ifストーリー 楽しい学園生活㉘
二人分のお茶を作り、ヴェルジアが席に戻ってきた。
そして、期待するように目を輝かせるリアの前で丁寧にお土産を手に取り、眺める。
「……何回見ても蟹だねぇ。蟹の味しそう」
「ふふっ……そうですね。そうかもしれません。さ、ヴェルジアさん! 早速食べましょう!」
「うん。いただきます……あ、美味しい」
「ん……ふふ、素朴な味で、なんだかほっとする気がします。お茶も美味しいです!」
「それは良かった。もう一種類あるみたいだけど……そっちは?」
「ああ、そうですね。……念の為、お口直しに確実に美味しいものは残しておくべき、でしょうか」
「え?」
少し不穏なことを呟くリアにヴェルジアが頬を引き攣らせると、リアは袋からもう一つのお土産を取り出した。
お土産はこれで終わりだな、と確認しつつ、ヴェルジアはそれを見る。
「……これの……蟹味?」
「蟹味です。見た目通りの」
「……え、えー、と……味の想像が付かない……」
「だから買ってきたんですよっ。ヴェルジアさん、こういうのもお好きでしょう?」
「嫌いじゃないけど、先に一言欲しかった……いや、うん、まぁ楽しみではあるよ。ありがとう」
ヴェルジアが困った顔をするとリアがあからさまにしょんぼりしてしまったので、ヴェルジアがすっと言葉を方向転換させ、お礼を言った。
嬉しいのは確かである。
少し心の準備がしたかっただけで。
「…………さて……食べようか」
「はいっ。ええと……蟹の身が生地に練り込んであるそうです。中は無くて、生地がぎっしりな感じで」
「なるほど、逃げ場が無いね。大丈夫かな……美味しければいいんだけど……」
「逃げ場って……そういう言い方はどうなんでしょう。不安が残るのは確かですが」
「これを作った人には申し訳ないけど凄く不安だよ。物凄くドキドキしてる」
「遊園地に行った時、二人で観覧車に乗ったでしょう。あの時と比べたらどっちの方がドキドキしましたか?」
「ベクトルが違う」
ヴェルジアが真顔で答え、かに饅頭を手に取った。
しれっとドキドキしたことは否定しなかったのだが、リアがそれに気付く様子はない。
リアもかに饅頭を手に取り、こくりと唾を飲み込むとそれを口に運んだ。
ほぼ同時にかに饅頭を口に入れた二人は、そのまましばらく黙って咀嚼する。
「……ん、……んん〜?」
「……う、ん、……なんだこれ……え……これ蟹? 蟹味?」
「そうですね」
「蟹……では、無いような……あ、でも蟹入ってる。でも蟹の味はしないよね? この味なんだろう」
「……蟹の味はしませんが、なんだか美味しいです。もう一つ食べてもいいですか?」
「あ、うん、もちろんだよ。リアが買ってきたものだし……僕も食べる。……美味しいんだけど、蟹の味がしない……知らない味がする……」
美味しいのだが、蟹ではないという結論になり、リアとヴェルジアが顔を見合わせた。
そして、どちらからともなく笑い合うと、楽しそうに食べ始める。
ドキドキの変わり種の味はわかったので、ここからは単なるお家デートである。
ヴェルジアは頑なにデートとは認めないが。
「ごちそうさま。結構美味しかったね。……一日で食べちゃって、勿体ない気がしないでもないけど……」
「私は楽しかったですよ。ヴェルジアさんも楽しかったのなら……私はそれでいいと思います」
「……うん、そうだね。リアと食べれるのは今日だけかもしれないし。なんだかんだ、忙しいもんね」
「そう、ですね……私は次女ですから、お姉さまほどではありませんが……さ、最近成績が落ちてきてるから、流石に……勉強にも集中しないと……も、戻さないと、お姉さまに怒られる……」
「困ったらおいで。リウの方が教えるの上手だったりはするだろうけど……中学生の範囲なら、もちろん僕でも教えられるからね。リウが忙しくて教える時間が無くなっちゃったり、怒られて気まずくなったりしたら、いつでも頼っていいからね」
ヴェルジアがそう言ってリアの頭を撫でると、リアがはにかみながら頷いた。
そして椅子から降りると、ヴェルジアに駆け寄って抱き着く。
「嬉しいです! ヴェルジアさんは、勉強できるんですか? 思えば、ヴェルジアさんの学生生活のことなんて、聞いたことがありません!」
「えー……うーん。まぁ、それなり?」
「そもそもどこの大学に通っているんですか?」
「教えない。突撃してきそうだから……」
「そんなことしません!」
「本当に……? ……ああ、そうだ。次っていつ空いてる? また一緒に出かけよう。どこ行きたい?」
「デートですね! ええと、予定は……あと数日は難しそうですが、その後なら三日くらい空いています。場所は……うーん……あ! 水族館に行きたいです! 海に行ったので、泳いでいる魚を見かけてっ。もっと色んな魚が見てみたくて!」
「わかった、じゃあ色々情報とか集めておくね。もう少しくつろいでいく?」
「はい! お家デートなので!」
デートじゃない、と軽く否定しつつ、ヴェルジアがリアをソファーの方へと誘導し、一緒にくつろぎ始めた。




