準備万端ではありません
「ねぇポリー、私って誰かに似てるかしら?」
我が男爵家に仕えてくれる数少ないメイドのポリーは30過ぎのシングルマザー。
8歳と5歳の男の子を女手一つで育てている。
住み込みなので彼らもまた、「おじょーさま!」と私を呼ぶ姿が微笑ましい。
そんなポリーに聞いて分かるとは思わないけど、念の為に聞いてみた。
「お嬢様、強いて言えば目元は旦那様に、何気ない仕草は奥様に似ているかと思われますが」
「多分そういう意味じゃないと思うから大丈夫よ。ありがとう」
まさか王太子殿下が、私がお父様やお母様に似ているなんて仰る筈が無いわよね!
それじゃ誰に似ているなんて仰ったのかしら?
もう1人同じ系統の顔は居るけど。
「ポリー、お姉様は?」
「マーガレットお嬢様でしたら、お帰りになられてからお菓子をお作りになられていますよ」
「あの杏のお菓子?」
「その様です」
家名の由来になったお菓子だわ。
当家の次女であるマーガレットお姉様の作るお菓子は本当に美味しい!
今日はヴィクトリア様とのミーティングでお菓子をいっぱい頂いたけど、お姉様のお菓子だって負けないくらい美味しいと私は思う。
玄人跣って言葉はお姉様の為に有る様なものね。
そうだ!明日のミーティングにヴィクトリア様にお出ししてみよう!
貧乏だけど美味しい物はちゃんと食べているってアピールしとかなきゃ!
△△△△△
「ご機嫌よう」
翌日、学院の私のクラスではちょっとした騒ぎになっていた。
「シャーロット様、これはどういう事でしょうか?」
級友の皆様方、驚かれてますわね。
私の机の上には盛大に花が置かれていました。お葬式で死者を弔うお花ですけどね。
ヴィクトリア様は早速実行に移されたみたい。
それにしてもこのお花、綺麗だし高そう!
嫌がらせの振りに使われるなんてお花も可哀想だけど、ヴィクトリア様も気合入っているわね!
私も腹を括らないとね。
△△△△△
「ヴィクトリア様、もう心の準備は出来ています!ヴィクトリア様のタイミングでどうぞ!」
「承知しました。シャーロット様、本当に怪我をなさらない様にして下さい!」
放課後、お約束の階段突き落としを決行する事になった。
学院の階段にて数分前から周囲を伺いつつ、ヴィクトリア様が私を突き落とすタイミングを見計らっている。
金切り声を上げて周囲の視線を集め、私を突き落とさなければならない。
もう一つ重要な事は、私の着地地点に誰か居て巻き添えにならない様にしなければならない。
断罪って、するのもされるのも楽じゃないわ!
「本当に大丈夫でしょうか?」
「はい!このくらいの階段なら問題ございません!」
私は領地の野山を駆け回って飛び降りる事も慣れているけど、普通の貴族令嬢ってこの高さの階段を飛び降りたりしないわよね。やっぱり。
「でも突き落とす時には合図をし…」
「この泥棒猫!」
て下さいと、言えなかったけど絶好のタイミングだったのかしら?
でも、合図はして欲しかったです!
これはちょっと想定外だわ!
「きゃっ!」
これは本当に出た声。
合図も無く落とされてれば流石にバランスを失います!
しかも運悪く着地地点に誰か通り掛かった。
その方に怪我をさせかねない最悪の展開!
タイミング良くないじゃないですか!
「危ない!」
通り掛かった方はそう叫ばれ、ガシッと私を受け止めて下さった。
ああ、ご迷惑をお掛けして申し訳ございません。
こんな事なら、ダイエットしとくんだった!
「大事無いか?」
「はい!ありがとうございま…」
そこで言葉を失ってしまった!
まさか受け止めて下さった方が、王太子殿下だなんて!
「あら、足を滑らせて階段から落ちられたシャーロット様、大丈夫ですか?」
「ヴィクトリアか」
王太子殿下はヴィクトリア様を特に何の感情も込めずに呼ばれるが、一方のヴィクトリア様は安堵と言うよりも計画通りに事が進んで満面に笑みを浮かべている。
突き落とした私を殿下が受け止めるって、ヴィクトリア様にはこの上無い最高の展開!
よく見ると、小刻みにガッツポーズしているわ!
「そうですわ!殿下のご都合が宜しければ、これから3人でお茶を頂きませんこと?」
「俺もか?」
「ええ、私の大事なお友達のシャーロット様をお助け頂いたお礼をと思いまして」
また変な流れになってきた。