朝早くに行けば
家に帰っても、彼女のことが頭から離れない。ぼくは誰にも見せたことがないノートを見られても何とも思わない。いや、少しは何かしら心が少し動揺したかもしれないが、それほど重大なことではなかった。さやのことと、ぼくの日常を書いているノートだ。ノートの内容を知られたところで彼女には何の関係もない。
なのに彼女は「何かできないか?」と言ってきた。ぼくは腹が立った。おそらく彼女はノートを読んで、こう思ったんだろう。「彼は今苦しいはず。だから助けてあげないと」
大きなお世話だ。僕には「君は弱いから助けてあげよう」と言ってるようにしか聞こえない。それに彼女に何ができる?しかもぼくがそれを断ったら、次は「きみともっと話してみたい。明日も図書室に来てね。」と言ってくる。ぼくと話していったい何になる?
あぁ、どうしよう。明日は図書館に行かない方がいい気がする。でもぼくは本を借りていない。
ぼくは自分では頭が良いと思っている。もちろん天才というわけではなく、平均よりはぜんぜん上だという意味でだ。なのでぼくはこう考えた。
あの人に会わずに本を借りる方法はないかと。
セミの鳴き声で目が覚めた。時計は午前7時だ。いつもより1時間近く早く起きた。理由は、朝イチに図書室に行けば、誰にもでくわさずにすむ。つまり彼女に会わずに本を借りれると思ったから。
コップ1杯の水を飲み、朝食にパンを食べ、歯を磨いて顔を洗って、制服に着替える。
ほとんど準備が終わると時計は午前8時を少しまわっていた。図書室に入れるのは9時からなので、今から家を出てもさすがに早すぎると思い、20分ほどテレビとスマホで時間をつぶしてから家を出た。
いつもより早いからか、外が涼しく感じる。
それでも歩けば汗はでてきてしまう。でもタオルで汗をぬぐうのでイライラしない。
学校についたのは8時46分だった。
9時まではまだ時間がある。少し早かったかな、と思いながら下駄箱へ行き、靴を履き替え図書室に向かった。
まだ9時にはなってないので図書室は開いてないと思っていたが、部屋は電気がついていることに気がついた。ドアを引いてみると鍵はかかっていなかった。まさか、と思い部屋に入るなりその場で部屋全体を確認する。
カウンターに先生が1人。
どうやら先生が早く来ていたようだ。他には誰もいない。作戦は成功に終わったとぼくは確信した。
先生がぼくに気づき、目が合ったので、「おはようございます」と挨拶をした。
「あら、おはよう。
2人とも早いわね~、ゆっくりしていってね」
笑顔で軽くおじぎをした。あいにくぼくはゆっくりできない。できるだけ早く帰らないと彼女が来るかもしれないからだ。
本を探そうと本棚の方に体を向け、1歩目を出した瞬間、ぼくはある違和感をおぼえた。
2人とも?そう思った瞬間、聴いたことのある声が後ろから流れてきた。
「おはようございま~す」
この瞬間、成功かと思われた作戦は失敗した。
「おはよ~、方向音痴くん~」
すごく普通に話しかけてきた。あまりにも自然だったし、作戦は成功だと確信していた油断から驚きを隠せず、彼女に対する嫌悪感を忘れ、ぼくはつい知り合いのように話してしまった。
「な、何でこんなに早く来たんですか!」
「おお、普通に話してくるね、」
ここでぼくは「あっ、」と思い、目をそらした。
「きみこそ、何でこんなに早いのかな~?」
「ぼくはあなたにでくわさないために
早く来たんです!」
つい答えてしまった。
「へ~、わたしはきみにでくわすために
早く来たんだ~、きぐうだね、」
この人はぼくをからかっている。
やられた。行動を読まれていた。彼女に会うくらいなら図書室に来るんじゃなかった。
「来ないと思ってたけど、来てくれたんだね~
そうか~、そんなにわたしに会いたかったの
か~」
「断じて違います。」
「笑笑、でもこれだけ普通に話せるし、でくわし
ちゃったからには、いろいろ話さないとな~」
「ぼくはそこまでおひとよしじゃないです。
昨日あんな雰囲気になって、ぼくに無言で帰
られて、よくそのテンションで話しかけられ
ましたね?気まずいとかないんですか?」
「そんなの忘れちゃったな~
わたしはきみが図書室に来てくれて
うれし~な~笑」
頭がおかしい。テンションがおかしい。
この場所へ来てしまったことをさらに後悔する。
「ぼくはあなたのためではなく、本を借りるため
にここへ来たんです。勝手に喜ばないでくだ
さい。」
「わたしは喜んでないよ?
嬉しいと思ってるの笑」
ムカっとする発言を連発してくる。
彼女にぼくの話が通じないことと、彼女と話していても疲れるだけだということを学んで、ぼくは彼女を無視して本を探すことにした。
先生に「喧嘩?」と聞かれたので、「そんな感じですがもう終わりました」と伝えて、本棚へ向かった。
本を探していると彼女がぼくの横に来て話しかけてくる。逃げてもついてくる。ぼくは無視を続けた。
「ねえ、方向音痴くん」
無視すればいいのだけれど、ぼくにもプライドがある。
「その呼び方は失礼だと思います。」
「じゃあ、名前はなんてゆうの?」
「·····山田、です。」
「へ~、なんか普通だね笑」
つくづく失礼な人だ。
「したの名前は?」
「あなたは失礼なので、
もう何も教えたくありません。」
「え~、何も?」
「はい。何も。」
「ぜ~ったい?」
「はい。」
いちいちうるさい人だ。この人にいちいち反応していたら面倒くさい。次はプライドなんか捨てて無視を貫こうと決意した。
どうしても名前を知りたいのか、彼女はぼくの名前を予想してぼくに聞きまくってきた。でも決意したぼくに情けなどない。ぼくは無視を続けた。
ようやく諦めたのか、彼女はため息をついて少し黙った。それと同時に借りる本を決め、ぼくはカウンターに体を向けた。その瞬間彼女はまたため息をついた。
「残念だな~、この手だけは使いたくなかったん
だけど、しかたがないよね、うん、」
どんな手を使われたところで、ぼく決意は崩れない。一瞬止まった足をまた動かしたが、彼女の言葉がそれをまた止めた。