やっと見つけた
舞踏会の会場から一旦退出したリウ、ディーネ、リエラ。
リウは思い切り背伸びをし、ディーネは楽しそうに笑顔を浮かべ、リエラはそんな二人を優しい表情で眺めていた。
「はぁ……ディーネ、疲れないの?」
『んー? みんな優しかったから大丈夫だよ? それに、ダンスもリードしてくれたし』
ニコニコと上機嫌に笑うディーネを見てリウが溜め息を吐いた。
舞踏会を楽しみ、貴族の子息と仲良くするのは別に構わない。
だが、それでディーネとの婚約話が出てくることは避けたいのだ。
ディーネが断り切れずに婚約に応じてしまって望まない結婚をさせられるのはもちろん嫌だし、そもそもディーネが結婚することそのものをリウはあまり歓迎していない。
もしそうなったとしたら、それはそれは厳しい課題を出すことだろう。
それはリウから、という話であり他のディーネと対等で大切な人――例えば、他属性の大精霊などからも別で試練などは課されるはずだ。
……ディーネが結婚するのは難しそうである。
『ねぇりーちゃん、まだみんなとダンスしたいよぉ』
「あんなに踊ってたのに疲れてないのね……本当にしたいの? 約束したから、とかじゃなくて?」
『それもあることは否定しないけど、本当にやりたくて言ってるよ?』
「……分かったわ。それは許可するけど、嫌だと思ったら絶対に断ること。いいわね?」
『うん! ……りーちゃんは来ないの?』
ディーネが首を傾げながら尋ねると、リウは少しの逡巡のあとに口を開いた。
その口元には苦笑いが刻まれている。
「ディーネを一人にするわけには行かないから、一緒に行くわ。少なくとも目が届く範囲には居るから疲れたら声を掛けなさいね。リエラはどうする?」
リウがリエラに尋ねた。
突然声を掛けられて驚いたのかリエラの肩が跳ねたが、すぐに穏やかな微笑みを浮かべた。
「わたくしも行きます。ディーネ様が踊る姿がとてもお綺麗でしたので、もう少し見てみたい気持ちもありますから」
「なら、もう少し休憩したらみんなで行きましょうか」
『えー……』
「えーじゃないわよ。ちゃんと休みなさい」
ディーネは少し不満げな表情をしたが、リウにそう言われると大人しく休憩を始めた。
◇
会場に戻ると、再び踊り始めたディーネを微笑ましげに眺め始めたリウとリエラ。
しばらくそんな時間を過ごしていると、ふとリウに声を掛ける者が居た。
「はじめまして、魔王様」
リウよりも明るい色合いの金髪に、煌めく紫眼。
年齢は14程度だろうか。
大人びた雰囲気の少年だった。
しかし、人好きする笑みを浮かべた少年の姿を見たリウの口元は、引き攣っているのが隠し切れておらず歪な笑みを描いている。
「僕はヴィレイン・アージェストリ・ブリガンテ。帝国の第五皇子です」
「……」
ヴィレインと名乗った帝国の皇子が様々な感情に揺れるリウの瞳を眺めて微笑み、跪いた。
動揺しているリウの手を取り、穢れのない綺麗な手の甲に口付けを落とす。
「踊っていただけますか? 魔王様」
リウは自らの頬が更に引き攣ったことを自覚しながら口を開いた。
自らの動揺の理由は、自分だけが正しく認識していたから。
「……申し訳、ないのだけれど。別を当たって下さるかしら」
かろうじて告げたリウに、ヴィレインは静かに微笑みながら告げた。
ただただ純粋な笑みを浮かべながら。
「僕は、あなただから誘ったんです」
ヴィレインが立ち上がり、優しくリウを引き寄せた。
突然のことで対応出来なかったリウの耳元にヴィレインが顔を寄せる。
「……それでも断るの?」
敬語を貫いていたヴィレインが、突然それを崩して囁いた。
ギリッとリウの歯が音を立てる。
それを見たヴィレインが、リウの両手を取ってくるりと回った。
そのまま、動きがダンスへ切り替わる。
目を見開くリウをリードしながら、ヴィレインが微笑んだ。
「僕のことは、よければレインとお呼び下さい。愛称ですから」
「……ぁ」
僅かな声を漏らしたリウに再びヴィレインことレインが微笑む。
レインは上手くリウの身体を支え、操り、ダンスを中断させようとするリウを封じていた。
「ふふ。……そろそろ周りは踊りを見るのに夢中になってるかな? 今回は随分手こずらせてくれたねぇ。10歳になる前に居場所だけは把握しておく予定だったのに。数日前に見つけたばっかりなんだからね。ふふ、今回ばかりはこの国……いや、あの商会に用事があってよかったよ」
「っ……」
「あれぇ、さっきから喋ってないなぁ。だいじょーぶ、今は誰にも危害を加えないよ。だから安心して?」
そんなレインの言葉に、リウが思い切りレインを睨み付けた。
憎悪の籠った声がリウの口から漏れる。
「ヴィレイン・アージェストリ……! 何を企んでっ」
「待っていて」
狂気に染まった声がリウの言葉を遮った。
くるり、くるりと回りながらレインが頬を染める。
「やっと見つけた、やっと再会出来た。……だけど、待っていて、僕の初恋の人。君が初めて憎んだ人である僕が、迎えに行ってあげるから。三年後。きっと、君の国は栄えてることだろうね。だから、僕が絶望と一緒に迎えに行ってあげるから。それまで待っていてね、僕のお姫様?」
ダンスが終わり、拍手に包まれていることをぼんやりと理解して。
リウは、ディーネとリエラに連れ出された。