「ん。そろそろ一番奥だね。ここの巣は規模大きくないしいてもソルジャークラスくらいかな?」
「ゴブリンの種類とかあるの?」
「そういえば話してなかったね。ゴブリンの種類なんだけど下からゴブリン、ゴブリンメイジ、ゴブリンファイター、ゴブリンソルジャー、ゴブリンウォーリアー、ゴブリンキング、ゴブリンチャンピオン、ゴブリンロードの順番で強くなってくの。強い個体ほど下級個体を使って狩りをするから面倒くさいのよね」
ゴブリンもずいぶん種類が増えたな。役職的な違いは分かるけど、まさか下級上級の概念がゴブリンに付与されているとは。殺ることに変わりは無いが知っていても損は無いだろう。
「ちなみに強さは?」
「ソルジャーまでが下級だよ。それ以上は上級クラス。分かり易く言うとレベル80以上がウォーリアーになるね」
「ゴブリンにレベル80………運営大丈夫か?」
「実際ゴブリンキングが出たらゴブリンハザードって呼ばれる災害だから大丈夫ではないね」
最悪じゃねぇか。駆逐せねば。
「まぁそれはもっと先に進んだ場所にある所であることだからこっちじゃないよ。それを危惧して皆討伐隊組んでるし、報酬もそこそこ良いから実入りも良いんだよゴブリン」
「実入りが良くてもゴブリンは許さん」
「恨みすぎじゃない? アール以外にも恨みある人多いけど、そこまでじゃないよ?」
「ユーリの過去」
「あ、はい。アールの推しだもんねユーリ」
ユーリとは、剣聖物語においてあるルート。俗に言う闇落ちルートにおけるメインヒロイン。過去にゴブリン率いる魔物の群れに村を滅ぼされ、自身もゴブリンによって消えない傷跡を付けられた。村が救援を求めても『たかがゴブリン、自分たちで対処せよ』と門前払いにされた結果村が滅んだのだからマジでその門前払いした奴は許さん。一歩間違えばトラウマ間違い無しの過去だ。
その結果ユーリは村を滅ぼした魔物たちと守ってくれなかった人々への怒りから世界を滅ぼす手助けをする為に闇落ち主人公の臣下となり物語に関わってくる。最終的には紆余曲折の後にラスボスを倒す為に闇落ちから光落ちし、二大ルート共闘パーティーとして参戦してくれた。
その後の物語は語られていないが、正確にはアフターストーリーにて語られていた。アフターストーリーはメインヒロインを王道主人公側の王女様、闇落ち主人公サイドのユーリのどちらかと一緒に旅が始まる。
王女様とは未来の婚約者として交友を深めながら世界復興の手助けとして。
ユーリとは彼女の王つまり闇落ち主人公の仇でありながら、生きている王道主人公が約束を守るかどうかの見届け人として。
それぞれの目的を持って旅をするというもんだ。どこぞのファンタジーを彷彿とさせる選択であった。それぞれ良い所悪い所があって両名とも人気の高いヒロインだった。ちなみに俺はユーリ推し。故に彼女のトラウマ製造機なりえたゴブリンは絶対に殺す。
あと私怨。ボス倒したと思ったら味方化したと思ったゴブリンに後ろからズドンされてからもう絶対に許さないと誓った。
良いゴブリンは人前に現れないゴブリンだけと誰かが言ってたがその通りだ。
「いるね。ゴブリン。アール前いく?」
「当然」
洞窟の最終地点と思われる場所には確かに此方を待ち受ける気配を感じる。そこそこ大きい気配だ。隠すつもりは無いらしい。少なくとも先ほどのネームドよりは自信があるのだろうか。
奥へと足を踏み入れ松明を掲げれば対象2mは超える巨体が鎮座していた。
「嘘、チャンピオン………!?」
頭の上に王冠、携えた無精髭。腕にべっとりとこびり付いている血肉の跡。足元には魔物人間問わず多くの命を屠ったと思われる残骸。
「………は?」
道理で自信満々だった訳だ。こんな場所に来る奴なんて敵じゃないってか。そして俺の気持ちも切り替わる。
「マイ。装備ちゃんとあるな?」
「………聞くまでもないけど殺るんだね?」
無言のまま前に出る。噂のチャンピオン様の実力で俺を殺せるなら色々やらんといけないからな。それにここ、そこそこ広さもある。問題無い。
