闇取引
ラーデンを勧誘したリウは、しっかりとその瞳を見据えながら微笑む。
リエラとディーネは、その様子をじっと眺めていた。
ラーデンは迷うような素振りを見せながら口を開く。
「もし私が勧誘を受けるとしたら、具体的な仕事内容はどのようなものになるのでしょうか?」
「そうねぇ……まぁ、頼みたいのは金銭の管理かしらね。里だったものを国にしただけだもの。お金に触れる機会は少なかったでしょうから配下たちに任せるには少し不安なの。商会を開きたいなら土地も用意するわ。要望も出来る限りは叶える。働いてもらうのだから給料もあげるわよ?」
「……いえ、しかし……」
渋るラーデンに少し不満げな表情をして、リウが静かに口を開いた。
隣に座る不機嫌そうなディーネと心配そうな眼差しを送ってくるリエラと話をするためにも、リウとしては早く勧誘を受けて欲しいのである。
「あなたが勧誘を渋る理由は? 国の治安? それともまだ発展していないから? 勧誘さえ受けてくれるのなら、別に今すぐ来なくても問題は無いのだけど」
「リウ様」
ラーデンが静かな瞳でリウを見た。
その瞳の奥にあるのは、覚悟と拒絶。
それを見て、リウはその顔から笑みを消し、真剣な表情でラーデンの言葉に耳を傾けた。
「私は、所謂闇取引に手を染めております。違法な奴隷の売買などですね。そして、闇取引に手を染めている以上、どこかから恨みを買っているようなのです。……闇取引をしている以上、その申し出を受けるつもりはありません。あなた様の国に被害が出るかもしれないとなれば、尚更。申し訳ありませんが、他をお当たり下さい」
ラーデンが静かな言葉で告げた。
リウは数秒の沈黙を挟み、そしてラーデンに話しかける。
「――それが、なに?」
リウが笑顔で告げた言葉に、ラーデンが言葉を失って呆然とした表情を晒した。
悠然とした笑みをそのままに、リウは足を組んですっかり冷めてしまった紅茶に口を付ける。
「あなたがそれはもう心が綺麗な人ということは理解したわ。……けれどね、もう手遅れよ?」
くすくすと笑うリウに、何を言っているのか分からないとでも言いたげな表情をするラーデン。
そんなラーデンに、リウは――
「だって、もう既に狙われてるもの」
キンッ、と何かを弾く音が響いた。
笑みを浮かべるリウの手には刀が握られていて、その足元には小さなナイフが転がっている。
「っ、まさか……!」
「既に捕捉されてたみたいね。防音のお陰で私たちの正体を知らないから、弱そうだと思って人質にしようとしたらしいわよ?」
「お、お逃げ下さい! 犠牲になるのは私一人で充分です!」
「あら、やっぱり心の清い人だこと。でも許さないわ。……ディーネ」
リウが声をかけると、ディーネがリウの背後に陣取った。
不機嫌そうな顔のまま目の前に両手を翳す。
『ああもうっ、りーちゃんのトラブル体質……! 私はもうりーちゃんの契約精霊じゃないのにぃ! 〝精霊守護領域〟!』
「ふふ、久しぶりに見たわね。相変わらず長い名前だわ」
『しょうがないでしょこういう魔法名なんだから!』
ラーデンとリエラの前に薄く青色に輝く結界が現れた。
先ほどディーネが発動させた精霊のみが扱える魔法、精霊魔法の一つ〝精霊守護領域〟の効果である。
この魔法は精霊の特別な力で構成された結界を生み出すというもので、物理攻撃は絶対に通さず、魔法でも効き目は薄い。
相性の悪い属性の魔法なら通さなくもないが、それでも結界に入るダメージなど微々たるものなのである。
薄く青色に発光しているのはディーネが水の大精霊だからというのが理由だ。
「わ、わたくしはどうすれば……」
迷うようにリエラが呟いた。
その瞳はゆらゆらと揺れていて、今の状況を把握出来ていないらしい。
「私が弾いたナイフ拾って固有スキルの〝属性付与〟で毒属性を付与しなさい! 進んで攻撃はせずに迎え撃って!」
リウが大声で指示を飛ばした。
その声で慌ててリエラがナイフを拾い、ぎゅっと握る。
固有スキルというのは特定の種族が必ず持っている、種族特性のスキルを指すものだ。
先ほどの〝属性付与〟は純血竜が持っているもので、自分が司る属性を武器などに付与出来るというものである。
リエラが迎撃に専念している間、リウは刀を片手に部屋の中心で仁王立ちしていた。
その背後には宙に浮いているディーネも居る。
敵が一人、リウに斬りかかった。
「あはッ! いいわ、とってもいい……! もっと来なさい、まだ戦えるでしょう!? 少しだけ私のストレス発散に付き合って頂戴な! あはっ、あはははははっ!」
リウは、戦闘狂を発揮していた。
非常に怖い。
なお、ディーネによると一度スイッチが入ったリウは相手を殲滅するまで止まらないらしく……とりあえず、殺された暗殺者は途轍もなく無残な状態になっていたとだけ告げておこう。
やっとリウちゃんの戦闘狂出せました。
ちょっと狂気的なレベルですが。




