退院
昨日ぼくは、リハビリが終わると
「うん!かなりスムーズに歩けるようになってるし、明日には退院かな~
きみのおばあちゃんに連絡しておくね」
と言われた。
8月15日 今日ぼくは退院する。
朝9時頃、ばあちゃんが部屋に来た。
少し微笑んでいる。
「やっと退院だね~とうま」
ばあちゃんは嬉しそうな顔をしている。
ぼくも結構嬉しい。
少しすると、先生が部屋に入ってきた。
「とうまくん、退院おめでとう。」
部屋に入ってすぐにそう言ってくれたので、
ありがとうございます、とぼくは言った。
長かったような短かったような、
先生と看護師さんとこの病院には、約3週間お世話になった。
「約3週間お世話になりました。」
ぼくは先生にひとつ聞きたいことがあった。
「あの、ひとつ聞きたいんですが、」
「なんだい?」
「これから毎日ここに、さやを見に来てもいいですか?」
だめと言われても行くつもりだったが、
その必要はなさそうだ。
「もちろんだよ。それと、もしさやちゃんが意識を取り戻したら、すぐに連絡するからね。」
ありがとうございますと頭を下げた。
ばあちゃんも一緒に頭を下げていた。
そして僕たちは部屋をあとにした。
病院の出口まで先生たちに見送ってもらい、病院を出ると、今日も暑かった。
この前散歩した道を通り、駐車場ヘ向かった。
ばあちゃんの車に乗り、僕たちはぼくの家へ向かった。
病院から家まではそれほど遠くない。
家までは車で20分ほどかかった。
家に着き車を降りると、そこには久しぶりに見る我が家があった。
ばあちゃんが鍵を開けて家に入る。
ぼくもその後に続く。
「ただいま」
「おかえり」と返してくれる人が本当にいなくなったのか確かめたかった。
誰の声もしなかった。
わかってはいた。わかってはいたが、実際に確認すると胸が締め付けられた。
リビングに入ると、家族のかすかなにおいがまだ残っていた。
家の中はきれいだった。
ぼくが暮らすために、ばあちゃんがたまに片付けや掃除をしてくれていたらしい。
棚の上を見ると、みんなで撮った家族写真がたくさん置いてあった。
写真を見ていると、1枚だけ今まで置かれていなかった写真がある。
ぼくはその写真を手に取った。
その写真に写っていた僕たちは、
みんな髪がボサボサで、みんな満面の笑みだった。
「これ···」
それはあの日、あの浜辺で撮った、ぼくらの最後の家族写真だった。
「それは事故現場で見つかったカメラにあった写真よ。私がカメラを受け取って、現像したの。」
ぼくは思いが込み上げてきて泣いてしまった。
やっぱり、現実を受け入れるのは大変だな。
お昼になって、お昼ごはんを食べた。
病院じゃない場所でのお昼ごはんは久しぶりだ。
その後はまだ片付いていない場所を片付けたりしていた。
作業が終わったのは午後の4時頃だった。
ばあちゃんはもう帰るらしい。
「夕飯は冷蔵庫にあるスーパーのお寿司ね、
明日からは全部ひとりでやるのよ、
何かあったらいつでも連絡してね、
あと、さやが起きたときもおしえてよ、
それじゃ」
いろいろ言い残して家を出ていった。
7時くらいに夕飯を食べようと決め、シャワーを浴びた。シャワーから上がると、病院ではすっかり存在を忘れていたスマホがあった。
まだ7時まで時間がある。
昔のぼくならスマホを触っていただろうが今は本がある。本でも読もうと思ったが、ばあちゃんからもらった本は2冊とも2回読んだので、違う本が読みたい。
家に本がないか探しまわったが、見事になかった。
仕方なく予定の時間より早く冷蔵庫を開けた。
冷蔵庫の中には今日の夕飯であるスーパーのお寿司があった。
寿司のパックの上に何やら紙が置いてあった。
なにか書かれている。
電気代、水道代、ガス代、スマホ代などはおばあちゃんが払います。無駄遣いしないように!
とのことだ。
ばあちゃんの置き手紙だったようだ。
ぼくはお金を大切に使う人間だ。
だから無駄遣いは決してしない自信がある。
それに今までスマホを触っていた時間が、本を読む時間に替わりそうなので、時間も無駄遣いせずに済みそうだ。
ただ、本を1回読むためにお金を使いたくはない。かといって近くに図書館があるわけでもない。
どうしようかと考えていると、ぼくはあることを思い出した。
ぼくは2階の自分の部屋に行き、クリアファイルの中にあったプリントを全て取り出した。
夏休み前に学校でもらったプリントの中から、お目当てのプリントを見つけた。
そのプリントには、
『夏休み中、図書室解放。
午前9時から午後5時まで』
と書いてあった。
やっぱりだ。学校の図書室なら行ける。
まるで迷宮入りの事件を解決した探偵のような気分になった。
家から学校までは20分くらいかかるので、
明日は8時50分くらいに家を出ようと決め、
ぼくの退院記念日は終わった。