背負う刀を抜けば多少振り回してもぶつかるようなスペースではない。暴れるのには向かないが、殺し合いの場と考えれば十分だ。
「言っておくけど本当に強いから覚悟してよ。私も本気でやるから」
「いやいい。俺だけで十分だ」
直後、空気が変わる。否、変えられたと言うべきか。小賢しくも向こうは格上であることを見せ付ける様に威圧感を全開にこちらを見据えている。
「塵屑が」
『ッッ!!』
テメェが格上だと? 調子に乗るんじゃねぇ。ド三流。テメェと俺とじゃ格が違うんだよ。この程度で調子に乗れるんなら俺は世界を簡単に壊せたんだよボケが。
鞘から刀身を抜き、鞘で地面をかき鳴らすように連打。甲高い音が不協和音のように周囲を揺らす。
「そこ動くんじゃねぇぞ塵が。テメェはその腕を引き裂いて両足を輪切りにして生きたまま脊髄ごと引き抜いて殺す。テメェより俺が格下だってか? その慢心ごと殺してやる」
何故こんなに怒りが溢れてくるのか。簡単だろう。此奴は言わば初心者狩りだ。ゴブリンという実入りの良い討伐対象を求めてやって来た駆け出しをドラゴンが殺しに来たのと同じだ。けど、ドラゴンと違い意図的に殺しに来ている。弱いものをいたぶって殺す奴を見て穏やかでいられるか? 俺は無理だ。地面に無残に残る残骸はそんな奴らの無念の亡骸だ。それを上から押し潰す様にふんぞり返り、格下らしき奴が来たら威圧だと?
そんな奴生きてる価値あると思ってるのか? この世界で。そんな〝悪〟を許せると誰が言える? 俺には無理だ。多分〝剣聖〟としての俺がいる限りこの気持ちは変わらん。『GORAGRAGOGOGYAAAAAA!!!』
つまらない矜持を踏み躙られ、激高したゴブリンがこちらに向かって襲い掛かってくる。動いたな? その足で亡骸を踏み潰したな?
「奥義『葬爪レオ』!!」
刀身と鞘の両方を交差させるように薙ぎ払う衝撃による双爪。衝撃を可視化させた爪とし、触れる全てを引き裂く奥義。それが『葬爪レオ』。
『GOBABABABAGYAGYAXAAAA!?!??!?!』
宣言通り両足を輪切りにしてやった。輪切りというにはあまりにも断面が荒いが問題なかろう。
「い………一撃………」
「鉛で腕を引き裂かれた経験はあるか塵屑。無いだろうな。だから一生に一度の思い出だ。味わえ!! 『葬爪レオ』!!」
片腕を持ち上げ鞘側で振りかざす一爪。肉を断つ音と共に吹き飛ぶ片腕。刀身側でやればもう少し綺麗だったかもしれないが此奴だけは惨たらしく殺す。いつか来る此奴の〝後輩〟に置き土産だ。
ここを縄張りにするなら化け物がいるぞってな。
「生きたまま解体してやる。ここに来た不幸を呪え」
――――
後に、ここに訪れた命は皆口を揃えてこう言った。
『ここには悪魔がいた』と。
あちこちにべっとりと残る血肉。逃げるように這いずった跡のある地面。
多くの屍が残るこの洞窟に、見せ付ける様に残されたゴブリンの頭蓋骨。少しずつ砕かれ、抉られた跡が残ったそれは、悪魔の所業と言うしかなかった。
誰が何のために悪魔を呼んだのか。その悪魔は今どこにいるのか。
誰もが探し回るがその痕跡は見当たらず。今尚正体不明の悪魔が世界のどこかにいるという。
その真相を知るのは、悪魔とその近くに居た一人の女性だけである。
――――
あぁ………やらかした。ちょっとね? 初心者狩りとかいう大人げない奴と怨みがある種族とか色々重なっちゃって闇落ちした。もっとスマートに倒すべきだったんだけどさ? 怒りが頂点を超えてプッツンしちゃった訳よ。
「だからマイ。もう泣き止んでください。ほーらアールさんだよー?」
「………」
洞窟の外。生まれたばかりの小鹿のようにプルプル震えるマイを宥めながら、先程の自分に対してちょっとばかりの反省をしていた。やり過ぎてしまった訳だ。ちょっとRPするにしてもやり過ぎちゃったんですよ。普段はそんなことないからね? 常識人よ私。
人殺し良くない。殺し良くない。皆笑顔大事だよ!
