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最後のビデオ通話  作者: 桐谷 霞
4/13

『8月からの日常』

自分の病室に戻ると、もうお昼をまわっていた。

点滴のせいか、あまりお腹はすいていなかったが、先生に食べておけと言われたので、病院が用意した昼食を食べた。


その後は、先生とばあちゃんから色々な話を聞いた。

話によると、どうやらぼくは事故にあった日から今日まで1週間も目を覚まさなかったらしい。事故はつい昨日のことだと思っていたのでかなり驚いた。

なぜぼくがそこまで重体にならずに済んだのかを聞いてみたが、詳しくはわからず、運が良かったと先生は言っていた。


ばあちゃんは、さやについて先生に聞いた。

先生はぼくに話したことよりも、より詳細なことを僕たちに話してくれた。


さやは、外傷は大きくは目立っていないが、内蔵や神経の損傷が大きいらしく、仮に意識が戻ったとしても、何かしらの症状が現れたり、後遺症が残る可能性が大きいらしい。


ばあちゃんは静かにそれを受け入れたようだった。


その後、ばあちゃんはぼくのこれからについて話し始めた。

ばあちゃんの家で暮らすのか、自分の家で暮らすのか、

ばあちゃんの家はぼくの家と県が違う。

ぼくには別れを惜しむような友達や親友が高校にいるわけではないが、家族で暮らした場所から離れたくないという気持ちがあったため、ここに残ると言った。


ひとりで暮らしていくためのお金は、父さんと母さんの生命保険がぼくのもとに入ってくるらしい。こんなに歓迎したくないお金は初めてだ。

ぼくの生活費とさやの入院費はそこから補われることとなった。

もともと両親は共働きで、帰りが遅くなることが多々あったので、家事はだいたいできる。

そして、父さんと母さんの葬儀は、さやが目覚めてからいろいろ決めることになった。


他のことは任せて、早く退院しなさいとばあちゃんは言った。


次の日になり、以前のようにスムーズに歩くためのリハビリがスタートした。

歩くのはこんなにも難しかったのか、と驚くくらい、足が思うように動かない。

看護師さんに手伝ってもらいながら、ぼくはぎこちなく、ゆっくりと歩いた。


リハビリ以外のほとんどの時間はさやのところへ行き、ずっとさやを見ていた。


ぼくはあることを思いついた。

今日からの日々を、日記に記録していこうと思ったのだ。

看護師さんにノートがほしいと言うと、笑顔でわかりましたと言い、買ってきてくれた。

そのノートの表紙に


『8月からの日常』


と書いた。

今日は8月1日だ。

夏休みの真っ最中だが、これから今日みたいな生活が2週間ほど続くのだろう。

少し気が重いが、なんとか頑張っていこうと思った。


1週間が過ぎたころ、歩く感覚もだいぶ元通りになってきた。

だが、毎日同じことの繰り返しだったので、何かしら刺激が欲しいと、ベッドに座りながら考えていた。

すると後ろから「とうま、」と言って、ばあちゃんがへやに入ってきた。


「少しでもひまな時間を無くせたらと思って、」


と言って、ばあちゃんは何かをバッグから取り出した。

バッグから出てきたのは本だった。

ぼくはあまり嬉しくはなかった。

ぼくは小説が昔から嫌いだった。


理由は、小説を読んでいると、気がつけば他のことを考えてしまうからだ。

それで済めばいいのだが、それでは済まない。

他のことを考えているはずなのに、目だけは動いていく。

ふと小説に注意が戻ると、知らないところから始まっている。

そうなってしまうととても面倒だ。

自分が集中して読んでいたところまで戻らないといけない。


こういう理由から、ぼくはあまり本を読んでこなかった。


「いらないよ、小説なんて」


ぼくは素直に言った。

しかし、予想外の言葉が返ってきた。


「これ、小説じゃないわよ」


ぼくは驚いた。小説じゃない本なんてあったのかと、小説以外の本なんて、絵本かマンガくらいしか知らない。


でも明らかにばあちゃんが手にしている本は絵本でもマンガでもない。

ではあの本はいったい何なんだ、


「これは『自伝』と『自己啓発本』よ

聞いたことあるでしょ?」


「あるような、ないような」


「うそでしょ、まあどっちも読んだらどんなのかわかると思うよ」


「あるような、ないような」と言ったが、「ないような、ないような」の間違えだ。

よくわからないが、とりあえず小説じゃないのならと思い、本を受け取り、読んでみるよ、と伝えた。


「そう、買ってきて良かったわ、

そういえば、さやはまだ意識が戻らないみたいね···」


「毎日見てるんだけど、動きもしないんだ」


しばらく沈黙が続いた。

部屋が静になり、外のセミの鳴き声がよく聴こえる。

なんとか沈黙を避けようと思い、ぼくはリハビリのことを話した。

歩く感覚がだいぶ戻ってきたと伝えると、

一緒に散歩がしたいと言ってきたので、

笑顔で「いいよ」と言った。

外に出るのは、事故の日以来だった。


真夏なので、四方八方からセミの鳴き声が聴こえてくる。そして何より暑い。

道の両端にある桜の葉が日陰となっているため、まだましなのだろうけど、久しぶりに外に出るぼくにとっては十分な暑さだ。


「この道は春になって桜が満開になるときれいだろうな~」


ばあちゃんがそうつぶやいた。

ぼくは「そうだね」と言った。

散歩はぼくに夏を感じさせ、春を待ち遠しくさせてくれた。


部屋に戻るとばあちゃんは、

「今日はこれで帰るね」と言って部屋を出た。

ぼくは特にすることもなかったので、もらった本を読むことにした。


本を読んでいると、集中が切れていないことに気がついた。

小説じゃないからなのか、ぼくの集中力がいつのまにか鍛えられていたからなのかどうかはわからないが、これなら読めると思った。


自伝は小説とは違い、本当の話なのでわかりやすい。

そしてその人の考え方がいろいろと書かれているため自分の考え方を刺激され飽きにくい。


午後3時頃に読み始めた本は気がつけば半分ほど読み終わっており、時計はもう午後の7時になっていた。


夕飯を食べたら今日はもう終わりだ。


いつも通りさやに「おやすみ」と言って部屋に戻り、『8月からの日常』を書いて寝た。


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