悪役にはなれません
翌日、他人を罵る言葉を研究した私達はそれぞれの研究結果を持ち寄り、今日も借り切ったティールームで打ち合わせをする。
打ち合わせと言ってもそれは、世間や王室を謀る言わば悪企みだ。
確かにヴィクトリア様は悪企みするには目立ちますからね。貸切は大事です。
流石です、ヴィクトリア様!
そういう訳でここのお代は全てヴィクトリア様が支払って下さるけれど流石に気が引けるわね。
これでも一応は貴族ですから!
「シャーロット様、ご遠慮なさらないで下さい」
当然の如くヴィクトリア様はお茶だけで済ませようとする私に、これまた高そうなお菓子を勧めてニッコリと麗しく微笑んで下さるけど、逆に怖い!
悪企みの席にその微笑みは反則です!
「いえ、大丈夫ですから!」
「気にしないで頼んで下さって結構ですのよ。その方が私も落ち着きます。何と言っても私達はもう、運命共同体なのですから!」
微笑みながらハッキリと言い切られたわ。
でもその微笑み、ヴィクトリア様らしくもない口元のニヤリが不気味なんですけど。
ハァ、その気も無いけどもう後戻りは不可能なのね。
ハハハ、もう笑うしかないわ。
△△△△△
「シャーロット様、王太子殿下には私が、私のお友達として紹介致します」
「えっ!お友達としてですか?」
成り行きとは言えヴィクトリア様にお友達として扱われるなんて、学院の皆様方に嫉妬されそう!
ヴィクトリア様以外からのガチの意地悪に気を付けなきゃ!
「何を驚かれていらっしゃいます? 私が紹介しなければ殿下と知り合う事は永久に有り得ませんよ!」
ごもっとも。
本来ならお顔を見る事さえ憚られるお方。
お陰でお声をお掛けて頂いた時も殿下と分からなかった。
お付きの人が「お止め下さい、殿下!」って言うから分かったけど、お付きの人がいなかったら分からずに、中途半端に親切な殿方として認識していたに違いない!
その自信は有る!
「それではシャーロット様の研究結果をお聞かせ下さい」
「はい。メイドに聞いたのですが、他人に婚約者を奪われた際には、「この泥棒猫!」と叫びながら扇で叩くそうです」
我が貧乏男爵家の数少ないメイドに相談すると、目を輝かせて教えてくれた。
お喋り好きな彼女の話のネタになるかもだけど、安い給金で働いてくれているので文句は言えない。
「泥棒猫ですか?」
ヴィクトリア様は目を丸くされて驚かれた。
「私の研究では叩く時には違う動物でしたわ」
「まぁ何でしょう?」
違う動物?ヴィクトリア様の研究結果とは一体何かしら?
「叩きながらこう言うそうです。「この白豚!」と」
「えっ?」
「更には、「変態豚野郎!」とも。扇ではなくて鞭で打つそうですよ」
ヴィクトリア様、それは違います!
何処から仕入れた情報なのかは気になるけれど、いくら何でも品位に関わる事だから止めさせなくちゃ。
「ヴィクトリア様、それはお使いになられない方がよろしいかと」
「そうですか?」
キョトンとされていますがヴィクトリア様、とんでもない事を口にされた自覚をお持ちになって下さい。
「はい。罵るにしてもヴィクトリア様の品位を保たせなければなりません」
「難しいですわね」
ヴィクトリア様のお美しいお顔が険しく曇る。
だが私は知っている。この曇りを一気に晴らす言葉を。
「お止めになられますか?」
こう言えばやる気スイッチがオンになる。
「いいえ!それは断じて有り得ません!」
再びやる気に満ち溢れたヴィクトリア様とその後も、盛大な音だけど痛くない扇での叩き方、派手だけど痛くない転び方を練習した。
「これだけやれば充分でしょう。出来るだけ早く殿下に引き合わせます。よろしくて?」
練習に熱が入り過ぎたか、ティールームで息を切らせている私達を誰かに見られでもしたら、異様な光景に見える事だろう。
まあ、借り切っているし、店員にも口止めしてあるからその心配は無用だけど。
△△△△△
「お止め下さい。本日は終了しております!」
本日の練習の反省会をしていると、不意に入口付近から店員と何人かの殿方とのやり取りの声がする。
職務を全うしようする店員だが、怯えている事が手に取る様に分かる。
「いつもはこの時間でも開いているではないか!殿下が喉が渇いたと仰っている!」
「しかしながら、本日は貸切でして」
殿下?
そう呼ばれるお方はこの学院にはお一人しか存在しない。
私達は思わず顔を見合わせる。次の瞬間、フゥと一息付かせ、ヴィクトリア様の不敵な笑みを浮かべられた麗しいお顔は入口の方へと向く。
「お通しして下さい」
ヴィクトリア様の鈴の音の様な尊さを感じさせる澄んだお声がティールームに響く。
私を王太子殿下に合わせる算段をしていると、殿下の方からティールームに入られると言う好機が訪れたのだ!
渡りに船だと思われたに違いない!
「畏まりました!」
これでこの状況から解放される!と店員が思っている事は丸わかりだ。彼は明るい声を張り上げた。
すると直ぐにツカツカと足音が響くと、そのお方は姿を現された。
「おお、ヴィクトリアか!」
「王太子殿下。殿下に於かれましてはご機嫌麗しゅう存じ上げます」
ヴィクトリア様が麗しい公爵令嬢に戻られている!
こんな瞬時に切り替えるなんて、流石だわ!
「何をしている?借り切ってまで」
「新しく出来たお友達と人目を憚らずにお喋りを、と思いまして」
友達とお茶する為に貸切にするって、理由になるのでしょうか?
「左様か。ならば遠慮するか」
殿下も納得するの?
普通なの?
おかしいでしょ、その感覚!
「いえ、殿下に私のお友達を是非ともご紹介させて頂きたく存じます」
「俺がお前の友達など知っても仕方ないだ……」
王太子殿下は私を一瞥して言葉を詰まらせている。
そりゃ、今までのヴィクトリア様のお友達とは方向性がまるで違いますからね。
形容する言葉に窮するでしょうよ!
「お前は確か」
「あらっ、ご存知でしたの?」
「…似ていたからな」
あの時もそう言ってたわね。私が誰に似ているのかしら?
おっといけない!
お許し頂けるまで頭を下げなきゃ。
「改めてご紹介させて頂きます。こちら、シャーロット・アプリコット男爵令嬢でございます」
私は下げた頭を更に深々と下げる。殿下より発言を許されるまでは自分からは話せないからだ。
「アプリコットだと!」
殿下?
殿下はアプリコットの家名を聞いただけで激高したみたい。ウチってそこまで嫌われていたの?
「殿下、落ち着き下さい!」
宥めようとしたヴィクトリア様を無視した足音が近付いて来たかと思えば、私の前で止まった。
「面を上げよ」
恐る恐る頭を上げると、今度は王太子殿下は私の顎をクイッと上げ、顔を舐める様に見る。
いくら何でも失礼だと思われるのですが。
「何故だ! 何故アプリコットの令嬢がお前なんだ!」
そう言われましても。
私には何だか、殿下が苦しんでいる様に見えた。