「………まお」
「はい」
「怖かったよぉぉぉ!!」
「ごめんなさい」
オンラインゲーで本名言われるのは色々悪いことだけど、若干の幼児退化しかけてるマイだから何も言えん。原因俺だし尚更だ。
それから一時間程、マイを宥めながら謝り倒して、ようやくマイの調子が戻ってきた。
「………アール」
「はい」
「アレもう禁止だから。絶対禁止!」
「はい」
「あと色々喋ってもらうから。どこまでやれるの?」
「一通り全部できます」
「全っ…………!!?」
「混成接続奥義も一式いける」
「………そんなの………もうチートだよ………!! なんでそこまで頑張っちゃったの……!!?」
「いや………クリアしたくて」
あの作品あそこまで行ったら完全攻略したいじゃん? 『クリエイション』モードクリアしたんだよ? アフターストーリー完走したくなるじゃん。ここまで来たら最後まで突っ走るよねって感じですハイ。
「~~~っ!!! 混成接続は禁止!! 奥義も見せて貰った三つ以外禁止!! バランスブレイカーにも程がありすぎるんだよ!!」
「うっす」
「普通チャンピオンを一撃とかありえないんだよ! なんで踏み潰してるの!? なんで鞘で切れたの!? もう訳分かんないんだよアール! その上があるってもう恐怖だよ!!」
「あ、でもヤバい敵には使っても?」
「そんな敵もうイベントレイド位しか出てこないよ!! レイドなのに秒殺ソロ撃破とかする気なの!? もはや神だよおたんこなす!!」
いや流石にソロ秒殺は無理かと思いますマイさん。出来ても数分は掛かると思います。相手の特徴も弱点も分からんと無理っす。
「あほー! とにかく禁止!! いい!! 三つだけ使って良いから! それ以外の奥義私が許可出すまで使用禁止!! 分かったねおバカさん!!」
悲報(?)俺氏、行動に一部制限を掛けられました。マイ曰く完全にバランスブレイカーとのこと。まぁ仕方無いよね。ともかく『天翔サジット』『星波ピスケス』『葬爪レオ』の三奥義は使っていいそうだから状況見定めて使っていこう。戦技は制限無いし立ち回りでなんとでも出来るか。
――――
「おうあんちゃんに超越者殿………ってどうしたんだ? 超越者殿げっそりしてないか?」
町に戻ってきた俺達を出迎えてくれたのはゴザイの兄さん。装備の調整が終わったのか良い笑顔だったんだが、マイの様子を見て心配そうに首を傾げていた。
「気にしないで………ちょっと想像以上の爆弾案件見つけちゃってどうしようか迷ってんのよ」
「お………おいおいそりゃぁ不穏だな。ちょっと教えてくれねぇかい?」
「東の森でチャンピオンの巣があったの」
「チャッ!!? マジかよ!?」
「倒したからいいんだけどね………うん。それだけなら良かったんだけどなぁ………」
「この辺にチャンピオンたぁ不穏すぎてそうもなるな。報告は超越者殿がしてくるのかい?」
「それしかないでしょ………倒したのはアールだけどそう報告したって信じてもらえる訳無いし」
「??? 何か言ったかい?」
「何でもないわ………気が重いだけ」
げっそりしてる。珍しくげっそりしてる。いやうん。原因の俺が言えることは無いんだけど。
「ちょっとギルドに顔出してくるからアールの事預かっておいてついでに装備も預けちゃって」
「お………おう。気を付けてな?」
ゆらりくらりと重い足取りで報告の為にギルドへと足を進めていくマイ。今度何か御馳走しよう。機嫌取りですハイ。
「んじゃ気にはなるがあんちゃんに装備を渡すとしようかね」
「あ、そうだな。よろしく頼むよ。あと装備の説明とかもしてくれると助かる。何も知らなくて」
「おぉそう言ってくれるか! 任せてくれ! いやぁこの瞬間が鍛冶師やってて一番楽しいんだよ! 店まで来てくれ! 露店だがね!」
そのまま露店まで行くと、店先には他とは明らかに違う装備が二つ用意されていた。一つは動きやすさを重視したと思われる装備、もう一つは前衛も出来る後衛って感じの装備だった。こっちが多分マイの装備だな。
「まず装備にはスキルスロットってもんがある。此奴の数が多ければ多いほど手に入れたスキルを発動できる訳だ! シンプルだろ?」
「成程分かり易い。スキルの入手方法は?」
