聖女
しばらくリハビリを行っていたレアだが、すぐに疲れてしまい現在はむすっとした表情で休憩を行っていた。
もっとやりたかったらしい。
「リウ様~」
「駄目」
「……まだなにも言ってないのに」
先ほどからこんな調子なのである。
レアがずっと不機嫌なので甘いお菓子でご機嫌取りをしつつ、リウがディーネに話しかける。
「ディーネ。レアの体調が悪かったのは魔属性に染まりかけていたからなのは判明したけど、どうしてヴェルジアは情報を制限したのかしらね?」
『……魔海が原因だからじゃないの?』
「違うわ。だって、前まではそんなこと一度も無かったもの。今回の魔界に異変なんて無かったし」
『ふぅん、じゃあ他のことなんだ』
ディーネがなんで制限したんだろうと首を傾げる。
リウは溜め息を吐き、憂いを帯びた瞳でレアのことを見つめていた。
「……んむ? どうひまひた?」
「レア、飲み込んでから喋りなさい」
「んん~……」
レアが口の中のものを飲み込み、紅茶を飲んでから不思議そうな瞳でリウに尋ねた。
「それで、じっと私のこと見てますけどどうかしました? 私、お菓子に夢中で話聞いてなかったんですけど……」
「ヴェルジアがね、情報を制限してるみたいなの。どんな情報を制限したのかは聞いてないけど……」
「そうなんですか。でも、なんで私のこと見てたんですか?」
レアが首を傾げるが、リウはふいっと目を逸らしてしまった。
それを見て、ディーネがリウに尋ねる。
『れーちゃんに関係あるの?』
「……ええ。ただの推測だけれど……」
『推測でもいいよ、教えて?』
ディーネにそう言われて、リウがレアの頭を撫でながら口を開いた。
「……ディーネ、魔属性に対抗できるのは?」
『えっ? えっと、聖属性だよね』
「そう。……無属性は本来、違う魔力に触れると一気にその魔力の属性に染まる。レアが今まで無属性のままでいられたのは、レアという人格があったからある程度は無意識下で属性に抵抗できていただけ。今回は魔属性の濃密な魔力に長時間触れていたから、抵抗できなかった。でも、おかしいの。抵抗できなければ、本来は一瞬で魔力が染まってしまうはず」
『りーちゃん? なにが言いたいかよく分かんないんだけど……』
ディーネが困惑気味にそう言うと、リウはゆっくりと口を開く。
「無属性は本来、一瞬で触れた属性に染まる……なら、その属性に対抗できる属性も一緒に持っていたのなら?」
『……それって、つまり』
ディーネが息を呑んだ。
続く言葉を、悟ってしまって。
「レア」
「ひゃい!」
ビクリと肩を震わせながらレアが返事をする。
リウは優しくレアの銀髪を撫でながら、ゆっくりと、されど確かに言った。
「あなたは、聖女なの」
「……もしかしたら、たまたま聖属性を持ってただけかもしれないじゃないですか」
「ありえないわ。聖属性は、勇者と聖女しか持ってない。……いえ、逆ね。聖属性を持っている存在こそが、勇者と聖女なの。だから、聖属性を持っているあなたは聖女なのよ」
「……でも、私が聖女なら……私は……リウ様の敵って、ことですよね……?」
「……そうね。でも、絶対に敵対関係になってしまうわけじゃない」
リウがにっこりと優しく笑った。
レアを抱き締めて、告げる。
「あなたは、私の味方がいいんでしょう?」
「……はい」
「だったら、敵対なんてしなくていいの。あなたは聖女。なら、あなたの聖女としての在り方も、あなたが自分で決めなさい」
「聖女としての在り方……」
リウの言葉をレアが反芻した。
そして、ふと気になったように尋ねる。
「……聖女は、勇者の補佐でもあるんですよね」
「そうね」
「なら、私の勇者はどこにいらっしゃるのでしょうか」
「さぁ? 知らないわ。その内会えるんじゃないかしら」
「なんだか、急に適当ですね」
不思議そうにレアが言った。
リウがにっこりと不穏なものが見え隠れする笑みを浮かべて告げる。
「勇者なんて、どうでもいいでしょう? 勇者にレアは渡さないわ」
「わ、渡す……?」
『あー、あったね。勇者と聖女が結婚するしきたり』
「けっ……!? け、結婚ですか!? 私勇者と結婚させられちゃうんですか!?」
「勇者にレアは渡さないっ!!」
『……れーちゃん、それが嫌だからりーちゃんはこうなってるんだよ』
「な、なるほど」
リウがまだ見ぬ勇者に敵意を燃え上がらせているのを見ながらレアが頷いた。
リウがぎゅうぎゅうとレアを抱き締めながら呟く。
「あの忌まわしきしきたり……ッ、よもやレアまでも毒牙にかけようとは……いつか絶対に、この世から抹消してくれるわ……!」
『りーちゃん、なんで口調変わってるの? 怒ると口調変わるの?』
正解である。
怒りのあまり声質まで変わっている。
レアは自分のために怒ってくれるリウを嬉しく思ったものの、リウの怒りが増すにつれてレアを抱き締める力も強まっていき窒息死しかけてしまうのだった。




