視界に入っておりません
結局は大してヴィクトリア様が悪役を演じる事が無いまま、お茶会は終わった。
これまでの努力は何だったのでしょう?
「シャーロット様、如何なさいましょうか?」
ティールームを出て早速私に相談されましても。
「やはり悪役になられますますか?」
「勿論です!このままでは断罪が難しくなります!」
悪役を印象付ける筈のお茶会が意外に和やかムードだったから、今さら悪印象を与えるって難しいわね。
付け焼き刃の作戦なんて上手くいくのか、不安しか無いけどやるしかないのね。
「でしたら、殿下に於かれましてはヴィクトリア様に悪印象を持って、今日という日を終えて頂けねばなりません」
ふむふむと頷かれるヴィクトリア様。こんなに素直なのに本当に悪役になれるのかしら?
「私の鞄には、姉の作ったお菓子がございます。これを私が殿下に渡しますので、ヴィクトリア様は取り上げたり、貶したりして邪魔をして下さい」
「承知しました。今度こそ完璧な悪役になってみせますわ!」
力強いお言葉!
ヴィクトリア様、今度こそ!とやる気がみなぎっていますわね。
と思いきや瞳を潤ませて、両手で私の手を取った。
「シャーロット様のお姉様には改めてお詫びに参りますので、宜しくお伝え下さい!」
随分と律儀な悪役ですね。
私は不安と鞄を抱えて殿下の後ろ姿を追った。
「殿下、実はお渡ししたい物がございます」
学院の廊下を歩く殿下を追い掛け、無礼は承知で背後から声を掛ける。
「シャーロット、どうした?」
「先ほどの当家の菓子ですが、実は鞄に入れておりまして。殿下のお口に合えば宜しいのですが」
私は鞄からお菓子を入れた袋を取り出した。
自分なりに可愛くラッピングしたのだけど、第三者がこれをどう思うかは知らない。
「こ、これは!」
殿下は袋から1つ取り出すと、それだけ言って固まってしまった。
まぁ田舎のお菓子ですし、作ったのもパティシエではなくお姉様ですからね。
でも見栄えが多少悪いと言っても、何も固まる程では無いと思うのだけど。
「殿下、なりません!」
ここでヴィクトリア様が登場!
今度こそ悪役になれるのか?
「そんな安っぽいお菓子、お口が汚れます!それにそんな物を食べてお腹を壊したら如何なされるおつもりですか!」
ヴィクトリア様は殿下からお菓子を取り上げると、力任せに床に叩き付けた!
お姉様には後で謝っておこう。
「シャーロット様、分をわきまえなさい!」
目で謝罪しながら悪態をつかれるヴィクトリア様!
前から思っていたけど、器用な方だわ!
「分をわきまえるのは貴様だ! ヴィクトリア!」
「えっ?」
一瞬、何が起きたのか理解出来なかった。
王太子殿下がヴィクトリア様を怒鳴り付けたかと思いきや、それだけでなく力任せに突き飛ばしになった?
「きゃっ!」
とてもか弱い声を上げてその場に倒れ込むヴィクトリア様!
でもその口元には笑みが!
その一方で殿下は落ちた杏のお菓子を拾い上げると、ひたすら見つめている。
「殿下、いけません!」
今度は私が思わず叫ぶ!
王太子殿下ともあろうお方が床に落ちたお菓子を口に入れられたのだ!
「こ、これだ…」
えっ?
殿下はお菓子を食べながら涙を流されている。
そして袋の中を、宝物でも見るかの様にひたすら見詰められている。
私は呆気に取られながらヴィクトリア様と思わず顔を見合わせる。そしてヴィクトリア様が囁かれた。
「あのお菓子、そんなに美味しいのですか?」
「それなりには美味しいとは思いますが、何も泣くほどでは…」
殿下がお菓子を食べ切るまで、私たちは唖然としながら殿下を見守った。
やがて食べ終わられた殿下はツカツカと私に近付かれた。
「シャーロット、この菓子はお前が作ったのか?」
「いえ、私ではなくて…」
殿下に勢い良く迫られ気が付けば後ろは壁だった。人によってはこの光景、誤解しかねないだろう。
殿下、近すぎます!
この状況では返答し辛いのですが。殿方にこんなに近寄られた事が無い身としましては、非常に困るのですけれど!
「そこの貴方、妹から離れて下さい!」
その時だった。殿下の動きを制する聞き覚えの有る声が廊下に響き渡る。
次の瞬間、怒気を露わにしたその声の主が走って近づいて来る。
マーガレットお姉様だ!
「あぁぁ………」
突然殿下が声の主であるお姉様を見て言葉にならない声を上げたかと思えば、その後は声を失っている。
そんな驚く程、個性的な見た目ではないと思いますが。
「メグ!」
「はい?」
マーガレットお姉様をいきなりメグ呼ばわりされた殿下と、素っ頓狂な返事をしたお姉様。
2人は何故かいきなり見つめ合っている。
「やっと会えた。メグ、愛している」
「えっ?あ、あの」
私とヴィクトリア様など殿下の視界には入っていないのだろう。
私たちなどお構い無しに、殿下は戸惑うお姉様を抱きしめていた。