「色々あるが分かり易いのは敵を攻撃するとかだね。大体百回位攻撃すれば『攻撃』のスキルが手に入る。此奴を付けとくだけでステータスの攻撃力に補正がかかるんだ。しかもスキルは成長する。使い続ければスキルに経験値が入って一定数以上でレベルアップ。より強いスキルに進化するって寸法だ!」
「じゃあ強いスキル程育てて手に入れられるってことか?」
「そうなるな。さっきパワーレベリングをお勧めしなかった理由はここだ。自分でしっかり戦った数だけスキルが強くなる。強い奴は皆スキルの成長をしっかりやってる。だからあんちゃんにもちゃんと強くなって欲しかった訳さ」
結構重要だなスキル。しかも成長するのか。強くなる為にはスキル装備して成長させて進化させるのが一般的な考えってことか。
「スキルはこんな感じだ。スキルセットは鍛冶師か鍛冶屋でしか出来ねぇからスキルを取ったら俺でもいいし、近くの鍛冶屋に足を運びなよ。次に加護だな」
「加護はスキルと違って成長はしねぇ。けど最初から一定レベルのスキル以上の能力強化がある場合が多い。しかもスキル効果重複するからより強くなるためにはスキルと加護両方を重要視するのが大事ってことだ」
「つまり外付けの強化装置ってことか?」
「そんな感じさ。んで加護は最初から装備についてる場合と、素材を使って装備に付与するパターンの二つがある。今回あんちゃんの装備にしたのは後者だな。簡単に言えば加護が無い装備にスキルスロットを使って加護を装備させたんだ。その辺の詳しい話は鍛冶師スキルに関わるから興味出てきたら改めて聞いてくれ!」
「凄く分かり易かった。ありがとうゴザイの兄さん。んで今回俺の装備に付けてくれた加護って?」
「『風の加護』と『聖泉の加護』だな。『風の加護』は装備の重量を軽くして動きを良くする。素早さに補正がかかる加護だ。んで『聖泉の加護』は魔法が使えるようになる加護だ。普通よりもMPの消費が少ない補助魔法と回復魔法が使える。しかもほぼ全種類使えるんだぜ! まぁ初期の最大値じゃあ使えて『下級回復』と『状態異常回復』、後は攻撃力の『補助魔法』くらいだな」
充分すぎないか? それだけ使えれば序盤は困らんだろう。回復アイテムの節約にもなるし。というか多分序盤で貰っていい加護じゃないのは理解した。MPに関しては後でマイに聞こう。
「んでもって刀に関してだがこっちはまだ待ってくれ。炉の準備がまだ出来てなくてな、数日は貰うぜ? その代わり良い物用意してやるから楽しみにしてな!」
「わかった。楽しみにさせてもらうよ」
どんな大物が出てくるのかちょっと怖いけど。
「んで渡しといてって言われたし超越者殿の装備も一緒に渡すぜ」
表示されたコンソールに受け取りのサインを記入し、それらの装備を受け取った。
「それからあんちゃん。今渡した装備の腰にアイテムポーチも付けといた。これでかなり道具を出すとき便利になるぜ」
「おぉ、なんかファンタジーっぽい要素。使い方は?」
「取り出したい装備を思い浮かべるだけだ。持ってりゃ手に引っ付く感覚があるから後は取り出すだけだ。ちょいとここで装備して試してみてくれよ」
「あいよ。ただちょっと俺初期設定特殊な奴にしててな。ちょい時間貰うぜ?」
「もしかして手動設定かい? くぁあ! 乙だねぇ! 悪くない!」
アイテムの装備に関して、どうしようかと思っていたのだがマイ曰く、そういう層にも満足させるものをという訳で実際に装備を一から付けていく設定『手動設定』なるモードがあるらしい。より現実的に、よりリアリティを追求した結果の産物だ。
という訳で先ほどの装備を取り出して店の前で着替えさせてもらう。別に全裸になる訳じゃないから外で着替えても問題無い。なんならその辺に装備無しの裸装備の奴とかいるし問題無いだろう。装具を取り付けながら感覚を確かめていく。手足、胴回り、肩の可動域など。頭装備はフルフェイスではなくネックウォーマーのような顔半分を覆い隠すタイプだ。つけても呼吸するのに違和感が無いのは良い仕事してくれた結果なのだろう。
「いいねぇあんちゃん! 我ながら良い仕事をしたよ!」
「間違無いよ。めっちゃ良い。アイテムポーチはここだろ………こうか」
