風の大精霊
ハザックが去った応接室にて、リウはゆっくりと息を吐いた。
ハザックは友人であり気負うことなどなにもなかったのだが、流石にこれから会う人物は緊張――なんてものをリウがするはずもなく。
ただ純粋に、嫌がっていた。
途轍もなく会いたくないのである。
やがてノックの音が響くと、リウはとても不機嫌そうな声で入室を促した。
すると、ふんわりとした淡い緑色の髪と同じく淡い緑色の垂れ目を持つ女性が入ってきた。
女性はリウの対面に座るなり、柔らかく微笑む。
『お久しぶりで御座いますわ、我等が契約主様。此度は大精霊の代表として、わたくし風の大精霊が来訪のご挨拶に向かわせていただきました』
「……シフィ……」
リウが呟いた。
女性の正体は風の大精霊。
元、リウの契約精霊でもある。
リウは彼女のことをシフィと呼んだ。
ディーネは彼女のことを〝シルフ姉様〟と呼んでいるし、事実彼女の愛称はシルフ。
それを把握してなお、リウはシフィと呼び続けていた。
というのも、
『あらあら、昔はあんなに甘えてきていらっしゃったのに……もしかして反抗期でしょうか?』
「うるさいっ……!」
リウは物凄くシルフに懐いていたのである。
最初はリウもシルフと呼んでいたのだが、懐いてくると特別なあだ名で呼びたいと駄々を捏ね、シフィというあだ名、というか呼び名に落ち着いたのだ。
リウが嫌がっていたのもこれが理由である。
昔の記憶が蘇り、リウが悶絶しているとバンッと扉が開け放たれた。
そこには、慌てた様子のディーネが佇んでいる。
『シルフ姉様たちが来たってほんと――シルフ姉様!?』
言葉の途中でディーネが目を見開き声をあげた。
あらあらと微笑むシルフに向かってディーネが突撃する。
ディーネはリウの元で軍団長を務め始めてからずっと忙しく、精霊界という精霊たちが住まう場所に行けなかったため久しぶりの再会なのである。
『あら、ディーネちゃん。お久しぶりね』
『はい、シルフ姉様! お久しぶりです! お元気でしたか?』
ディーネはシルフに対しては敬語で接するらしい。
シルフに撫でられて上機嫌になりながらそう尋ねた。
精霊界の様子をシルフに語られると、ディーネは想像したのか楽しそうに笑う。
そんな二人の様子をリウが妬ましげに見つめていた。
リウの様子に気付き、シルフが声をかける。
『リウ様もこちらにおいでなさいませ。存分に甘やかして差し上げますよ?』
「……別にいい」
冷たく言ってリウがそっぽを向いた。
しかし、チラチラと視線がシルフの方を向いている。
『んふふー、りーちゃん昔はシルフ姉様に対してすっごく甘えん坊だったもんね。暇になるとすぐシルフ姉様に甘やかされてたし』
「ディーネ……! あなただって甘えてた癖に! というか今だって甘えてるじゃない! ずる……じゃなくて、幼女だからって卑怯……でもなくて、見た目どころか行動まで幼女でいいの!?」
『だって、シルフ姉様に撫でられるの好きなんだもん』
そう言ってひしっとシルフに抱きつくディーネ。
すると、急にリウが席を立って開け放たれたままの扉を閉め、ディーネとは逆方向――左側からシルフに抱きついた。
とはいえ、とても控えめでありシルフの服を掴んでいるだけなのだが。
しかし、それだけだと言うのにリウの顔は真っ赤に染まっている。
「……シフィ……」
リウが上目遣いでシルフを見上げ、消え入りそうな声で名前を呼んだ。
羞恥のせいか、リウの瞳は僅かに潤んでいる。
そんなリウを見てシルフが微笑み、その頭を撫でた。
途端、ぱあっと笑顔になるリウ。
『……流石りーちゃん、無自覚だろうけどあざとい……』
そんなディーネの呟きも耳に入ることはない。
リウは存分にシルフに甘えているので、そんなことを気にしている場合ではないのだ。
「んふふ……」
『久しぶりに会いましたが、リウ様は成長してもとても可愛らしいですね』
「……そう」
口では興味なさげに返事をしたリウだが、目がとてもキラキラしていた。
可愛いと言われて嬉しいらしい。
『わたくしとしてはロリなリウ様が男装をしたショタっぽいお姿が一番性癖――んんっ、好みなのですが。ディーネちゃんの男装姿なんかも見てみたいものです』
シルフがボソリと呟いた。
友人全員には露呈しているが、シルフは途轍もないショタコンなのである。
幼い男の子が大好きなのだ。
過去に一度だけ変装として幼いリウが男装をしたのだが、それをシルフは今にも涎を垂らしそうな雰囲気で見つめていた。
ちなみにシルフが呟いたことはリウとディーネにもばっちり聞こえている。
そして、シルフが二人の聴力がいいことを忘れるはずもない。
つまりは、言外に男装してと訴えてるわけである。
一応、リウも外見は魔法で自由に変えられるのでショタに変装できるし、ディーネは幼女なので男装するだけである。
そして、シルフの言外の訴えを理解できないほど関係は浅くなかった。
が、しかし。
「『嫌』」
シルフの要望に二人はあからさまな拒否を示すのだった。




