断れません
「ヴィクトリア様、きっと倦怠期ではないでしょうか?」
「倦怠期ですか?」
聞いた事が有るだけで、私にそんな経験は無い。
そもそも殿方とお付き合いもした事も無いのだから、当然と言えば当然か。
でもヴィクトリア様の気まぐれにこれ以上はお付き合い致しかねます。
「日常とは違う何か刺激の様な物が有ればきっと大丈夫かと」
「それには及びません!」
ヴィクトリア様はそうピシャッと扇を閉じながら仰られると、再びお茶を1口だけ口に含まれた。
そのお姿は元の可憐で優雅な公爵令嬢のヴィクトリア様に戻られていた。
「今に始まった事ではございません。3年前に殿下からハッキリと告げられました」
「何と?」
「こうです。「お前を妻とする事は出来ない」と」
ヴィクトリア様はそんな事を言われて王太子殿下を愛する事が出来なくなったのでしょう。
許嫁の女の子にそんな事を言うなんて、王太子殿下とは言えあんまりよ!
「実は殿下はそう仰られる数日前から随分と高熱にうなされていまして、生命の危険すらございました。それが熱から冷めると急に人が変わっておしまいになられてしまわれまして…」
「ご乱心でしょうか?」
「滅多な事を口にしてはなりませんよ、シャーロット様!」
ヴィクトリア様は殿下をご乱心なんて言った私に対して少し強めの口調で嗜める。
何だかんだ言って殿下への無礼は許せないみたい。
「それで殿下は何と?」
「お辛そうに「お前は悪くない! しかしお前ではないのだ」と仰られたのです」
「それはどの様な意味でしょうか?」
「分かる筈もございません!」
ごもっとも。
でもそれなら話は早い!
「ヴィクトリア様、ならばご婚約の解消はされたも同然ではありませんか!」
当の殿下ご本人がヴィクトリア様とのご婚姻を望まれていないのだ。
もう婚約は解消されたも同然!
厄介事に巻き込まれなくてよかった!
こんなお茶の席も必要無かったな。
自分じゃ間違っても絶対に頼まない様な高そうなお菓子だけど、やっぱりワリカンかな? 一応は同級生だし。
ん? でも何だかヴィクトリア様の様子を伺うと、そう簡単には幕引きにさせてもらえない様だけど。
「シャーロット様、そんな単純なお話ではございません!」
ヴィクトリア様、目の前でそんな難しいお顔をされては、折角の高そうなお菓子の味が分からなくなってしまいます。
「この婚約は王家と当公爵家の取り決め。余程の事が無い限りは…」
お互いに好きになれない事は、『余程の事』にならないの?
「政治的な思惑の前では個人の気持ちなんてまかり通りません。殿下ご自身も国王陛下に申し入れているそうですが、難しい様です」
「それで断罪ですか?」
「ええ。私は将来の王妃に相応しくないと皆に思わせ、その上で罪に問われなければなりません。断罪された者が王家に嫁ぐ事などあり得ませんわ!」
ようやく当初の目的を言えたヴィクトリア様は何だかスッキリしたみたい。
私だってヴィクトリア様に自由を謳歌していただきたい!
でも、この企みが露見したらどうなる?
ヴィクトリア様のクラプトン公爵家は建国時の功績で、永代筆頭公爵となっている。
そのご令嬢のヴィクトリア様にはお咎めは無いだろうけど、私はかなりヤバい!
ヴィクトリア様には思い直して頂かないと。
でないと私だけが、「王家を謀った不届き者!」 とか言われてそれこそ断罪されるに違いないわ!
ヴィクトリア様に何とか口添えして頂いたとしてもお咎め無しにはならないだろう。
アプリコット家の爵位は剥奪かな?
そうでなくともギリギリ貴族だし。
貴族でなくなったらご先祖様みたいに農家になって畑を耕すのかな?
あっ! 今も兼業農家みたいだから違和感ないわ!
「ヴィクトリア様、断罪されれば最悪は死刑、国外追放や懲役刑もあり得ますよ」
何とか思い留まって頂かなくちゃ。
「そこは何とか上手く、ソフトに断罪されます様に調整が必要です」
「ソフトな断罪ですか?」
「まず、死なない。それに国外追放や懲役刑も無しでお願いします。あと、鞭打ち刑等痛いのも遠慮させて頂きます」
何ですかそれ!
「それでは断罪にはなりませんよ!」
「婚約破棄という事だけで、社会的制裁を受けたとなりませんか?」
祈る様に両手を組み合わせてウルウルした瞳で見つめられても私は裁判官じゃない! 私に聞いて如何するのですか!
「ヴィクトリア様、現実問題としまして私に意地悪をしたとしても断罪は難しいかと」
「そこを何とかされるのが貴女の仕事です!」
私は別に断罪請負人ではございませんよ!
「シャーロット様にしかお願い出来ませんの」
今度は一転して、懇願する麗しの微笑。
殿方なら間違いなく落ちる。同性の私だって落ちかねない危険な微笑みだ。
「上手く事が運べば相応の御礼は致します」
「御礼ですか?」
はぁ、貧乏貴族の悲しき宿命。御礼と言う単語につい反応してしまった。
ああ、恥ずかしい!
「負債を抱え込んでいる跡継ぎの居ない男爵家がございまして、もう領地も爵位も返上するつもりだそうです。債権は当公爵家が握っていますので、シャーロット様はそこの形ばかりの養女となられれば状況も好転致しましょう」
「養女ですか?」
「形ばかりです。シャーロット様が養女になった暁には借用書は焼き捨てますわ。そしてほとぼりが冷めた頃にアプリコット家に吸収させてしまえばアプリコット家は多少は潤います。又はシャーロット様がその男爵家で婿を取るという選択肢もございますよ」
そんなに上手く事が運ぶのかな?
でも取り敢えず今より悪くなりよう無いだろう。
この多分美味しいのだけれども、場のせいか味を感じない高そうなお茶を口にした時点で拒否権は無いみたいだし。
「畏まりましたスカーレット様。ソフトな断罪を目指して一緒に頑張りましょう!」
手を取り合う私達には、ティールームのウエイトレスの訝しげな視線が浴びせられていた。