ノルティアナの舞踏会②
魔法が近くで発動され、部屋の中に気配が現れるのを感じ取り、リウがそっとペンを置く。
そうして気配の方へとゆっくりと視線を向けると、そこには頭痛を堪えるように頭を押さえる大人の姿をしたディライトと、ひどく顔色を悪くして座り込んでいるレインがいた。
「……手酷く怒られたみたいねぇ。まぁいいわ、説明もだけれど、そのつもりで送ったのだし」
「リウぅ……お願い、ちょっとだけでいいから……僕に元気を……一瞬でいいから、微笑みかけるだけ……」
「チッ」
「微笑みながら舌打ちしないで……」
「……リウちゃ〜ん、いくらボクとレインくんが仲良しだからって、ボクに全部の説教を任せないでよ〜……」
「招待状にも書いてあったでしょう? いつもレインのことを叱ったりしてくれて、感謝してるって。これからも頼りにしているわ。……うん、でも……ちゃんと、形にしてお礼はさせてもらわないと。ごめんなさい、レインは私が怒ってもヘラヘラニヤニヤするだけで反省しないから。レイシェの説教も効かないことはないのだけれど……はぁ、本気で怒っていないと、レインにとっては何を言われても可愛いだけみたいで……」
リウがそう言って困った顔をして息を吐き出した。
ディライトはそれに苦笑いすると、仕方ないと肩を竦めて首を横に振る。
「レインくんが全部悪いから、そんなに申し訳なさそうにする必要は無いよ〜。ただ、少しでもボクの負担を減らしてくれたらありがたいだけでね〜。……招待状には、もっと小っ恥ずかしいこと書いてあったと思うけど」
「ヴェルジアが伝言を伝え忘れたのかしら。それとも私が本当に没収する気は無いとでも思っているのかしら。私は本気よ。私の前であれの内容に言及したら没収するわ」
「リウちゃんから話題に出したのに〜……?」
「……恥ずかしくない部分なら、いいのだけれど……せめて、恥ずかしくないようにぼかして! 小っ恥ずかしいとか言わないで! 渡すかどうか、半日も何もできずに悩んでいたんだから! でっでも、直接は言えないような普段の感謝を伝える良い機会だから……! 頑張って……! 渡したの……!!」
ぷるぷると震えながらリウが言うと、ディライトが苦笑いしながら頷いた。
わかっている、とそう言いたげなディライトにリウは頬を赤くしながら唇を尖らせ、子どものように膝を抱える。
「……わかってるなら、言わないで……」
「まぁ〜……恥ずかしがることもわかってたけど〜……ほら、からかうといい反応してくれそうだったから、ついね〜」
「ディライト!」
「ごめんごめん、もうやめにするから没収は勘弁してね〜? で……レインくんは何でこっそりリウちゃんに近付いてるのかな〜?」
「うぐぅっ!?」
気配を殺してリウににじり寄っていたレインの首を掴んでディライトが尋ねると、レインは固まった。
そして、冷や汗をかきながらリウを見上げると、そっとねだるような目をしながら言う。
「僕にも、お礼は……一言くらい……無い?」
「無いわね」
「そ、即答!? なんで!? ほら、立場が立場だし当然のことではあるんだけど! 色んな所に気を配ったり、リウの手伝いをしたり、薬を作るのもちゃんとやってるよ! 治安維持にも役立ってると思う! 一言も無いの……!?」
「……はぁ」
リウのお礼を欲しがるレインにリウが息を吐き出し、足を組みながらレインに向き直った。
そして、冷静な眼差しをしながら淡々と言う。
「あなたの普段の行動は、把握しているわ。ええ、感謝をするに値するでしょうね。償いの心を持ち、私の愛する配下たちや国民たちとは慎重に接している。表面には全く出ていないけれど」
「……僕のことを嫌う人に関わるのは、僕にとっても相手にとっても良くないし……慎重にって、やってるのはそれだけだよ」
「ただ……私に対してはあまり遠慮をしないから。お礼をする気なんて起きないし、普段の細々としたそれらは私の中では帳消しになっているわね」
「……べ、別で考えるべきじゃないかな!」
「そういう考え方もあるでしょうね。感謝すべきことと罰せられるべきことは、同じ人物であれ分けて考える。うん、とても大切なことね。――でも、大っ嫌いなあなたにだけは嫌」
「こ、公私混同!」
「あのお礼のメッセージはそもそも個人的なものよ。公の場であなたを褒め称えるのならばちゃんとやるわ。心が籠もっているように見える演技付きで。もっとも、大罪人であり奴隷のあなたにそんな機会が訪れるのか、甚だ疑問だけれど」
「さ、冷めた目が辛い……ディライト……」
よろよろとレインがディライトの方へと寄っていった。
しかし、ディライトにも邪険に扱われてしまいレインはショックを受けたような顔をする。
「まぁ、レインくん最近ちょっと調子に乗ってるよね〜?」
「か、可愛いって言うのもダメ?」
「ダメよ。距離も近い、私に近付かないで」
「……引き寄せられないように、気を付けるから……お願いだから、その目はやめて……」
本当な嫌そうなリウにそんなことを言い、レインが逃げていった。




