ifストーリー シアワセな二人③
リウの敗北から――XX年後。
いつもの部屋の中で、リウがベッドに腰掛けていた。
開いた窓からそよ風が入り込んで揺れる長い髪を楽しそうに眺めながら、リウに膝枕をしてもらっているレインがその頬に手を伸ばす。
「風、当たってるけど……寒くない?」
「寒くないよ……大丈夫。寒くなったら、ちゃんと言うから」
「それならいいけど。膝も……ずっとやってもらってるけど、痛かったりしない? 大丈夫?」
「私からやるって言ったんだから、気にしないで。どうしてそんなに心配そうなの?」
「リウが穏やかに微笑みながら僕の頭を撫でてるからだよ」
「……それ、いつも言ってるね。そんなに怖い?」
「いや、僕としては嬉しいんだけどね? ただ、突然廃人になったりしたら怖いよ」
「何をしても怯えるね」
「緩やかな変化だし、もしかしたらリウが全部を抑え込んだ結果のその穏やかさってわけではなくて、本当に変わっただけなのかもしれないけど……っ、これまでがあれだったから……! 凄く抑え込んでていつか廃人になるんじゃないかって……」
苦しそうな表情で見つめてくるレインの頭を撫でて、リウがくすくすと笑う。
そして、変わらない表情で、ゆっくりと言った。
「抑え込んでるからじゃ、ないよ。レインは、私を見捨てないから。ここにいれば、私は絶対に独りにはならない。……転生の時に、戻ってくるのにどうしても間はあるけど……どこにも行かないよね? レインは、私のことが、大好きだから」
「どこにも行かないよ。リウがずっとここにいてくれる限り」
「想像よりもずっと自由で……外には出られないけど、中庭になら出してくれる。……それで、充分。私には充分だよ……ここにいれば、私は誰も失わない。裏切られることもない。独りになんて、ならないんだから……」
「……独りになりたくない。その思いを利用されて今があるって、わかってるのに?」
レインが苦笑いしながら尋ねると、リウが頷いた。
それを眺めながらレインはリウの膝から頭を離し、その隣に腰掛ける。
リウの表情を覗き込めば、確かな安堵がそこに宿っていて、レインは笑みを深めた。
「全部、ぜーんぶ、レインの策略。私がこうやって変化することも、レインの思い通り。きっと……そうなんだよね。うん、わかってる」
「……」
「それでも、ね。……もう、いいの。配下のみんなが上手くやっているのか、みんなちゃんと生きているのか……わからない。もう、祈ることしかできない。リアも、みんな……みんな。どうなっているのか、わからない。……だから、私は……祈って、それで……レインと一緒にいる。……事実なんて、知りたくない」
「……僕は別に、君の配下に手出しはしてないし、マリーツィアにも手を出させないよう監視はしてるよ?」
「うん……でも、ずっとここにいたら、いつかは寿命で誰かが死ぬ。戦争が起これば戦死だってするだろうし、病気に掛かる子もきっといる。……そんなの、嫌だよ。逃げてるってわかってるけど……知りたくない。ここは、レインの傍は……私に都合のいいぬるま湯。そういう風になってる。……知らずにいられるのなら……知りたく、ない。ずっと、生きてるんだって思い込んでしまいたい……誰も、失いたくない」
死んだことを知らなければ、みんなは自分の中では生きていることになる。
だから、知りたくない。
そうリウは語って、静かに膝を抱えた。
レインがその背中を優しく叩いて落ち着かせていると、リウは緩慢とした動きでレインを見上げる。
そして、へにゃりと笑って、その腕を掴んだ。
「レインが、それでいいって言い続けるから。あったはずの見届ける覚悟は、もう無くなっちゃった。レインのせいだよ……だから、ちゃんと責任を取って。見捨てないで。置いていかないで。これからも、ずっと、ずっと、ずっと……永遠に。例え、この世界が滅んでも」
「大丈夫。これまでの行動で、証明してきたはずだよ。何がどうなっても、絶対に離さない」
レインがリウを抱きしめて、その耳元に口を寄せる。
「相思相愛で……しあわせだね」
「……うん」
妹すらも知らないような、とびっきり甘い声で。
一人では立つこともできなくなった女の子が、幸せそうに微笑んで、ただ静かにそんな返事をした。
これにて『ifストーリー シアワセな二人』は終了です、ありがとうございました!
祝・1000話到達!
すごい!




