レイン、行動を禁止される②
それからしばらくして。
研究員たちもそろそろ出勤してくる時間になったので、レイシェが元々医者だった研究員を呼んでいた。
レインのことは心配だが、天界でとても美味しいご飯を食べたので、レイシェは機嫌よく医者をレインの元へ案内する。
『こちらですわ。……逃げ出したりしていないといいのですけれど』
なお、マリーツィアはレイシェが帰ってきた時、入れ替わりで天界に帰っている。
というわけで、レイシェが呼び出しに向かっている間、レインは一人だったわけだが。
「おーい……入るぞ?」
『……眠っているのでしょうか?』
そんなことを言いながら二人が部屋に入ると、レインはぼんやりと壁を見つめて大人しくしていた。
汗を掻いているので、レイシェはレインを医者に任せてタオルを取りに行く。
「おい、生きてるか? 大丈夫か?」
「……おは、よ。……生きてる……」
「おぅ……それは良かった。症状は言えるか?」
「頭痛と……吐き気。吐くほどじゃない。……あと……発熱と……ふらつくのと……目眩もある。あ……咳も少し出る。……食欲は、あんまりなくて……」
「風邪……にしては酷いな、感染症か……?」
「……目の前が……ぐるぐる、する。……ああ……魔力を使い過ぎた時の症状に、似てるかも……」
「魔力を? ……ふむ……確かに、魔力に異常がある気がする」
「ぇ」
「……専門外だな。とりあえず、症状を和らげる薬は知り合いの薬師に頼もう。持ってくるから待ってろ。それで……魔力関連の病気に詳しい知り合いはいるか?」
「……」
その質問に、レインは黙り込んだまま目を逸らした。
すると、タオルと水を持ってきたレイシェが答える。
『それなら大丈夫ですわ。お医者様に診てもらって、ダメならり……こほん、専門家に診てもらうつもりでしたの』
「そうか。なら、その人に任せるとしよう。薬をもらってくる。安静にな」
医者はそう言い残し、去っていった。
その姿が見えなくなるなり、レインは途端に嫌そうな顔をしてレイシェから顔を逸らす。
知られたくなかったし、リウにはこんな弱った姿を見せたくない。
だが、こうなればもはや拒否はできないだろう。
何より、最愛の妹であるレイシェが、レインを逃がしてはくれない。
こうなると、リウも逃がしてくれないかもしれないな、とレインが更に眉を寄せた。
『もう、お兄様ったら……あまり嫌がらないでくださいまし。早く治して元気になるのが一番でしょう?』
「……わかってる」
『リウに弱った姿を見せたくない、という気持ち……わからないでもないですけれど。わたくしも、積極的にはリウにもお兄様にも、そんな姿は見せたくありませんわ。でも、早く元気になった姿を見せて、安心させてあげたいとも思いますの。わたくし……心配ですわ。もし、重い病気だったらどうしましょう……』
「……重い病気、でも。……ダメなら、転生するだけだよ。……大丈夫、大丈夫……」
『ちっとも大丈夫じゃありませんわ、そんなの。お兄様……認識を改めてくださいまし。お兄様にとっては、例え苦しくても慣れたものだとしても。その死に悲しむ者はいます。知っていても、悲しいのですわ。想像するだけで、胸が苦しくなるほどに。……ですから、お兄様……そんなことを、言わないでくださいまし』
不満そうにレイシェが言うと、レインは黙ったままそっとその頭を撫でた。
そして、辛そうな表情を浮かべながらも、優しく微笑むと小さな声で言う。
「そう、だね。……ごめんね」
『わかってくれたなら、いいですわ。……お兄様。そろそろ……わたくしは、移動しますわね。移したくないみたいですし。何かあれば、すぐに呼んでくださいまし。例えどれだけ小さな声でも、必ずすぐに駆け付けますわ!』
「うん……ありがとう」
『お大事に、お兄様。もし眠れそうなら、眠っていてくださいまし』
レイシェがそう言い、心配そうにしながらも部屋から出ていった。
◇
それからしばらくして。
レインがぼんやりと目を開いた。
いつの間に眠っていたんだろう、なんてことを思いながら、レインは身体を起こそうとする。
「あ、起きた……ダメ、寝てて。動かないほうがいいわ」
「……。……? ………………り、リウ……!?」
「おはよう。驚かせてごめんなさいね。でも動かないで、大人しくして。まだ診てる最中だから」
「……い、いや、……その」
「……魔力が減ってる……暴走の兆しとかでは、無い。……回復もしてない。……うん、断定しても良さそうね」
『リウ、お兄様は……』
リウの隣に立って、不安そうにしていたレイシェが尋ねた。
するとリウは、こくりと頷いてその病名を明かす。
「魔力喪失。簡単に言うと、人が持つ魔力が、上限ごと減って、完全に失われてしまうという病気ね。かつてディーネが罹り、ルリアが精霊から悪魔になった原因。奇病であり、一般的には治療法は無いとされているわ」
『……そんな……』
「ふふっ、不安を煽ってしまったわね。ごめんなさい。安心して、二人とも。私なら、治療法を知っているわ。……逃げないで頂戴ね、レイン?」
リウがそう言って目を細め、楽しそうに笑った。




