重なり、ぶれる。④
むむむ、とリアが唸る。
「ありえないです……そんなわけないです。そんなわけ、ないんですからぁっ……」
「……どうしたの?」
「ひゃっ! ……う、あ、ヴェルジア様……!? い、いつもいつも、唐突過ぎます! もう少しこうっ……次は何日後のこの辺の時間帯に来るとか、多少曖昧でもいいから伝えてくださらないと、びっくりしちゃうじゃないですか!」
「時間なんか伝えたらびっくりさせられないでしょ?」
「びっくりさせるつもりでやっていたんですか!?」
リアがそう叫んでヴェルジアを睨みつけた。
そして、ふいっと視線を逸らしてヴェルジアを無視し、部屋の外へと向かい始める。
「ああ、拗ねないで。冗談だから……」
「なら、どうして次はいつに来ると教えてくださらないのですか!」
「いつも驚かせてるなぁとは、僕も思ってたけど……ちょっと休憩しようと思った時とか、気分転換したいと思った時とかに来てるから僕にも次はわからないんだよ。でも、配慮はしないとね……強いて言えば、リアが一人の時に来てるけど……一人の時にずっと警戒させちゃうのは申し訳ないし、リアも疲れちゃうよね」
「……そんな体力も集中力も、無いので……お仕事に支障をきたしてしまうかもしれません。……それは、絶対ダメなのに。それに護衛の人たちがいるとはいえ、ただでさえ今は特に警戒が必要なんですから……」
足を止め、独り言のように呟かれた言葉にヴェルジアが口を閉ざした。
そして、俯いて眉を寄せるリアの頭を撫でて視線を合わせる。
「……警戒、っていうのは……」
「あ……ごめんなさい。……お姉さまが失踪した今。軍の一部は捜索に割かれ、多少ながら軍力は弱まっています。だから、周辺国は我が国との戦争を目論んでいて……それに、お姉さま……聖女が行方を消し、その責務を放棄した責任も、問われようとしています。今は、お父様とお母様がお姉さまが聖女の役割を放棄したとは限らないと言って時間を稼いでいますが……時間の問題でしょう。お姉さまが現れない限りは。……それで……お姉さまがいないこの現状では、私が一番王位に近いので……」
そう言って、リアが少し顔色を悪くした。
そして、息を吐き出すと外を見て、ぎゅっと胸元を掴んで言う。
「周辺国からも、そして……貴族からも、狙われているんです。だから、気が抜けなくて……」
「……そっか」
ヴェルジアがそれだけ言って、怖がらせないようゆっくりとリアを抱き締めた。
まだ幼いのにそんな危険に晒されて、そして父と母が他のことにかかりきりになってしまうからと、政にも積極に関わって。
そうして、疲れ果ててしまっているのがわかったから。
「……っ、ヴェルジア様……何、を……」
「ごめんね。……僕は、このことにあまり関われない。だけど……両親に甘えることもできてないんでしょ? 代わりには、なれなくても……敵じゃないって安心して関われる人には、なってあげれられると思う。まだこんなに小さいんだから……甘えてもいいんだよ」
「う、うあ……っ、や……やめて、ください……」
「大丈夫、大丈夫。リアは頑張ってるよ。だけど、その小さな身体で全部を背負わなくてもいいんだよ。少しでもいいから、頼れる人に頼って」
「……っ、ぅあ……ぅ……ッ」
リアはヴェルジアにしがみついて、声を殺して泣いた。
ヴェルジアはただただ静かにその頭を撫でて、背中を擦って、リアが落ち着くのを待つ。
数分が経てばリアは次第に落ち着き、ヴェルジアから離れた。
「……ご、ごめんなさい、ヴェルジア様。……服……汚しちゃって……それに……うぅ」
「別にいいよ、すぐに綺麗にできるから。……辛くなったりしたら呼んで。これくらいしかできないけど……ないよりはマシなはずだからね」
「……はい」
「目、少し腫れちゃったね。治そうか」
「あっ……ありがとうございます……」
「……大丈夫? もう少しここに居ようか。普段の調子に戻るのには時間が掛かるよね」
「え、あ、だ、大丈夫、ですから……っ。あの……えっと、恥ずかしいので、ヴェルジア様は今日は帰ってください、お願いします。……お願いですから……」
顔を隠してぷるぷると震えながらリアが懇願すると、ヴェルジアが首を傾げながら最後にリアの頭を撫でて帰っていった。
リアはそれを見届けてからゆっくりと顔を隠していた手を下ろすと、そのまま崩れ落ちるようにして床に座り込む。
「……ううう……っ」
そして、一人になっても独り言すら言えず、リアは顔を真っ赤にしてしばらくの間羞恥に苦しみ続けるのだった。




