里長の頼み
純血竜が住む森に現れたという魔物を倒したリウは、現在里長フローガの自宅で三人と向き合っていた。
一人は、里長であるフローガ。
もう一人はフローガの妻と名乗った薄緑の長い髪を緩く結んで前に垂らした薄緑の瞳のセラフィア。
そして、最後は二人の娘、人の姿でははじめましてのレアだった。
レアは短めの銀の髪をサイドテールにしていて、空色の瞳を持つ非常に可愛らしい美幼女だった。
「どうして大集結しているのか分からないけど、魔物は倒したわよ?」
「ありがとうございます、リウ様。重ね重ね申し訳ないのですが……もう一つ、お願いしたいことが」
「……話は聞きましょう。でも、受けるかどうかは別よ」
フローガの言葉にそう答えると、リウは真剣な表情を見せた。
三人揃って、切実な雰囲気を纏っていたからだ。
「ここからは私が説明致しますね、リウ様。夫、フローガはこの手の話はあまり得意ではないのです」
「構わないわ、続けて」
セラフィアがおっとりとした笑みを浮かべながら名乗り出た。
リウは説明してくれるならいいと頷き、続きを促す。
「この森を抜けてすぐに、大きな国があるのはご存知ですか?」
「……ブリガンテ帝国ね」
「はい。数週間ほど前に、帝国の使者がこの里にやって来たのです。丁重に出迎えて要件を聞けば……この場所を、帝国の新たな土地としたいと」
「国の所有地ではないとはいえ、純血竜が住んでいる以上この場所は純血竜達の物。そう決められているはず。新たな、ということは元は誰も所有して居なかったということよね。……あなた達はどうなるの?」
「それが……帝国の兵となるなら、歓迎する。だが、ならないのなら追い出す、と」
「あの国がやりそうなことねぇ……」
リウが溜め息を吐いた。
ブリガンテ帝国とは、各地に侵略を繰り返すことで国を発展させてきた国である。
要は、帝国は竜という戦力が欲しいのだろう。
人よりも遥かに強力な竜を利用して、侵略を進めたいのだ。
「ですが、ここを帝国の土地にしたくないのなら……三年以内にこの場所をもっと発展させ、国王を据え、城を立てて街を作れ、と……」
「小規模の国を作れば見逃すということ? ……あぁ、国として確立したら侵攻して属国にするつもりなのね」
ブリガンテ帝国は国民全員に出兵させるような国である。
住民が増えるということは、即ち戦力が増えるに等しいのだ。
無論、ブリガンテ帝国とはいえ少数精鋭で出陣することもあるのだが。
「はい。……そこで、お願いが御座います。リウ様。国を建てて頂けませんか」
「……小規模とはいえ、国は国。幾ら私といえど難しいんじゃないかしら?」
「ご先祖様の手帳に、リウ様はあらゆる物質を作り出すことが出来ると書いてありました。少なくとも、時間をかければ出来なくはないのでは?」
「……あの子、余計なことを書いてくれるわね」
リウが溜め息を吐いた。
そして、切実な様子の三人を見据える。
「いいわ。創ってあげましょう。国王はどうするのか知らないけど」
「……国王の座、引き受けてはくれないのですか? 私たちに政治の知識などありません。ですが、リウ様はとても長生きでいらっしゃいます。完璧でなくとも、ある程度の知識くらいはあるのではないでしょうか」
「……はぁ。この里に住まう全員が納得したらね。まずは建物だけでも創ってしまいましょう。里の者に説明なさいな」
諦めたように溜め息を吐いて、リウがそう告げた。
フローガが立ち上がり笑顔で外へ出ていく。
「申し訳ありません。本来ならば私たちで解決すべきことです」
「別にいいわ。大切な場所を無理矢理に奪われるのは辛いでしょう。それなら、自分から誰かに渡した方がまだマシだものね」
「……リウ様は、信用出来る方みたいですから」
「ふぅん……信用されているのなら、期待に応えてみましょうか」
微笑みを浮かべてリウはそう告げた。
それまで黙っていたレアがリウに近付く。
「リウ様。出来るだけ、お手伝いしますから、だから……この場所を、貰って下さい」
「まぁ、あなた達がいいならいいけれど」
しばらく寛いで待っていると、フローガが帰ってきた。
リウの正面に座ると、嬉しそうに告げる。
「みな、リウ様ならばいいと。国王の件も承諾してくれました。どうぞ、外へ。国を作りましょう」
「……ええ。二人も見るかしら? 見世物じゃないけれど、規模が大きいから壮観だと思うわよ」
振り向きざまに告げられたリウの言葉に、セラフィアとレアが顔を見合わせると立ち上がって一緒に外へ出た。
里の住民は一箇所に集まっている。
あの場所でフローガが説明したのだろう。
リウは集合しつつ興味津々な様子で眺める純血竜たちを一瞥して、その場で地面に手を翳した。
「〝物質創造〟」
リウが良く通る声で静かに告げた。
碧色の混ざった黄金の魔方陣が広がる。
魔方陣は里の端へ、そして更に奥へと広がっていく。
目の前の景色が瞬く間に変化していく様子を見て、リウ以外の全員が目を奪われ、数分もしない内に里の中心には巨大な城が出来上がっていた。