平坦ではありません
「メグ、いや、マーガレット嬢との婚姻を承諾して頂きたい!」
「はぁ?」
農作業から帰って来た両親揃って開いた口が塞がらない。
そりゃ娘と療養中の怪我人が、リハビリついでのピクニックから帰って来たら結婚の報告しているのだから驚かない訳が無い!
「レナード様、マーガレットを好いてもらえるのは有り難いですけど、身分差をお考え下さい!」
お父さんの言う事にも一理ある。
確かにレオは騎士様。それもかなり上の方だと思うの。だって白い馬って隊長とかじゃないと乗れないって聞いた事が有る。
療養中にも、「国の8割を収めるイブリーガ家の当主だ」なんて冗談を言っていたけど、引っ掛かりそうな位な雰囲気も有る。若くして隊長になったのを誇張したいのよね、きっと。私に見栄を張る事ないのに。
それに対して我が家は農家。
農家の中には裕福な豪農もいるけど、我が家は至って普通の裕福ではない農家。
身分的には騎士様は貴族に準ずる身分なので、農家の娘を娶るなんて普通なら有り得ない。
ところがレオは、「そんなものは関係無い。俺は世界中を敵にしようと必ずメグと結ばれてみせる!」と言ってくれた。
「レナード様、マーガレットには騎士様の奥方様など勤まりません。騎士様に相応しいだけの教育は受けさせていません。菓子だけは作れますが、それだけですよ」
確かにお母さんの言う事にも一理ある。
私は何とか読み書きが出来る程度の教育しか受けていない。
騎士様といえば貴族に準ずる身分。
普通なら家柄が良く教養豊かで、絹の様な柔肌のご令嬢を娶るのかも知れない。
ところが私は農家の娘。
農作業をして日焼けもするし、肌も荒れる。絹なんてとんでもなくて、木綿が関の山だ。
ところがレオは、「そこもまた、愛おしい」と言ってくれた。
「ちょっと良いか?」
レオが余裕を感じさせる笑みを浮かべた。
きっと両親の反対理由をはね返すに違いないわ!
「そもそも俺は騎士ではない!」
「えっ?」
「騎士様でもないのに立派な鎧を着て、あんな白い馬に乗っているのですか?」
そういえば妹のシャーロットにあげたお菓子を金貨で買おうとしたり、輝く様な鎧を着ていたり、庶民の感覚からは考えられないけどレオって騎士様じゃないの?
バタン!
何?その時、家のドアが何の前触れも無く、勢いよく開けられた。
「やはりここに居たか!」
「レナード・イブリーガ殿とお見受けした!」
「大人しくご同行願おう!」
数人の兵隊が無遠慮にズカズカと入って来る。最後の1人が抱えているのは、妹のシャーロット!
「お父さん、お母さん、お姉ちゃん…」
シャーロットは目に涙を為ながら力無く私達を呼んだ。怖かったろう。小さな身体が震えている。
きっとここ数日、外に出る機会が有ったレオが噂になって嗅ぎつけられたんだ。
そしてきっとシャーロットは案内する様に脅かされたんだ。
「貴様ら、俺を探す為にそんな小さな子を脅したのか!」
えっ?
この震えた声、顔は見えないけどまるでレオじゃないみたい。
私の知っている優しいレオとは違う声だ。
「痛い目には合わせていないさ。まだな」
「殴る素振りをしてやれば、素直に言う事聞いてくれたぜ」
「いや、俺が剣をチラつかせたのが効いたんだろ」
あの剣で脅かされたんだ。まだ9歳のシャーロットが。
私はチラリとレオに視線を送ると、レオが俯き加減で震えている。
「なるほど、つくづく思う。ここの領主のジョンソンに本領安堵をした事は俺の不覚だ」
えっ?レオが領主様を呼び捨て?
「イブリーガ軍の兵士には1名たりとも子供を脅す様な卑怯者は居ない。何故だか分かるか?」
震えが止まったレオは顔を上げ、兵士達を睨み付ける。
「俺はな、子供を脅す奴は絶対に許せねぇんだよ!」
親の敵でも見る様に睨み付け、レオが吠えた。
それと同時に武器も無いのに2人の兵士に飛び掛かると手刀を首には当てて声を出す暇も与えずにその意識を奪った。
強い!
「おい、コイツがどうなっても良いのか!」
残った兵士はシャーロットを人質に取っている。
流石のレオも手出し出来ない!
「シャーロット!」
「お姉ちゃん助けて」
助けを乞う声に力無い。目の前で妹がこんな目に遭っているのに何も出来ない自分が情けない。
「待ってろ、今助ける!」
「子供を脅す様な卑怯を嫌うイブリーガの総大将は、子供の為に首を差し出すか。ご立派な事で」
レオが回り込む様に横に移動すれば、兵士は距離を保つ為に反対に移動する。
お互いにジリッジリッと移動をしてレオと兵士の距離は変わらない。
レオが何かを眼で訴えている?
あっ、そうか!
「あんたを生け捕りにすれば最低でも騎士、あるいは下級貴族くらいにはなれるだろう!」
あと3歩。
「だがここで殺したとしても、首を持って帰れば万々歳だ!」
あと2歩。
「俺が死んでも早いか遅いかの違いだけで、イブリーガによる統一は止まらんぞ」
あと1歩。
「俺と違って優しい性格の弟、ジェームスはきっと立派な統治者となるであろうし、優秀な家臣団と勇猛果敢な兵士達、それを束ねる一騎当千の将軍。貴様らが勝てる要素は何処にも無い!」
「だったら、やっぱり生け捕りにして人質にすれば」
「無理だな。今こうしている間に義勇兵が生まれた」
「何処にそんな者が?」
遂にその瞬間が来た!
「ここだ!」
兵士はレオに集中する余り、背後のお父さんに気が付かなかった。
お父さんは薪を割る時に使うナタの背で兵士の首を打った!
刃の方でなかったのは、シャーロットに血を浴びさせたくなかったからだと思う。
その後は泣きじゃくるシャーロットをお母さんと力の限り抱きしめた。
「お見事、舅殿!」
「しゅ、しゅーと?」
お父さんは他人を気絶させた事と、レオに舅と呼ばれた事、2つの初めてを同時に体験して戸惑っていた。
「メグ、やはり俺はこんな連中が幅を利かせる世の中は許せない。1度家に戻ろうと思う。そして改めて迎えに来る!」
「レオ、きっとよ」
兵士達を倒してしまった以上はレオはここには居られない。
レオはきっと根本的に変えようとしているに違い無い。
「その為にも舅殿にお頼み申す」
「何?」
「領主に不満を抱く者を集め、義勇軍を編成して頂きたい!」
療養生活を終えたレオが遂に去ってしまう。
勿論、付いて行きたいし、行って欲しくない!
でもレオはどうやら凄く大きな集団の隊長の様だ。
私に出来る事は足手纏いにならない様に待つだけ。