竜との出会い
初投稿です。ちょっと長いかも?
一人、静かで広大な森に佇む少女、魔王リウ・ノーテル。
そよ風が彼女の淡い金髪を揺らし、自然の緑が碧と翡翠の瞳を彩っていた。
彼女は俗に言うオッドアイで、本人も少し気にしていたりする。
が、そんな余談は置いておいて。
彼女の足元には小さな銀色の子竜が居た。
怯懦に染まっている瞳は綺麗な空色。
リウがニコリと微笑み、子竜を抱き上げた。
「子竜さん、はじめまして。私はリウ・ノーテル。悲劇女王の名を冠する魔王よ」
リウはそう高らかに名乗りを告げた。
子竜の瞳がより一層恐怖に染まる。
魔王とは会ったらおしまい、生存は諦めた方がいいと物語の中でも語られるものなのだ。
その反応も仕方無いのだが、リウはそこらへんに疎かった。
どうして黙っているのだろうと首を傾げている。
本人的には優しく言ったつもりだったし、事実声も表情も柔らかくて優しいものだった。
だが、魔王という名乗りのせいで全てがぶち壊されていた。
そもそも、リウは魔王の中でも有名人なのだ。
子竜が固まってしまうのも無理はないことなのである。
「あ、あれ? 喋れるわよね? あなた子供みたいだけど見た限り純血の竜よね、人型になれる。魔物じゃない方の竜よね? 銀色だなんて見たことないけど……綺麗ね」
最後に呟かれた言葉に子竜がガタガタと震え出した。
再びリウが首を傾げる。
リウは記憶を掘り返して竜についての知識を再確認した。
竜には、混血の意思の無い魔物としての竜と、純血の意思のある人に近しい竜の二種類が居る。
混血竜は冒険者ギルドによって討伐が求められるものだが、純血竜の方は見つけたら友好的に接し、困っていたら手助けをするというのが常識であった。
目の前の子竜は確かに純血なのだが、純血故に魔王たるリウに怯えていた。
「えっと……返事、してくれないかしら? なにもしないから」
『本当、ですか……?』
初めて子竜から返事が来て、嬉しそうに頬を綻ばせるリウ。
相手は竜なので、頭に響くような声である。
少し上機嫌そうに頷くと、そっと子竜を撫でた。
「本当よ。まずは、名前。あなたの名前を教えてくれるかしら?」
『……レア、です』
「そう、レア。嫌だったら答えなくてもいいのだけど、この近くに純血竜の集落があるの?」
『あ、は、はい。えっと……里、っていつもお父様は言っていますけど』
「里? あなたの住んでいる場所は里と言える規模のものなのね。もしよければお邪魔させてもらいたいけれど……迷惑でしょうし諦めるわ。あ、そういえばここで蹲っていたけど大丈夫? 怪我をしているのなら治してあげるけれど」
リウは軽く子竜、レアの身体などに怪我が無いか確認しつつ尋ねる。
それを終えると、そっとレアを降ろして返事を待った。
『わ、私は、大丈夫です。……あ、あの、里に行きたいのでしたら、里に来た魔物を追い払っていただけるのなら、招待、しますけど……』
おずおずと控えめにレアがそう告げた。
少し困っているらしい。
リウはぱあっと笑顔を浮かべると再びレアを抱き上げた。
「それなら、案内して頂戴な。助けてあげるわ」
『あ、ありがとうございます……案内しますので、離して下さい』
「あっ……うう、そうよね。これじゃ案内出来ないわよね。ごめんね」
そう言いながらリウが名残惜しげな表情でレアを降ろした。
レアがパタパタと小さな翼で飛び始めたのを確認して、リウもレアの少し後ろから歩き始めた。
ニコニコと上機嫌な笑みを浮かべながら、リウは純血竜の里というものに期待を膨らませるのだった。
◇
『ここです』
レアがリウに向かってそう告げた。
リウはというと、純血竜の里というものに目を輝かせている。
「こんなに広いのは初めて見たわ。相当発展しているのね? それで、魔物の方の話を聞きたいのだけど……」
『たぶん、お父様が詳しいと思います。里長ですから』
「あら、じゃああなたはこの里におけるお姫様なのね。里長さんはどこに居るの?」
『えーと……今の時間だと家に居ると思います。こっちです』
レアに案内されるままに歩いていくリウ。
かなり注目されていたが、とりあえず気にしないことにしていた。
リウは容姿などでかなり目立つので、視線のスルー技術は相当のものなのだ。
『ここです。お父様ー、居ますかー?』
扉の前でレアがそう声を掛けると、ドタドタという足音が聞こえて勢い良く扉が開かれた。
そこには、緋色の髪に緋色の瞳の巨躯の青年が居た。
「おお、レア! ……と、そちらは……!?」
『お父様! え、えと、この方は、魔王リウ様です。魔物のことを話したら助けてくれるって言われて……』
「そ、そうか。いや、レアは知らないのか……」
『お父様?』
青年はレアの父親らしい。
純血竜は人の姿になれるので、今は人の姿で居るということだろう。
というより、日常生活を送る上で竜の姿は不便らしい。
それはいいとして、青年が呟いた言葉にリウとレアが首を傾げていた。
「レア、この里では魔王リウ様のことを信仰しているのだ」
『し、信仰……ですか?』
「我らの先祖が魔王リウ様に救われているのだ。だから、我らは感謝を込めて魔王リウ様のことを信仰している。怖がる気持ちは分かるが、魔王リウ様は悪い方ではないんだよ」
『……そうなのですね。え、えーと、では、魔物のお話をしませんか?』
「おっと、そうだったな。レアは奥でお母様と一緒に居なさい」
『はい、お父様。リウ様、私はこれで失礼します!』
レアは青年とリウにそう告げると家の中に入って奥の部屋へと姿を消した。
リウはレアを見送ると、青年に視線を戻す。
「魔王リウ様。私は里長のフローガと申します」
「ええ。知っているでしょうけど、リウ・ノーテルよ。とりあえず、様付けはとにかく魔王って付けるのはやめてくれるかしらね。ちょっとむず痒いから」
「では、リウ様と。お入り下さい」
リウは青年、フローガにそう言われると静かに家の中に入った。
勧められるままに座布団の敷かれた床に座ると、フローガを見据えるリウ。
「それで? 例の魔物というのは?」
「ジャイアントキャットです。逃げ足が早く、竜の姿で近付くと逃げられ、人の姿で近付けば少々火力不足で……」
「ふぅん……なるほどね。分かったわ、任せなさい。どの辺りに居るかは分かる?」
「東側の森を進めば会えるかと……」
「そう……じゃあ、行ってくるわ。倒したら戻ってくるわね」
「あ、ありがとうございます……!」
リウは家を出ると、東に進んで里を出て深い森の中へ入っていた。
しばらく歩いていると、ガサリと草を踏みしめる音がリウの左側から鳴る。
リウは左腰にある銀の柄に金の刀身の〝刀〟を引き抜き片手で持った。
刀を構えることなくリウが視線を彷徨わせると、右側に踏み込んで刀を振るう。
そこに、大きな猫の死骸が転がっていた。
リウは魔物の死を確認すると、優しく身体を撫でた。
そして、手を翳すと黒く輝く魔方陣が現れる。
「〝消失〟」
一瞬のことだった。
そこにあった死体が、一瞬で塵となり消え失せていた。
リウは死体があった場所を一瞥すると、踵を返して里へ戻っていった。
少しだけ、悲しそうな表情をしながら。