屋台の美味しいもの
俯いて黙り込む私にお母様が話しかけてくる。
「気持ちは分かるわ。私も同じだったもの。でもね、リルちゃん。あまり気にしすぎないで、ね?」
「……はい」
頷いた。
気にしても仕方無いことは理解しているから。
深呼吸をして、ゆっくりと微笑む。
「暗い雰囲気にしてしまって、申し訳ありません。まだ不安ですが……頑張って気にしないようにしますから、お母様こそどうかお気になさらず。今はそれよりも食事をしましょう」
「……ええ、そうね」
お母様はなにか言いたげだったけど、私の顔を見てやめた。
本当に気にしないように努めているって分かったのかもしれない。
「あのね、おかあさま! きいて!」
少し暗い雰囲気になってしまってなんとも言えない空気が流れる中、リアが明るくお母様に話しかけた。
空気が元に戻っていく。
リアは本当に優しい子だ。
大事なお話には無理に割り込まないし、暗い雰囲気が流れていれば明るい声で暗い空気を払拭する。
本当に、いい子。
「あのね? わたしね、おねえさまとね、おまつりいくの! いろんなところいっぱいいくってやくそくしたんだよ!」
「あら、よかったわね。じゃあお小遣いは多めに渡しちゃおうかしら。お姉様といっぱい楽しみたいものね」
「うん!」
……そうだ、お金には限りがあるんだった。
じゃあ、お祭りの時はちゃんと考えてお金を使わなくちゃ。
お母様のお話を聞いている感じだと、多めに渡してくれそうだけど……
「あぁ、でもレクスと宰相の許可を得なくちゃね」
「さいしょーさまのきょかもいるの?」
「ええ。私たちはね、リルちゃんとリアちゃんをついつい甘やかしてしまうから、やりすぎないように宰相がその管理をしているのよ。予定よりも多く渡すっていう提案はできるけど、許可を貰えなかったら多く渡せないの」
確かに、お父様とお母様は随分と私たちに甘い気がする。
リアが勉強が難しいと言ったときなんて、勉強の難易度を下げようかと笑顔で言ってきたくらいだし。
リアが難しいけどちゃんとできるからと言ってお父様とお母様を止めていたのを覚えている。
「お母様は、お祭りに参加したことありますか?」
ふと気になって尋ねた。
お母様はあまり自分のことを話さないから、よく知らない。
……というよりも、自分より私たちを優先してる感じがする。
自分のことを話すよりもリルちゃんやリアちゃんの話を聞きたい、とか前に言っていたような気もするし。
「私? ええ、あるわよ。聖女時代にレクスとのデートも兼ねて楽しんだの」
「おかあさまとおとうさま、むかしからなかよし?」
「ええ、そうね。ふふ、楽しかったわ」
昔を思い出したのか、お母様が一人小さく微笑んでいた。
お祭り、やっぱり楽しいのかな。
お祭りの時は屋台がたくさん出たりするらしいけど、詳しくは知らない。
今度、時間がある時にでも調べてみようかな。
……でも、目の前にお祭りに参加したことのあるお母様が居るんだから、お母様から聞いた方が早いよね。
「お母様。お祭りには屋台が出るんですよね。どんな屋台があるんですか?」
「屋台は、そうね……お菓子だと、クッキーは幾つかあるわね。あとは冷凍果実とかかしら?」
「おかあさま! れーとーかじつってなぁに?」
リアが尋ねた。
……確かに、リアは聞いたことはないかもしれない。
夏はデザートに出るから、食べたことはあるはずだけど。
「冷凍果実はね、果物を凍らせたもののことよ。ほら、夏にシャリシャリした果物がデザートで出るでしょう? あれが冷凍果実よ」
「あのおいしいの!? たべたい!」
……冷凍果実は買おう。
リアが喜びそうだし、私もあれは好きだし。
「夏は暑いから、冷凍果実はかなりの数の屋台があるのよね。前に参加した時に飲んだ氷の代わりに冷凍果実を入れた果実水は美味しかったわね」
果実水。
たっぷりの果汁を水と混ぜたもの、だっけ。
確か、前に一回だけ飲んだことがある。
少し薄かったけど、さっぱりしてて美味しかった。
「おかあさま! ほかにおいしそうなものあったー?」
「他には……そうね。お肉が果実水とすっごく合うのよ」
「おにく? おにくがやたいにうってるの?」
「……えっと……食べる場所が近くにあるんでしょうか」
お肉が、屋台に……?
屋台のものは食べ歩きするイメージがなんとなくあるけど、近くに机とかがあるのかな。
「ふふ、リルちゃんとリアちゃんはお城でしか食事をしたことがないものね。屋台のお肉はね、一口サイズのお肉が何個か串に刺さっていて、それをそのまま食べるのよ。あ、でもリルちゃんとリアちゃんはまだ小さいから、何口かかかるかしら」
うーん……ちょっと想像しずらい。
私にとっては、お肉と言えばフォークとナイフで食べるものだし。
串そのものは分かるけど、串に刺さった食べ物っていうのは見たことがない。
……今度、庶民が食べる料理も勉強してみたいな。
旅にも役立ちそうだし。
「私が食べたものはちょっと味が濃かったのだけど、それが果実水と合ったのよね……懐かしいわ……」
……思い出に浸っているお母様は放っておこう。




