練習の成果が出せません
この後は微妙な空気のまま、3人のお茶会が始まる。
尤も王太子殿下は諸用で少し遅れて来るとの事なので、この時間はヴィクトリア様との貴重な打ち合わせとなる。
チラリとヴィクトリア様の表情を伺うと、目が血走っていて真剣そのもの!
「シャーロット様、今から完璧な悪役を演じきって見せます!シャーロット様は話を合わせて下さい!」
扇で口を隠しつつ小声で決意表明をするヴィクトリア様。
余程の自信ね。その瞳には一点の曇りも無い。
「畏まりました。お任せ下さい!」
何だか私もやれそうな気になってきた。
普通なら王太子殿下の御前だと緊張しそうだけど、あの殿下ってそんな気がしないのよね。
不思議な事もある物ね。
「シャーロット様、どうかされましたか?」
「いえ恐れ多くて奇妙な話ですが、殿下に親近感の様な物を感じてしまい、緊張しないのです。私って鈍いのでしょうね」
心配して下さるヴィクトリア様には申し訳ありませんが、脳天気なのは家系ですから!
「シャーロット様のその物怖じしない性格、それは王太子妃の素質が充分有ると言うことに他なりませんわ!」
違うと思いますが。
「果たしてそうでしょうか?」
「間違いございません!私の目に狂いはございませんわ!」
言い切られて高笑いをなさるヴィクトリア様に褒められても不安しかございません!
そんな事は口が裂けても言えないけど。
「待たせたな」
王太子殿下のご登場だ。
果たしてどんなお茶会になる事やら。
△△△△△
「シャーロット・アプリコット男爵令嬢、其方の事を聞きたい。アプリコット家の事など話してもらいたいと思ってな」
「まぁ殿下、シャーロット様に興味深々ですわね」
ヴィクトリア様、本日一番の微笑み!
思惑通りって言う感じ。
「うむ。色々と聞かせてくれ。アプリコット家は子爵だった筈だが、何故男爵になった?」
「かなり前の様です。古すぎて記録がございません」
知らない事は答えようがない。
それに大体、私の方が知りたい!
「アプリコット家の領地はどうだ?広大な農地が広がるあの地は変わらぬか?」
「恐れながら申し上げます。現在のアプリコット家の領地に広大な農地などございません」
男爵家の領地は手付かずの山が殆ど。
僅かな平地だって、広大な農地と言うには程遠い猫の額。
まさか殿下は、何処か違う男爵家と勘違いしていらっしゃる?
「確かアプリコット家は何回か領地が変わっていますわ。そんな事より殿下、もうシャーロット様にすっかり夢中の様ですわね」
いえ、ヴィクトリア様。殿下の興味は私と言うよりも当家に対してではないでしょうか?
きっとこんなギリギリ貴族が物珍しいのでしょう。
「ヴィクトリア、黙れ!」
一瞬だけヴィクトリア様の方を向かれると、何が気に入らないのか王太子殿下が声を荒らげる。
「杏は?シャーロット、杏の木も無いのか?」
殿下のお声がなんか必死と言うか、悲壮感漂うと言いますか、何故でしょうか?
そんな声で殿下が当家の杏に興味をお示しとは。
「杏でしたらございます。家名の由来ですから。領地にも、王都の屋敷にも植えてございます」
「そうか……」
家名の由来になった杏の木について答えると殿下は瞳を閉じ、何かに思いを馳せっている様だった。
そのお姿は神々しくもあり、その場に居る誰しもが殿下に声をお掛けする事が憚られた。
「さぁ、お茶が冷めてしまいますわ」
暫くして、ヴィクトリア様が沈黙を破られる。
それを合図にようやくお茶会らしくなってきた。
「シャーロット、よくぞヴィクトリアの友人になってくれた。損得抜きでヴィクトリアに近付く者など皆無であったからな」
色々と違うのですが…。
何だか申し訳なくなってしまいました。
「勿体ないお言葉でございます。私如きがヴィクトリア様のお側に居て宜しいのか、思い悩みますが殿下のお言葉を胸にヴィクトリア様に寄り添っていく所存にございます」
ヴィクトリア様をチラリと伺うと、あれ?
瞳が潤んでいます。ヴィクトリア様。
殿下の仰った事は本当でしたのね。
「お菓子を頂戴致しますわ、シャーロット様もさぁ」
気を取り直したヴィクトリア様が明るい声で仰られる。
どれも美味しそうで、高そうなお菓子だわ!
目移りして仕方ないわね!
「シャーロット、菓子と言えばアプリコット家に伝わる菓子は無いのか?」
「ございますが、田舎の菓子故にお見せする程では」
「そんな事は無い。今度持ってまいれ!」
「御意にございます」
私の鞄には、お姉様が焼かれた杏のお菓子が入っている。
ヴィクトリア様にお菓子のお返しのつもりだったけど、やっぱりこの煌びやかなお菓子には見劣りするわね!
出すに出せなくなったわ。