重なり、ぶれる。⑩
戻ろう、と。
そう告げたヴェルジアが重い足取りで来た道を一歩二歩と戻っていく。
その後ろから、一歩二歩と、同じように重い足取りをしていたリアが走ってきて、ヴェルジアの背中に抱きついた。
振り向けば、縋るようにしてヴェルジアの服を握り締めるリアがいて、ヴェルジアは息を詰める。
「……私じゃ……ダメなんですか……? こんなに好きなのに……お姉さまには、及ばないってことなんですか……っ」
「……違うよ。ただ、重ねてしまうから……」
「そんな、理由で……好意があるって言われて、こんなにたくさんデートをして! そのハンカチだって、間に合わないからって本当は違う日に渡すつもりでした! なのに……ヴェルジア様のことを思ったら、瞬く間に完成してしまって……頑張ったんですよ? 好きだから……頑張ったんです。……それなのに……期待させられていたのに、好意はあるのに、こんな風に振るなんて……酷い。酷い人……大好き。大好き、なんです。愛しているんです……目を逸らさないで」
大粒の涙を流しながらリアが訴える。
ヴェルジアは何も言えず、ただその場に佇んでリアの言葉を聞いていた。
「散々好意はあると言っておいて、私がヴェルジア様に恋をしているんだって気付いているくせに放置をして……それで、告白されたら振るんですか? 酷いですよ……せめて、せめてもっと早く、この恋心が折られていれば……こんなに、苦しい思いをすることなんて、なかったのに……! ……っ、お姉さまのことが好きなら……期待なんてさせないでほしかった。ヴェルジア様が私のことばかりを褒めて、お姉さまの話題なんて出さないから……だから、私は、大丈夫だって思えていたのに……なんで……なんでぇ……っ。なんで、こんな風に振られないといけないんですか……? 好意があるのにお付き合いはできないなんて、納得できないに決まってるじゃないですか……」
「……」
ヴェルジアが苦しそうな顔のまま、一歩踏み出した。
城へと戻る道へ、一歩。
リアから目を逸らすように、何も言わず、目もくれずに。
それにリアが唇を噛み、ヴェルジアの服から手を離して、叫んだ。
「私を! 見てよ……っ!!」
「……え」
聞き慣れない口調での言葉に、ヴェルジアがようやくリアを見た。
そして、気まずそうにしてヴェルジアが目を逸らすよりも前に、続けてリアが叫ぶ。
「目を逸らさないで! さぁほら、私をちゃんと見て振ってください! 諦めません、諦められるわけがない! 好きなのに、重ねて、比べてしまうのが怖いからって、そんなの!! 〝私〟を!! 見るんです!! お姉さまはこんなことをしますか!? こんな風に告白をしますか!? 王女としての責務を理解している、あのお姉さまが! こんなことをすると、思っているんですか!? お淑やかで、優しくて、大人しいお姉さまが! 振られたからって、諦めきれずにこんな風に声を荒げるとでも!? そんなわけないでしょう!? この、今の私のことも、お姉さまと重ねますか!? 答えてください!!」
ぶれる。
幻視して、リアと重なっているように見えていたリルが、ぶれて、薄くなっていく。
ヴェルジアが唇を震わせて、しかし何も言えずに唇を噛んだ。
「大体! 私相手に何を気にしているんですか!? ヴェルジア様は私のことを全然理解していません!! お姉さまと重ねられるって、そんなの、私にとっては当たり前のことで!! 大好きなお姉さまと重ねられるなんて、嬉しい以外に何を思えって言うんですか!?」
「……ッ、そんな……比べられて、嬉しいわけ……」
「ヴェルジア様は! リルの方が何倍も上手くできるとか、そんなことを嫌味ったらしく言うつもりですか!? 違うでしょう、ヴェルジア様はそんな人じゃないでしょう!? ヴェルジア様の比べるというのは、精々がリルならどんな風にやっただろうとか、そんなことを想像するくらいの!! 不快感なんて全くないものなんですよ!! それなのに、何を気にしているんですか! それで嫌われるのが怖いからって振って、もっと悲しませてどうするんです!? 馬鹿なんですか!? いいえ馬鹿ですよ、馬鹿! ばーか!! ヴェルジア様のばかー!!」
一通り言いたいことを叫び終えて、リアがぜぇはぁと息を切らしながらヴェルジアを見る。
ヴェルジアは苦しそうな顔で目を閉じると、ゆっくりと目を開いてリアを見た。
「……いいの……?」
「ふぅ、はぁっ……良くない、理由が……どこにあるって、言うんですか……?」
「……そう、だね。……そっか」
ヴェルジアが微笑み、跪いてリアと目線を合わせた。
羞恥か、それとも息を切らしているからか、赤く染まっているリアの頬に片手を添えて、ヴェルジアが言う。
「振ったばっかりなのに、何様だって……僕も思うけど。……他の何者でもない、リアが好きです。リアのこれからの人生と、その先を、僕にください」
「……はい」
ふたりきり。
茜色の空だけが、二人を見下ろして。
二つの影が、ゆっくりと重なった。




