レイン、行動を禁止される③
逃げないように、と。
そんなことを言うリウに、レイシェが息を呑んだ。
そして、不安そうにリウの服の袖を掴み、首を傾げて尋ねる。
『お兄様に、そんなことを言うだなんて……その治療法というのは、そんなに苦しいんですの?』
「えっ? あっ、ご、ごめんなさい、言い方を間違えたわ! 違うから安心して。大丈夫だから……その、ね、治療法が……何もせずに大人しくしておくことだから。レインは、何かしていないと気が済まないんじゃないかと思って……」
『何もせずに? ……でも、病人は大人しくしているものですわよね? それなのに、一般的には、治療法は見つかっていないんですの?』
「もちろん、それだけではないから見つかっていないの。ちゃんと説明するわね」
不思議そうにするレイシェに頷き、リウが息を吐き出した。
そして、眉を寄せながら説明を開始する。
「そもそも、魔力喪失というのは魔力の器が割れることが原因よ。コップは割れたら元には戻らない。そして魔力の器も、同じように戻りはしない。これを何とか修復するのが、今私がするべきこと。それで……器が割れた原因だけれど……器に負荷が掛かりすぎたの。数多の人生を経験し、ギフトを積み重ねたあなたの魔力。それは、あなたの器には収まり切らなかったみたいね?」
「……でも、これまでは」
「封印による弊害と言えるでしょうね。これまで、魔力が長時間満たされたままということは無かったのでしょう。封印されたからこそ魔力の使用が減り、魔力は器から溢れてしまった。これで説明はおしまい。今後の対策は……いえ、とりあえず治療が先ね。修復するけれど……私、邪神でもあるから……あなたの魔力に浄化されて、あまり効率が良くないの。一朝一夕では無理よ。だから、修復が完了するまで、一切動かないで。動くだけで魔力も動いちゃうから、動くのは必要最低限にして」
リウが強くそう言うと、レインがそっとリウを見た。
そして、力の無い小さな声で尋ねる。
「それ、って……どこまで……」
「運動とか、日光も浴びさせてあげたいのだけれど……ちょっと難しいわね。できれば寝たきりがいいわ」
「……むり」
「だから言ったの、逃げないでねって。……ある意味、凄まじく辛いでしょうけれど……なるべく早く終わらせられるよう、頑張るから。我慢して頂戴な。できれば寝たきりがいいけれど、身体を起こすくらいなら大丈夫だから。読書も大丈夫だから、本を持ってきてあげるわね。こうなるまで見抜けなかった私も悪いから。だから動かないで」
『動かないのも、それはそれで良くは……いえ! わたくしにお任せくださいまし、リウ! わたくしが、完璧にお兄様をお世話してみせますわ!』
「ええ。でも、無理はしなくていいから。確認したら、ディライトも協力してくれるって。あれは、からかい目的な気もするけれど……まぁ、いいわ。私も治療のために通うことにはなるから、お世話はする」
リウがしれっと告げた言葉に、レインが顔色を悪くした。
リウにお世話をされる。
嫌と言えば嘘にはなるのだが、かといって歓迎もできない。
こんなにも弱っている状態の自分を何度もリウに見られて、お世話をされてしまうらしい……と、レインは絶望した顔をする。
「とりあえず、応急処置はするわね。これだけでもだいぶ良くなるはずだから……魔力を抜いて……一先ず、私の魔力で器に空いた穴を塞いでおくわね。一日くらいはこれで持つでしょう」
「……」
「拗ねないの。仕方ないでしょう、治療のためなんだから……こほんっ。その、ごめんなさいね。急だったから、ちょっとあんまり時間が取れなくて……応急処置はしたから、今日はこの辺りで戻るわね。今日は視察もあるから……そうだ、ルリアにも会っておかないと。しばらく時間を取れなさそうだものね……とにかく、安静にしておくように! レイシェ、監視は任せたわ! 治療法があるとは言っても、大変な病気だから! 命に関わるようなものだから、甘やかさないで! あっ、いえ、ある意味甘やかし尽くすのが正解なのだけれどっ……」
『お任せくださいまし! お兄様の要求は適度に無視しつつ、完璧にお世話してみせますわ! わたくし、お兄様のことは大好きですけれど、盲目的になりすぎるつもりもありませんから!』
レインのことは大好きだし、その罪にも大きな怒りは示さないほど、レイシェは兄のことを愛している。
だが、叱らないほど甘くはないし、一切怒らないほど盲目的ではない。
レイシェは、必要ならレインの要求を無視できる。
そんな確信を得て、リウが安心して小さく頷いた。
「任せたわ。何かあればすぐに連絡してね、緊急ならすぐに駆け付ける。話があるなら、なるべく早めに時間を作るから」
『はい!』
レイシェの返事にリウがぱっと笑顔を浮かべ、手を振りながら転移で城に帰った。




