ノルティアナの舞踏会⑪
「ッ……ッッ……! ……め、メイリーっ……レインとグルなのね……!? 共犯者なのね……!? れ、レイシェ! 止めてぇ!」
メイリーの仕事部屋の中で、顔を真っ赤にしながらリウが叫んだ。
身に纏っているのは、ワインレッドのドレスである。
リウは青系統か黒のドレスを着ることが多いので、少し珍しい色である。
普段は着ない色ということで、リウは少しだけ難色を示していたものの、メイリーに似合うと何度も言われ、押し切られてしまったのである。
そうしてリウがそれを着れば、確かに似合ってはいたのだが――
「可愛い! 珍しい姿で凄く可愛い! 大人っぽくて可愛いよ! 胸張って大丈夫!」
「私の目と感覚は間違っていませんでしたぁ! お似合いですぅ!」
「やぁあああっ、褒めないでっ……! れ、レイシェ、レイシェ!? お願いだから、止めて……! ……レイシェも共犯者なの!?」
レインとメイリーが興奮した様子で早口で褒めまくってくるので、リウはとても恥ずかしがっていた。
涙目になりながらリウは唯一黙っているレイシェに呼びかけているのだが、何故か返事もないしで、若干パニックになっている。
脱ぐわけにもいかないのでリウが引き続きレイシェに呼びかけていると、ようやくレイシェがハッと肩を揺らした。
目の焦点が合い、やっとレイシェと目が合ったのでリウがぱあっと目を輝かせる。
「レイシェ! お願い、二人を……」
『……あっ……えっ? ……お、お似合いですわ、リウ……』
「レイシェ!? あっ、いえ、嬉しくないわけではないのだけれど! ありがとう! でも今はそうじゃなくて、早くレインとメイリーを落ち着かせて……!」
『へ……? ……あっ!? お、お兄様、ダメですわ! 凄くニヤニヤしていますし、興奮していますし、そんな様子では一緒に舞踏会には行けませんわよ!』
ようやくレイシェがリウの言葉を理解し、先ずはレインに呼びかけ始めた。
肩を揺すり、脅しを交えながらレイシェが声を掛け続けると、レインが目を丸くしてから顔を青くし始める。
「あっ、ごめん、リウ……あまりにも可愛くて……も、もう舞踏会ダメ? せめて参加はしたい……」
「……とりあえずメイリーを落ち着かせてっ。凄く興奮してるから!」
「ふくっ、くひひっ……ふひひっ。ああぁ、麗しいですぅ……リウ様ぁ……」
「目が怖いぃっ。れ、レイシェ……」
「落ち着けメイリー、リウが怖がってる。僕が言えたことじゃないけど」
「レインさぁん、レインさんにも着てほしいものがあるんですよぉ! どれから着ますかぁ!?」
「後で着るから先ずは落ち着いて」
変な笑い方をして、うっとりとした表情をしているメイリーにリウが怯えていると、冷静になったレインが止めに入った。
じっとりとした目をしてメイリーを眺め、自分を壁にしてリウに近付けないようにしている。
「……邪魔しないでくださいぃ、レインさん……」
「落ち着いたら邪魔しないよ。ほら落ち着いて、リウが錯乱したら何するかわからないよ。メイリーの大切な服たちを燃やすかも」
「れ、レイン!? 私、いくら錯乱していても、他人の大切なものを燃やしたりなんか……!」
「燃やっ!? お、落ち着きましたぁ! 落ち着きましたよぉ、リウ様! ですからどうかぁ! 私の大切な服たちはお許しをぉ!」
「燃やさないから! 最初からレインの妄言よ! もうっ!」
「……はいぃ……?」
「あはは……ごめんね、リウ。メイリーが止まりそうになかったから……メイリーも、ごめん。燃やすって脅されて……怖かったでしょ?」
「……もしも本当にそんな展開になったらぁ、この身を犠牲にしてでも服を守るつもりでしたよぉ。頭が真っ白になって、パニックになりそうになるのでぇ……今後は、別の方法でお願いしますぅ……」
「わかってるよ、最終手段ね。でも、リウを怖がらせることは最終手段を使うに値するからね? もちろん僕もなるべく使わないようにはするけど、メイリーも最終手段を使わせないように努力はしてね?」
リウを怖がらせるな、と圧をかけてくるレインにメイリーが少し頬を引き攣らせ、こくこくと頷いた。
ちゃんと理解してくれたメイリーにレインは満足げに頷き、褒めてほしそうにリウを振り返る。
その姿にリウは犬耳とぶんぶんと振られた尻尾を幻視して、そっと目を逸らした。
『……お兄様……』
「うん? どうしたの、レイシェ? 怖かった?」
『怖くは……いえ、少し怖かったのは……事実ですけれど。お兄様も反省してくださいまし! メイリーだけが暴走して、それをお兄様が止めたのならまだしも……お兄様だって暴走していたんですもの。褒められるわけがないでしょう!』
「……あっ。いやぁ……リウが可愛くて。でも、レイシェだってなんかぽーっとしてたでしょ? 見惚れてたんじゃないの?」
レイシェが無言で目を逸らした。
そして、そのままレインと目を合わせずに言い訳を考え、すぐに思い付いて堂々とそれを口にする。
『わたくしは、精霊になる前は幼いリウの姿しか見たことがなかったのですわ! 精霊になってからも、リウが着ているのは黒色のいつも変わらないドレスばかり……新鮮な姿を見て、見惚れてしまっても無理はないはずですわ! わたくしよりは見慣れているお兄様とは違うんですのよ!』
「……レイシェ……見惚れていたの?」
『え? ええ……まぁ……は、恥ずかしかったなら、以降は口にしないようにいたしますわ』
「……あ、ありがとう」
はにかむリウを直視して、レイシェが少し頬を染めながらくらりと頭を揺らした。
 




