ノルティアナの舞踏会⑫
普段よりも少し早い時間で試着を終え、リウは現在、メイリーが用意してくれた椅子に腰掛けてレイシェとレインを待っていた。
その間に舞踏会に何を着ていくのかの思案をしており、その瞳はぼぅっと遠くを見つめている。
『リウ! 準備ができましたわ!』
明るいレイシェの声が聞こえてきて、リウがはっと意識を現実に引き戻した。
そして、視線を声が聞こえてきた方に向けると、ぱあっと目を輝かせてレイシェに駆け寄っていく。
「レイシェ! とっても似合っているわ! ……変な虫が付かないといいのだけれど」
『リウ! お兄様みたいなことを仰らないでくださいまし……わたくし、ちゃんとその辺りの自衛はできますわ。元公爵令嬢ですもの! リウもご存知でしょう?』
「知っているけれど……成長したレイシェのドレス姿は、綺麗で綺麗で……いえ、前にも一度は見たのだけれど……!」
「……ねぇ、レイシェのドレス姿が何度見ても可愛すぎて倒れそうになるのは同感なんだけど、完全に無視するのはやめてくれない?」
「え? ああ……うん、似合っているわ。流石メイリーね」
「温度差が激しい……」
レインが無視はやめてと懇願すると、リウがすっとレインに視線を移してその姿を確認したあと、にこりともせずに淡々と感想を述べた。
それも結局はメイリーのことを褒めているだけなので、レインが肩を落とす。
「……まぁ……ちゃんと褒められないのはわかってたからとりあえずいいとして……レイシェのこと、心配になるよね……」
「ええ。だってこんなに綺麗で可愛くて性格もいいんだから……レイシェ、変な人に騙されちゃダメよ?」
「そうだよ、気を付けないとダメ。何かあれば僕に相談するんだよ。大罪人って身分を使って、どうとでもしてあげる。リウの執務室に出入りできる人間って伝えてもいいね。僕の妹に手を出せば、必ずリウの耳に入る。恐ろしいはずだよ、なんてったって最古の魔王様だからね。温厚って噂はあるとはいえ、怒ったらその圧倒的実力で潰されるのは確かなんだし」
「むぅ……潰したりはしないわ。失礼ね」
リウが少し怒ったように言うので、レインが黙ってリウの顔を眺めた。
そして、にっこりと笑顔を浮かべると、首を傾げて尋ねる。
「じゃあ、レイシェに不埒な真似をするのが現れたら? 今回の舞踏会じゃ無いだろうけど、招待客以外からなら、無いとも言い切れないよね」
「レイシェに……不埒な真似? ……ふふ、お望みの方法で、じっくりと反省してもらうわ」
「うん、その顔は絶対不穏なこと考えてるね」
詳細についてはぼかしながらも、目を眇めて綺麗に唇を吊り上げて笑うリウにレインが笑顔で言った。
レイシェはそんな二人に困った顔をして、腰に手を当てる。
『もう、リウもお兄様も、考えが物騒ですわ。そんな人は、お城から追い出す。それでいいではありませんか。そんな人はお城に相応しくないのですから』
「レイシェは優しすぎるよ。そんな奴には地獄を味わってもらうべきなのに……」
「……あら、レイン。面白いことを言うのね。それを言うなら、あなたはどうなるの? ふふ、地獄を見たいということかしら」
「それで反省を示せるなら喜んで地獄にでもどこにでも飛び込んでいくけど、それをさせないのはリウの方だよね?」
「…………んむぅ……だって、廃人になられでもしたら困るもの……歪な形ではあっても、あなたは……あなただけが、本当の不死なんだから……あなただけは、私を置いていかない。絶対に……もう、独りは嫌……」
すっと瞳から光を消してリウが言うと、レイシェがリウに駆け寄って抱き締めた。
レインは奥の部屋に走っていくと、メイリーを呼んで抱きつかせる。
「わぷっ……れ、レイシェ? メイリー……?」
『ダメですわ! 戻ってきてくださいましー! ちゃんと周りを見てくださいまし、リウは独りではありませんわ!』
「リウ様ぁ、私もいますよぉ」
「……あっ……う、うん、ごめんなさい……レイシェ、メイリー。……ただ……昔のことを思い出してしまって……もう大丈夫よ。ありがとう。……レインも、メイリーを連れてきてくれて……ありがとう」
「……ッ、……よしっ……」
はにかみながらリウにお礼を言われ、レインがリウに背を向けて喜んだ。
声まで漏れているので喜んでいるのはバレバレだが。
リウはレインの口から漏れたよしという言葉に首を傾げ、そっとレインの顔を覗き込みながら尋ねる。
「……レイン? よしって……何かしら」
「うわぁ!? ……えっ、……あ……な、なんでもないよ? なんでもない」
「ふぅん。ところで、舞踏会の件だけれど、大罪人のくせに隠し事をするような人はふさわしくないと思うの」
「待ってリウ、別に大したことじゃないから! ただ……一瞬勢いで抱きつきそうになったから、寸前でやめて良かったなぁって思って……」
「……抱きつきそうに?」
「れ、レイシェが勢い良く飛び付いていったから、つい……やってないからいいよね……? 大丈夫だよね……?」
「……まぁ、いいでしょう。今のところは元からちょっと参加は控えてほしいと思っているし」
「良くないよ!? リウぅ!?」
「参加したいなら考えて振る舞いなさい」
「あっ……が、頑張るよ……」
条件を出されているにも関わらず、普通にそれを忘れて振る舞っていたと自覚してレインが落ち込みながらリウの言葉に頷いた。




