学園改造大作戦①
とある日。
リウが仕事をしていると、コンコンとノックの音がした。
「……ん……あら、この気配はもしかして――」
「じゃーんっ。来てほしそうだったから来てあげたよ、リウ! 今時間大丈夫?」
リウが目を丸くしていると、入室を許可するよりも先に扉が開き、そこからルリアが姿を現した。
リウは嬉しそうに微笑みながら立ち上がると、駆け寄ってルリアを抱き上げる。
「来てくれたのね! 嬉しいわ! 今日はどうしたの? 何か用事? ディーネには会った?」
「わ、ちょ……し、質問が多いよ。ねーさまには後で会うつもり。今日は学園のことで来たの。ほら、前に学園を改築するって言った時、関わりたいって言ってたでしょ? 秘書ちゃんと相談して、結論が出たから伝えに来たんだ」
「まぁ! そう、そうなのね。それで、どうなの? 私は――ノルティアナは関われる?」
「うん。どのくらい関われるかどうかは、ちょっとリウにも色々確認しないと結論が出せないんだけど……一先ず、こっちで提案したいのは、ノルティアナと学園を転移の魔法陣で繋ぐこと。現状、僕の学園は、僕の国……シェイタンガンナの子しか受け入れてない。僕の国は悪魔の楽園だからね。ただ、今回の改装で、ちょっとずつ他国の人たちも受け入れようってことになったんだ。そのために、魔法陣で簡単に行き来できるようになったらなって!」
キラキラとした目でそんなことを語るルリアに、リウはなるほどと軽く頷いた。
そして、少し考え込む素振りを見せると、首を傾げて尋ねる。
「それ自体は、構わないけれど……寮じゃダメなの?」
「ダメじゃないけど、この方がいいって判断! こっちとしても、学生たちが他種族を受け入れられるのかは未知数なところはあるから……寮じゃ、逃げ場所が無いでしょ?」
「ああ……そういうこと。種族間でのトラブル回避の意味合いが強いのね。ふむ……なるほど。やるけれど、私は直接は動かないわよ? 色々手配しないと……」
「それで大丈夫。利益とかは……まだ何も決まってないから、後で相談するとして。確認したいんだけど……リウが持ってる貴重な資料とかって、ノルティアナから貸し出せる? あ、原本じゃなくて大丈夫だからね!」
「資料? 私の資料をノルティアナの名義で……教材として使うのかしら。んー、そうねぇ……見せられるものとなると、判断が難しいけれど……どんなものが欲しい? 教材になるもの全部? 魔法関連だけとか、条件はあるかしら」
リウがそう確認すると、ルリアがふるふると首を横に振った。
どうやら条件は無いようなので、リウは一度瞬きをしてから、ふぅっと息を吐き出す。
そして、悪戯っぽく微笑みながら、ルリアに向かって言った。
「となると、提供できるのは千冊近くになるかしら。本じゃなくて、紙も含めるならもっと行くわねぇ」
「せ、千……冊!? もっとある……!? なんでそんなに持ってるの!?」
「知識の収集は最高の暇潰し。私にとって新鮮なものはほとんど無かったけれど、人間たちがどこまで至っているのかを知るのはそれなりに楽しかったから。興味深い論文とか、見つけ次第確保していたの。あとヴェルジアがちょくちょく顔を見に来てくれたりしてたから、興味のありそうな情報を置いていったりしてくれたりしてね。ふふっ」
「うわぁ……ヴェルジア様からの情報? 信憑性しか無くて怖い……っていうかそんなにいらないよ! もうちょっと絞り込も! えっと……とりあえず、複雑すぎるのは無し! あと……え〜と……」
頭を押さえながら必死に絞り込もうとするルリアにくすくすと微笑み、リウがその頭を撫でた。
そして、目を丸くするルリアに向かって言う。
「教科書とか、教えることのリスト、ある? それを参考に、こっちで絞り込んでおくわ。関係の無いものは排除しておくから。学園って、本を置くところはあったかしら……あるなら、いくつか面白いものを選んで提供してあげる。それでいい?」
「あ……うん、ありがとう! でもいいの? 資料室ならあるけど……読まない子の方が、きっと多いよ」
「興味のある子が読めばいい。それが誰かの糧になってくれたら、もっといい。ああでも、ちゃんと学生たちに、こんな資料を追加したって教えてあげるのよ? それがあると知る機会が無ければ、知ろうとすることもできないから」
リウが微笑みながら言うと、ルリアがもちろんと言わんばかりに頷いた。
そして、他に何か確認することは、と考えるように目を伏せる。
「……あ、そうだ。ねぇリウ、転移の魔法陣……どれくらい時間があれば繋げられるか、わかる?」
「ああ……そうねぇ。どのくらい……構築自体は、数日もあれば充分でしょう。どれだけ長く見積もっても一週間。問題は座標の固定……即ち、シェイタンガンナと繋げる作業だけれど……」
「そっちは任せてくれていいよ。悪魔は肉体があったり無かったりする種族だからね! 知ってると思うけど、肉眼で捉えられないものを視るのが得意な子もいっぱいいるよ! ……にしても凄いなぁ、転移の魔法陣の構築を数日で……それ、リウは関わらないんでしょ?」
「安全確認は私が行うけれど……まぁ、そうね。私が関わっちゃうと、あの子たちが成長できないし、あと、色んな人の目に触れるわけだから、研究資料になっちゃいそう……」
リウの魔法は、常人のそれとは根本的に異なるものだ。
もちろん合わせることはできるのだが、そもそもが神になっている影響で、魔力そのものが異質ではある。
学生が利用するものが、研究資料になってはいけない。
色々なものを無視して突っ走る研究者などは、どんな時代にもいるものだと知っているから。
というわけで、リウがやるわけにはいかなかった。
「リウが直接作ったってだけで、話題になっちゃうもんね。魔王だし」
「そうなの。面倒な立場よね……はぁ」
深い息を吐き出して、リウは唇を尖らせた。