思い浮かべたのは最初に狩ったホーンウルフの素材。角とか毛皮とか。あと肉。今度焼いて食べたい。
「おっ、そりゃホーンウルフの素材か。あんちゃん早速狩ってきたんだな。どうだったい?」
「余裕だったわ」
「ははーん? あんちゃん自信過剰は良くないぜ? 多分知らないうちに超越者殿がサポートしてくれてたはずだ。感謝しときなよ?」
「そうだな。うん。確かに自信過剰や慢心は人を殺すな。気を付けるよ」
「そこまでは言わんがね。しっかし中々立派な角だねぇ。大きい個体だったのかい?」
「それなりにデカかったな。所でマイの事超越者って言ってるけど由来って何なんだ?」
聞こう聞こうと思っててついに聞けなかった。けどタイミングが良いのでゴザイの兄さんに聞いてみよう。
「前にあったPVPイベントでね、超越者殿はソロでありながらランキング二位まで勝ち上がったんだよ。その時の動きが人間辞めてるなんて話になってね、運営もそれを見てたのか称号で超越者なんて大層な名前を報酬で彼女に渡したんだよ。凄いことなんだぜ? なんてったってこの『プラクロ』ユーザー全世界1200万人のトップ10より更に上、ランキング2位だ。しかもソロなら猶更な!」
「ま………マジか。あいつガチでやり込んでんじゃん」
「ハッハッハ! そういう事だ! だからあんちゃんにも期待の目が行くかもしれねぇな! 超越者殿の初めてのパーティーメンバーだからな!」
「oh……」
マイ。お前も相当ヤバい奴じゃん。その相当ヤバい奴に制限掛けられた俺も相当ヤバいじゃん。うんちょっとくらいは自重しよう。
「ちなみにその時のイベントの一位ってどんな人たち?」
「『電卓騎士団』って個人クランのやつらさ。対人戦のコンビネーションは大手には無い強さだったね!」
「へぇ~『電卓騎士団』。ありがとう今度動画でも探してみるよ」
彼らを基準にしてどれだけ抑えるか決めよう。バランスブレイカーになるのはあまり良いことじゃ無いからな。マイに言われたからだけじゃないからな?
――――
戻ってきたマイと合流し、先ほどの謝罪もかねてちょっと良いカフェでお茶をすることにした。お金は今回は俺持ちだ。マイに預けたチャンピオンの素材が良い値段で買い取りしてもらえたらしくその金でこうしてマイに御馳走している。
「ねぇアール。さっきの話なんだけど」
「ん?」
「ほら、自重してーとか言った話」
「あぁそれがどうかしたか?」
「あのね? アールが楽しむのが一番なんだから私の勝手で制限掛けるのは違うかなぁって冷静になったら思ったの。だからその話無しにするね」
「あぁーいや、実はさっきゴザイの兄さんにマイの称号の話聞いたんだよ。その話聞いて俺自身もちょっと自重しようと思っててな」
「なんで!?」
いやお前が驚くのかよ。
「いやでも……!? 本当にどうして?」
「ないとは思うけど、運営に俺基準で色々作られたら面白くないじゃん。皆。俺も嫌だし」
「まぁうん。正直あれを基準にされたら君専用になっちゃうし」
「それにせっかくの協力できるゲームなんだ。楽しくやりたいからな」
これは本心。『剣聖』みたいに命のやり取りで毎回気を張り詰めるほどのモノじゃない。せっかく誰かと一緒に冒険できるんだ。そういう風に楽しく愉快に冒険したい。
「アール………」
「でも場合によっては遠慮も容赦もしない。これは誰に言われても譲らない」
「その場合って?」
「お前が殺されそうなとき」
「ミ゜」
「例えゲームでも、ここが仮想現実だろうと俺は俺の大切な人が目の前で殺されるのを自分の矜持の為に見逃せる程人間出来てない。だからそういう場面では遠慮も容赦もしない」
「あ………あぅあうぁ………ちょまち、あぁヤバい嬉しすぎて恥ずかしぃ………私の彼氏スパダリ過ぎない? ………特攻のってるぅ………」
「えっと………マイ?」
「ひゃい!それでいいでしゅ!そうしましゅう!」
呂律回ってないがな。
感想は返したり返さなかったりします。気分とか気持ちとかそういうのによります。
それでも良かったら感想とか評価とかしてくれると嬉しいです。
次の更新は書きあがり次第なのでゆっくりお待ちください。




