あの浜辺
ドライブにでも行かないか。
父さんがそう言った。
どうして?と、さやが父さんに聞いた。
「最近、家族でどこにも行ってなかったから、久しぶりに、あの浜辺にでも行きたいな、と思ってな。」
「·····」
ぼくとさやは顔を見合わせた。
「嫌ならいいんだ···お前たちもやりたいことあるだろうしな、」
そう言いながら父さんは少し寂しそうな顔をしていた。
その顔を見てさやは笑った。
「いやじゃないよ笑」
これを聞いて、父さんの顔が、ぱあっと明るくなった。
「お兄ちゃんもいいよね?」
「もちろん笑」
あんな顔を見せられてしまっては断ることはできない。
もとから断るつもりはなかったのだが、
父さんの顔がさらに明るくなるのを見て、ぼくは思わず笑っていた。
椅子に座りながらこの会話を聞いていた母さんは、みんなで行くの久しぶりねと微笑みながらいった。
父さんは今にも涙が溢れそうなくらい、目が潤っていた。
家族であそこに行くのは何年ぶりだろう···
もう、5年は行ってないな、
棚の上にある家族写真のほとんどは、あの浜辺で撮ったものだ。
そこは観光地でもなければ海水浴場でもない。
そこは、父さんと母さんが初めて出会った場所で、2人にとっては大切な場所だ。
ぼくと妹は、小さい頃によく連れてこられ、よく遊んだ。
だからここは、家族にとって大切な場所だ。
ぼくが中学に入学すると、家族みんなで出かけることはなくなっていた。
毎日部活で、休みの日はテスト勉強。
出かける時間なんてなかった。
だが高校では部活に入らなかったので、自然と自由な時間が増えた。
しかし、妹が中学に入学し、部活に入ったので時間がなくなり、出かけることはなかった。
だが妹の部活はそこまで厳しくはないらしく、
今日はたまたま全員が家にいた。
父さんは今日しかないと思い、僕たちを誘ったのだろう。
父さんは嬉しそうな顔をしながら車に乗った。
みんなで車に乗るのも久しぶりだ。
小さい頃は、車に乗るとみんなでしりとりをしていた。
父さんはそれを思い出したのだろう。
みんなでしりとりしないか?
そう言ってきた。
「いいよ、やろう!」
明るい声でさやが言った。
後ろの席からは見えないが、おそらく父さんは泣いているのだろう。
声が震えていて、しりとりができていなかった笑
「も~ お父さんが始めようっていったんだからね~ ちゃんとしてよ~笑」
「すまん···泣 つい、うれしくて···泣」
母さんは笑いながら父さんにハンカチを渡していた。
20分ほど経つと、あるものが見えてきた。
「もうすぐだね」
そう言ったさやの方を見ると、まるで初めてのものを見た子供のように、目をキラキラと輝かせながら窓の外を見ていた。
窓の外には、どこまでも青く、
そして、どこまでも広い海が広がっていた。
それから15分ほどで浜辺についた。
車から降りると、さやははだしで砂浜を走り出した。
「まったく、さやはいくつになっても元気だな~」
父さんがぼくを見ながら言ってきた。
何か言いたそうな顔しているが、聞かなくてもわかる。
ぼくはしかたなく、砂浜へ走りだしてあげた。
意外に楽しかった。
さやと水をかけあったり、砂でトンネルを作ったりした。
高校生と中学生がする遊びではないが、楽しい。
数時間遊んだところで、母さんがお昼ごはんを食べようと言ってきた。
お昼ごはんは、ここに来る途中のコンビニで買ったおぎりとサンドイッチだ。
おいしかった。
動きまわった後だからということもあるのだろうけれど、家族みんなで食べるからというのがおいしい理由だと思う。
お昼ごはんを食べながら、父さんはまた泣きそうになっていた。
「どうしたんだよ父さん、また泣くの?笑」
