兎耳族にご挨拶
色々とあり挨拶回りを一足早く切り上げてセラフィアの実家に帰ってきたリウ。
しばらくいじけるように隅の方で縮こまっていたが、時間が経てば流石に復活したようでセラフィアたちの帰宅を待っていた。
時折窓から外の様子を窺っている辺り、まだ少しあの出来事が怖いらしい。
そんな行動をしつつもネールと世間話をしていると、セラフィアたちが帰ってくる。
リウが世間話を中断して手を振って出迎えると、レアが飛び付いてきた。
「リウ様ー!」
「どうしたの?」
「えっと、みなさんがリウ様とか、リウちゃん様とか言ってて……なにか関係あるのかと思って。なにかしたんですか?」
「……知らない方がいいこともあるのよ」
リウの目が死んでいた。
口元には乾いた笑みが浮かんでいる。
レアは首を傾げたが、知らなくていいことならと頷いた。
そんなレアを見てリウが優しい笑みを浮かべる。
かなり癒されたらしい。
「で、午後からは……兎耳族に挨拶をするんだったかしら?」
「はい、リウ様。兎耳族は非常に温厚な種族ですので国への移住も検討して下さるかと思います」
小首を傾げながらリウが確認すると、ネールが答えた。
ちなみに、兎耳族の挨拶にはネールは同行しない。
ネールは他種族とあまり交流がなく、それに加えて家事をしなくてはならないので行けないのである。
「そうだといいけれど。まぁ、行ってみないと分からないわね」
「はい。昼食も食べていって下さいね」
しばらく四人で談笑し、食事が出来上がると満腹になるまで食して兎耳族の集落に向かった。
◇
リウ達が兎耳族の集落に辿り着くと、長老から話があったようで早々に族長の元に案内された。
族長は気弱そうな青年で、丁寧にリウ達を出迎えて本題を切り出した。
「長老から話は伺っております、魔王リウ様とその配下様。昨夜、一族総出で話し合いを行ったところ理不尽なお方でなければ是非とも魔王様のお国へ移住したいとの結論になりました。俺、じゃなくて私が見た限りはお優しそうな方で御座いますし、どうか我が一族の者を安心させて下さい」
「快い返事がもらえそうで良かったわ。話を聞かされているとはいえど、魔王というのは本来畏怖される存在だもの。受け入れてくれるか少し不安だったの。あなたの言う通り、一族の者に安心させてあげないとね」
「はい。あなた様の人格を見るためか、外に人が集まっております。あなた様のお優しさを存分に見せ付けて下さい」
「あら、そうなの。あまりここに居ると待たせてしまうわね。あなたには少々申し訳ないけれど、お暇させて頂くわ」
「申し訳ないだなんて、そんな。みなが待っていますので、行ってあげて下さい」
族長に見送られて四人が玄関から出ると、一気に視線が集まった。
族長の言う通りに人が集まっているらしい。
予想よりも多い人数に少々驚きはしたが、とりあえず初めにリウが自己紹介を行った。
「えーと、初めまして。私はリウ・ノーテル。悲劇女王の名を冠する魔王よ。怯えられても仕方無いことは重々承知しているから、怖いなら無理はしなくて構わないわ」
安心させるようにリウが告げた。
兎耳族はヒソヒソと小さな声で話し合っている。
未だ不安そうな表情をする兎耳族を見て、レアが声を張り上げた。
「兎耳族のみなさん! 私は純血竜のレアと申します! 私が一番最初にリウ様と出会ったので、一番最初の配下です! きっと私と同じく魔王と聞いて不安に思っているのかと思いますが、心配無用です! リウ様はとっても優しくて、私たちの故郷を守るために国を作ってほしいという無理なお願いを了承して下さったのです! だから、無理なら移住はしなくてもいいから、どうかご協力下さい! リウ様は、みなさんが思っているよりもずっとずっと優しいので!」
最後ににっこりと笑って締め括ると、レアはリウに向かって胸を張りドヤ顔を披露した。
褒めてと言わんばかりのレアにリウは苦笑い気味に微笑み、頭を撫でてあげる。
確かに、普通は国を作るようにお願いされても了承などしないだろう。
そんなことを思いつつリウは嬉しそうにはにかみ、分かりやすい照れ隠しでセラフィアとフローガに自己紹介を促した。
軽く二人が自己紹介をすると、子供達がリウに殺到する。
「まおうさまなんだって」「すごいねー」「わるいことしたらたべられちゃうのかな?」「でもおはなしだとこわいかいぶつだったよー?」「ねぇねぇまおうさま、わるいことしたらたべちゃうってほんとー?」
そんな無邪気な言葉がリウの周りで飛び交う。
リウは少し動揺しつつも、しゃがみこんで子供達に話しかけた。
「魔王というのはね、一人だけじゃないの。だから、私は食べないけれど、悪い子のところにやってきて食べちゃったり、攫ったりする魔王も居るのかもしれないわね。私はあなた達みたいなうさぎさんと同じ耳や、丸くてふわふわの尻尾はないけど、人の姿をしているでしょう? でも、魔王は私だけじゃないから、こわーい怪物の姿をした魔王も居るかもしれないのよ。だから、食べられちゃったり攫われちゃったりしないように、いい子にしていましょうね」
優しく言い聞かせるように子供たちに告げると、リウは立ち上がって近くの景色を見るように告げた。
兎耳族の子供にとっては、いつもの変わらない景色。
近くで子供たちと話していたレアにも景色を見ているように告げると、リウが腕を広げて静かに口を開いた。
「〝氷結世界〟」
パキリ、と地面から音がする。
子供たちが気になって振り向くよりも前に、それは起こった。
ただの地面が、周りの木々が、家の数々が、全てが氷に覆われていた。
氷結魔法における最高難度の攻撃魔法〝氷結世界〟。
その応用で攻撃に使うのではなく防御と拘束に重点を置きリウが即座に最適化、更に変化させて周りを氷で包むだけの魔法にしたリウが即席で作った娯楽のためだけの魔法である。
だが、リウがこれを為したのはこの景色を見せるためではない。
「みんな、次は上を見てなさい」
「お空を見てればいいの?」
「そうよ。ちゃんと見ててね」
子供たちに空を見させたリウは上空に手を翳し、再び口を開く。
「闇火炎!」
力強くリウが声をあげると、小さな闇色の炎が青空へと打ち上げられ、空中で爆発音を響かせると花火のように舞って消えていった。
幾つも幾つも炎が打ち上がっては花火のように舞ってから消えていく。
これはリウが昔に暇潰しで編み出した闇花火というお昼に花火が楽しめる使いどころがあまりない技術である。
〝闇火炎〟という闇魔法の一種の応用で、魔法を小さな塊に圧縮し綺麗に見えるように微調整して空中で爆裂させることで疑似花火とする地味に再現難易度の高い技術なのだった。
周りを全て凍らせたのは、万が一にも〝闇火炎〟で周りに被害が出さないための保険であった。
だが、氷で覆われた景色を見せるのも目的ではあったし完璧に魔法を制御出来る自信もあったので結局氷もただの娯楽である。
それはそれとして、打ち上げた闇花火をきゃっきゃっとはしゃぎながら見る子供たちを眺めて、リウは満足げに笑みを浮かべるのだった。
リウちゃんは子供にはめちゃくちゃ甘いです