貴族の男の子
時は経ち、いよいよ国認祭前夜となった。
リウはネグリジェ姿でバルコニーに立ち、街を見下ろしている。
その口元には楽しげな笑みが刻まれており、国認祭を心待ちにしていることは明らかだ。
しかし、国認祭が始まるのは朝8時。
夜遅くまで起きている必要はなく、おまけにリウはネグリジェのみを着た状態で外に居る。
そんなわけで、リウのことを心配する者が居た。
『そろそろ中入って寝たら? 外寒いよ』
ひょこりと室内から顔を覗かせてリウに声をかけたのはディーネ。
ずっと外に居るリウを心配してやってきたのだ。
しかし、リウはそんな心配を感じ取りながらも笑い飛ばし、優しくディーネの頭を撫でた。
「平気よ平気。睡眠の必要は無いし、風邪を引くほど弱くもないわ」
『まぁ、確かにりーちゃんは昔っから身体頑丈だったし、魔王になった今じゃ尚更病気になんてならないだろうけど……風邪は引かなくても身体は冷えるよ。それに、睡眠の必要なくても寝た方がリラックスできるでしょ』
「だって、それよりも街の様子を見ていたいんだもの」
バルコニーの柵に頬杖をつきながらリウが言った。
ディーネが溜め息を吐き、バルコニーに出てきて精霊の力で宙に浮くと街を眺める。
再び溜め息を吐き、心配そうにリウを見ながらディーネが口を開いた。
『綺麗だし、夜なのに賑やかで楽しいのは分かるけど……りーちゃん、明日色々やることあるんでしょ。国認祭開催の宣言とか、あとは数人と応接室で対話もあったよね。仕事で多少は疲れてるでしょ。少しは休もうよ』
「やだ」
『や、やだって……』
困ったようにディーネが目尻を下げて微笑んだ。
リウは視線を街に固定したままディーネに話しかける。
「この景色を見てると、昔を思い出すの」
『……りーちゃん?』
不思議そうな、どこか心配そうな声色でディーネがリウのことを呼ぶ。
リウはその声を無視して言葉を続けた。
「五歳のときに、お祭りに参加したのよ。国が創られた記念のお祭り。みんな楽しそうで、賑やかで、私も触発されてね。自由に、お祭りを楽しんだわ。お祭りを楽しんで……帰る途中にね、フード付きのローブを着た男の子を見つけたの。たぶん、お忍びで来てた貴族の子ね。子供の無邪気さって恐ろしいもので、その子は虐められていたの。あそこは確か貧民区だったはずだから、上等なローブを着てたあの子を妬んだんでしょう。たぶん、貴族の子は道に迷ったんだと思うわ。……私はそんな現場を見て、怒っちゃってね。虐めてた子たちを追い払ったわ。話を聞けば、貴族の子はお祭りに遊びに来てたそうよ。でも、虐められててお祭りを楽しめなかった。……可哀想だと思ったけど、そのときにはお祭りは終わっていたの。でも、賑やかさはそのままで……だから、私の秘密の場所に連れていってあげたの。高い位置にあって、その街を見下ろせる場所。少し遠かったから、夜にはなってしまったけど……だから、ね。ここに居ると昔を思い出すのよ」
そう言って締め括ったリウに、ディーネは不思議そうな表情で尋ねた。
『そうなんだ……けど、どうしてこんな急に?』
「……あなたとは、昔からの仲だからかしらね。急に懐かしい気持ちになって……ちょっと話したかっただけだから、忘れてくれていいわよ」
そう言ってリウは微笑んだ。
しかし、ディーネは真面目な表情でリウに告げる。
『大切な記憶だから、思い出したんでしょ?』
「……」
『この場所が、りーちゃんの思い出の場所の景色と似てたんだよね? だから思い出した』
俯くリウの頬を手で挟み込み、ディーネは真っ直ぐとリウを見つめた。
そして、真剣な表情のまま口を開く。
『りーちゃんがたった一時の感傷で私が知らないことを軽々と話すとは思えない。しかも、幼少時代でしょ。りーちゃんが一番話したがらない時期だよね。いつも、どっちかっていうとつい漏らしたから話したって感じだったり、不安定になって話したりが多かったはず。今回はそういう感じじゃないよね。なにか思うところがあるから話したんじゃないの?』
ディーネがリウに問いかけた。
しばらく逡巡したリウだが、やがて息を吐きディーネの言葉を肯定する。
「ええ、そうよ。その通り。あぁ、みんなにはあの話をしたら駄目よ?」
『うん、分かってる。というか、普通に楽しかった思い出でも嫌なんだね、りーちゃん』
「昔はちょっと……ほら、レアなら他のことも知りたいって言ってきそうでしょう? そうなると、話せることは少ないし……一緒に嫌なことまで思い出しちゃうし……」
『ふぅ~ん……で、結局なんで私に話したの? 思うところがあったんだよね? 思うところってなに?』
ディーネが再び尋ねると、リウは神妙に頷いて口を開いた。
リウが真面目な顔をしているのでディーネも雰囲気を真剣なものへと変える。
「その貴族の子、もしかしたら――くしゅんっ」
ぱちくりとディーネが目を瞬かせた。
リウはかあっと頬を真っ赤に染めている。
『りーちゃん……?』
「み、見ないでっ……! ううぅ、ほら中に入るわよ! 早く!」
「あ、う、うん」
リウに促されてディーネが中に入り、続いてリウも出てくるとリウは真っ赤な顔を手で覆い隠しながらベッドへダイブした。
若干震えているので、かなり恥ずかしかったらしい。
リウのためにも先程のくしゃみは忘れることにして、ディーネはリウの頭を撫でて一緒に眠る。
一緒に寝るのは逆効果な気もするが、ディーネがそれに気付くのは翌日の朝のことなのだった。




