また、現在の話ではありません
俺はレナード・イブリーガ。
群雄割拠の世を勝ち抜き、国の8割以上を制圧したが完全統一まであと少しの所で裏切りられ、農家の娘に匿われたイブリーガ家当主だ。
あれから半月、そろそろ傷も癒えてきた。
何とかして戻らなければならない。
問題は2つ有る。
一つは、ここの領主は俺を裏切った者であること。
ここさえ何とか抜けられれば、隣の領地は早々と中立宣言をしているので素通りが可能だろう。
その隣は俺が譜代の家臣に与えた領地だ。そこまで行ければ大丈夫な筈だ。
もう一つ。これはもっと重要な事だが、俺自身が匿ってくれたメグから離れられない事だ!
惚れてしまった!
大事な事なのでもう1回。
完全に惚れてしまった!
あの日あの時、メグを思わず抱きしめたあの瞬間、命は助けられたが俺の心はメグに討ち取られていた!
こんな気持ちは初めてだ。
今までに女を宛がわれる事はあったが飽くまでもその場限りで、今ではその女の顔も名前も全く憶えてはいない。
だがこの半月、俺の心はメグに完全に占拠されている。特別な存在ってこういう事なのか。
△△△△△
私はマーガレット・ニクソン
成り行きで傷付いた騎士様を手当てして匿ったけど、あの方ったら下着姿の私に抱き付くとか信じられない!
「お前が好きだ!」
なんて言って、メグなんて勝手な愛称で呼ぶしでうんざりしていた。
でも、騎士様の戯れなのかも知れないけど……半月もそんな調子で続けられると。
「おはよう、メグ」
「おはようございます。レナード様」
なんて普通に挨拶している。
いや、普通じゃない!
朝の挨拶だけなのに意識してドキドキしちゃう。
何なの?
歩ける様になったレナード様をリハビリとして散策に連れ出した。
この方に私が好きな場所、花が綺麗な丘を見せたいと思った。
不粋な剣は用無し。代わりにバスケットを持って行く。中にはお弁当とお菓子を入れて。
世の中の戦乱はまだ収まっていない。そのせいで若い男は兵隊に採られている。
それで珍しいのか、村を出るまでにレナード様はよく女性から話し掛けられる。
「これまた随分な男前を捕まえたねぇ!」
隣のおばさんまでレナード様を見るや否や、目を丸くして驚いて言った。
「素敵な方ねぇ!」
「えっ、結婚相手じゃないの?」
「それじゃ、紹介してよ!」
お父さんの服を着ているレナード様は騎士には見えないのだろう、村娘達がキャッキャッと言いながらレナード様に擦り寄って来る。
はしたないわね!
その姿を見て、感じた事の無い違和感を感じた。
レナード様が他の女と話す。それが隣のおばさんでもこんなに気分が悪いのはなぜ?
答えは判っている。認めたくないだけ。
嫉妬!
私自身がレナード様に惹かれているんだ!
半月もお世話してどんな方かは判った。
強引な所も有るけど優しいし、外面だってお伽話の王子様みたい。
それに、強引な所だって情熱的と言えなくもない!
この方の傍らに居たい。でもきっとレナード様は傷が癒えたら戦場に戻るのだろう。
言える訳がない。
「行かないで」
「えっ?」
「はいっ?」
キョトンとしているレナード様に私も素っ頓狂な返事を返す。
「今日は丘まで行くのだろう?今、行くなって言ったよな?」
言えないと思っていた事が思わず声に出していたみたい。恥ずかしい!
「あ、いえ。1人で先に行かないでって事ですよ!」
何とか取り繕えた。
「俺がメグを置いて1人で行くなど有り得ん!」
「そうですか。オーバーワークはダメですからね」
何とか平静を保つ。でも実際は心臓がドキドキして収まらない!
でもこの鼓動が堪らない!
もっとこうして歩いていたい。
この先の丘がもっと遠くなら良いのに!
「おおっ!」
そんなに都合良く道は延びてくれない。
レナード様は満面の笑みだけど、私の願い虚しく視界には花が咲き誇る丘が見えてきてしまった。
大好きなこの場所だけど、今日だけはこんなに早くは着きたくなかったな。
2人して丘を歩く。
「メグ、連れて来てくれて有り難う!素晴らしく美しい所だな!」
「いえ、何も無い村なのでここくらいしかお見せ出来る所がありませんけど」
「そう言うな。住めば都と言うじゃないか」
「じゃあレナード様、この村にこのままお住まいになりませんか?」
言い終わると同時にハッとなる!
「メグ、それは?」
「やだ!私、何言ってるんだろう!」
思わず本音が出ちゃった!恥ずかしい!
「メグ、俺は」
「いえっ、騎士様がこんな田舎で暮らせる訳なんかありませんよね。冗談ですよ!お気になさらずに」
取り繕わなきゃ。
「このままここに居るのも良いかもな」
声が出ない。
今の私はどんな顔しているのだろう?
「わっ、私は…」
ダメだ。その後の言葉が出てこない!
「メグ、お前さえ良ければ俺と」
まさかこれって?
「出会ってまだ半月ですよ!」
「出会ってからの時間は問題ではない。この後の50年、60年を共に生きるのだ。60年から見れば半月だろうと1年だろうと大して変わらん」
完全にプロポーズ!
「レナード様、もっと回りくどい言い方をするものですよ」
「そうか。メグ、俺達の孫にお前の焼いた杏の菓子を食べさせてやってくれ!」
いきなり孫の話?
そこまでの経緯は割愛なの?
まぁ、この方らしいかも。
「孫は何人ですか?」
「子供は3人は欲しい。だから孫は10人だな」
レナード様の瞳は真剣だ。
その瞳に見つめられると何も言えなくなる。
「それじゃ10人の孫のお爺ちゃんとお婆ちゃんになるまで、共に白髪が生え揃うまでちゃんと愛してくれますか?」
「誓おう。何が起ころうと俺の心はメグから離れる事は無い!」
「レナード様」
「メグ、俺の事はレオと呼んでくれないか」
「レオ?」
レナードでレオ?
「母上は外国の出でな。母上の国では俺の名はレオナルドと呼ぶそうで俺をそう呼んでいた。母上は俺が8歳の時に亡くなったが、俺の妻になる女にこの呼び方を継いで欲しいと言っていたんだ。それに敬語も止めてくれ!」
「何だか恐れ多いわ。でも…。それじゃレオ。騎士様の奥様って旦那様に敬語を使うイメージだから使ってみたけど、慣れない事はするもんじゃないわね!」
「メグ、愛している」
「私も!レオ」
レオに肩を抱かれた私は無意識にレオの背中に腕を回して、そのままの勢いで身体をレオに預ける。
至近距離で見詰め合うレオと私。
レオの熱い視線にとろけそうな私は全身から力が抜け、自然と瞳を閉じた。