家格が足りません
「ヴィクトリア様、それはどの様な意味なのでしょうか?」
どういう事?
ご自分のご婚約者、それも王太子殿下を縁談としてを私にご紹介下さる?
?しか頭に浮かびません。ヴィクトリア様。
「言葉のままです。シャーロット様、貴女に王太子殿下を奪って頂きたいのです!」
「あのヴィクトリア様、ご自身が何を仰っていらっしゃるのかご理解されていらっしゃいますか?」
揶揄われた?
ヴィクトリア様はその様なお方ではないと思っていたのに!
将来の王妃殿下として、誰に対しても分け隔て無くお優しく接していらっしゃったヴィクトリア様にも揶揄われるなんて、ギリギリ貴族の悲しさね。
でも流石に頭には来るわ!
「シャーロット様、誤解なさらないで下さい。冗談を言っている訳ではございません。純粋に私から王太子殿下を奪って頂きたいのです!」
「それが理解しかねます!」
自然と声が荒くなる。
そもそも、純粋に奪えってどういう事?
「何故ですの? 至極簡単ではありませんか」
ここでヴィクトリア様は改めて私に向き直られますと大きく息を吐かれ、視線は私を捕らえたまま今度は大きく息をお吸いになられました。
「宜しくて、簡単に筋書きをご説明致しましょう。これから私はシャーロット様に意地悪をさせて頂きます。それを王太子殿下がお救いになり、2人の間に愛が芽生え、やがて愛は高まります!
かくして私は数々の悪行を断罪されて婚約も破棄、苦難を乗り越えられたシャーロット様はめでたく王太子妃となられるのです。如何ですか? 完璧なシナリオでしょう!」
言い切ったわ!
言い切って自信に満ち溢れた笑顔を浮かべるヴィクトリア様。すっかり陶酔なさっているけど、ヴィクトリア様の新たな一面を見たわ。
「何故その様な事をなさるのでしょう?」
素朴な疑問を投げ掛けてみた。
「私たちの会話内容は他言無用です。秘密は守れますね!」
グッと迫るヴィクトリア様。その目力、それだけで人が殺せそう。
先程まで私の目の前にいらっしゃった優しい未来の王妃殿下は、もう何処にもいらっしゃらない。
「はっ、はい!もちろんですわ、ヴィクトリア様」
ここで「いいえ」という選択肢は存在しない。
賢い選択をした私にヴィクトリア様は運ばれて来たお菓子をスッと無言で勧めて下さいました。随分とお高いお菓子になりそう。
「私は物心が付いた時にはもう、王太子殿下の婚約者でした。当たり前の様にお妃教育を受け、当たり前の様に屋敷と学院と王宮だけの毎日。ある時ふと思ったのです。このままで良いのかって…」
貴族の子女は15歳になると王都に在る貴族専用の学院で、貴族としての嗜みと教養を身に付ける事が義務付けられている。
だから私は15歳迄は猫の額と言ったら猫が怒りそうな領地で畑仕事したり、釣りをしていた。
食事に直結する事ばかりで、貴族らしい遊びをしていない事は残念だけど、自由気儘な生活だった。
でもヴィクトリア様は生まれも育ちも王都。恐らくは王都から出られた事も無いのでは?
それは流石に息が詰まると思う。
「ヴィクトリア様、でしたら殿下の地方視察にご同行されてみては如何でしょうか?見慣れぬ風景をご覧になられれば気晴らしにもなりましょう」
何とか断る為に、思い付きのアドバイスっぽい事を言ってもみました。
「シャーロット様、それは無理な相談です!」
無理なのはこっちよ!やっぱり言わないといけないのかしらね。
「ヴィクトリア様、大変心苦しいのですが、王族のお相手は伯爵以上の上位貴族と決まっています。男爵家では声をお掛けする事も憚られます」
学院の1学年上に王太子殿下が在籍されているのだけれど、この学年に限ってクラスは上位貴族と下位貴族に分けられている。
この学年の下位貴族クラスには私の2番目のお姉様も在籍しているけど、下位貴族は王太子殿下を見る事も許されないそうだ。
何でも、記録に残らない位の大昔に子爵家の令嬢が婚約者のいた王族をたぶらかしてしまった事が有って、こんな規定が出来たらしい。
「それは理解していますが何とかなりませんでしょうか。私にはもう無理なのです! 同行などしては、一緒の時間が増えるではありませんか。それは苦痛でしかございません!」
「ヴィクトリア様、落ち着いて下さい」
こんな捲し立てているヴィクトリア様なんてとても想像出来なかった。
恐らくは他人にこの状況を説明しても信じてはもらえないでしょうね。
「そもそも、私は王太子殿下を好きになれません!」
「はい?」
今、聞いてはいけない一言を聞いた気が。
いえ、そんな筈は無いわ! きっと気のせいよ! 空耳よ!聞き違いよ!
だってお2人は学院の、いえ国中を探してもお2人以上なんて見当たらないベストカップルの筈!
愛し合われていないなんてあり得ないわ!
「シャーロット様、大事な事なのでもう一度はっきりと申し上げます」
ヴィクトリア様はお茶を1口お口に含まれると、時間を掛けてその1口を染み込ませる様に喉を通される。
「私、ヴィクトリア・クラプトンは王太子殿下を愛する事が如何しても出来ません!」
私は超弱小男爵家の3女ですよ!
厄介事に巻き込まないで!