「いや、おまえたちを見ていると、成長したなと思ってな、そしたらつい···泣」
「お父さんったら、あなたたちとここへ来るたびに、成長したな~って泣いてるのよ~笑」
「そんなのわたしおぼえてないよ~」
「そりゃそうよ、あなたたちは、遊ぶのに夢中だったもの笑」
ぼくも覚えていないが、だいたい想像はつく。
それだけ父さんが僕たちのことを想ってくれていると思うと、少し照れくさい。
お昼ごはんを食べ終わるとすぐにさやは遊びだし、お兄ちゃんあ~そぼ!と言ってくる。
まだまだかわいい妹だ。
それにしてもき今日はかなり風が強い。
遊んでいる途中に、さやの帽子が何度も飛んでいく。
なんとか取ろうと思っても、帽子は逃げるように砂浜を転がっていく。
これも遊びになるため、きらいではないのだが、
楽しい時間というのは不思議なもので、あっというまに過ぎてしまうものだ。
さやと遊んで、みんなで話して、気がつけばもう5時だった。
帰る前にみんなで写真を撮ろう、と父さんが言い、カメラを三脚に取り付けた。
父さんが三脚をセットする。
だが、あまりにも強い風のせいで2,3度三脚が倒れた。
だがなんとか三脚を安定させることができ、みんなで写真を撮ることができた。
写真を見ると、みんなの髪が風のせいでボサボサだった。
でも全員満面の笑みだ。
また来ような、という父さんの言葉に、みんな笑顔でうなづいた。
今日は久々におもいっきり楽しむことができた。
笑って楽しむことが大切なんだと改めて思った。
帰りの車の中でさやを見ると、あんなにも笑顔だったさやが少しムスッとしている。
どうしたんだ?と聞いてみた。
「夕日の海って、絶対キレイなのに反対車線の車が邪魔で、見えにくいの」
「行きはキレイな海が見られたんだから、我慢だな」
「反対車線の車が普通の大きさなら見えるんだけど、トラックば~っかり」
確かにトラックが多い、高速道路と同じくらいトラックが走っている。
さやが、どうして?と父さんに聞いた。
「たぶん近くに港があるからじゃないかな~
荷物を運んでるんだよ」
ふ~んとさやは言った。
また来れば見られるさ、とと父さんがさやに言った。
そしてカーブにさしかかった。
前からはトラックが来ていた。
カーブで曲がる際の遠心力で、トラックはこちら側に少し傾いた。
そのとき、ゴォーという音が聴こえた。
風だ。
おそらく海側の道路を走っているこのトラックは風の影響を大きく受けたのだろう。
この車に近づくにつれ、ゆっくりと傾いてくる。
ぼくはすぐに思った。
嫌な予感がすると、
すぐに父さんや母さん、さやに何か言おうと思ったが、口も体も動かない。
これが絶体絶命というやつなのか?
頭の中はずっと何かを考えているのに、
身体がその速さに追いつけていないため、何もできない。
楽しい時間とは真逆のか感覚だ。
ゆーっくりと時間が流れていく。
母さんは助手席で寝ている。
さやはまだ海を見ていて、前のトラックに気づいていない。
前を見ると、トラックは今にも倒れそうなほど傾いている。
父さんはハンドルから手を離し、急いでシートベルトをはずそうとしている。
小さな声でまずいと言っていた。
周りがよく見える。
音がよく聴こえる。
後ろの車はブレーキをかけたのだろう。
前の車はスピードを上げたのだろう。
見たらわかる。
聴いたらわかる。
そして、わかることがもうひとつある。
この車は、ブレーキをかけようと、スピードを上げようと、トラックに潰される。
トラックはもう目の前だ。
父さんが、こっちを見て言った。
「とうま!さや!ふせろーーーーー」
「え?どうしたの?お父さ···」
ここでさやの声が途切れた。
代わりに大きな音が、一瞬聴こえた。
そして、ぼくの視界は真っ暗になった。