私ではありません
「お姉様、仮の話としてお聞き下さい」
「改まってどうしたの?」
思えばお姉様と下校をご一緒するなんて久し振りだ。
後は屋敷に帰るだけなので登校の時よりもお互いに砕けた話が出来る。
なので思い切って聞いてみた。
「お姉様、私たちってまだ縁談がまとまっていないではありませんか」
「そうねぇ。難しい様ね。私たちの縁談」
「もしもですが、有り得ない様な縁談が降って湧いてきたら如何なさいます?」
「何? 唐突に?」
うーん、切り出し方が悪かったかな?
大らかなお姉様も流石に不思議顔。
「ですから、仮のお話です。ある殿方から猛烈に求愛されたとしましたら、如何なさいます?」
「そんな、まさか…」
驚かれていますね、お姉様!
お相手を知りましたらもっと驚かれますよ!
「お姉様、そのまさかが起きたとしましたら?」
「まさか縁談が降って湧いたの?」
「まだ正式な縁談ではありませんが」
正式な縁談になるにはまだクリアしなければならない問題が山ほど有る。
我が男爵家の人間だけでは難しいだろう。
親戚縁者一同の力を集めれば何とかなっても良いのではないかと、希望的観測だが僅かに思う。
上を下への大騒ぎになるだろうが、せめて先に事情を知っている私だけでも冷静に振る舞わなければならないわね。
「おめでとう!」
「はいっ?」
お姉様、とても嬉しそう!
私、思わず素っ頓狂な声を上げてしまいました。
「お相手はどなた?」
「あ、いえ」
「もう、姉である私を差し置いて縁談なんて、とっても嬉しいじゃない!」
ここで確信した。
お姉様、華やかに言い切りましたが思いっ切り誤解されています!
「お父様もお母様もお人が悪いわね!それとも妹に先を越されて1人残った憐れな次女に気を遣ったのかしら?」
「お姉様、違います!」
満面の笑みのお姉様の暴走が本格的になる前に止めないと、収拾付かなくなるわ。
「シャーロット、よかったわね! もしかしてヴィクトリア様と近頃お付き合いされているのは、その為なの?」
このマイペースなお姉様には、もう王太子殿下のお相手がご自身である事を告げるしかないわね。
「お姉様、その縁談は…」
その時、私の声を遮る様に1台の豪華絢爛な馬車が近付いて来た。
その馬車は私たちの傍に停まるとドアが開かれ、先程別れたばかりの知った顔が現れた。
「マーガレット様、シャーロット様、ご機嫌よう」
ヴィクトリア様だ。先ほど馬車でお屋敷に向かわれた筈なのに、どうしたのかしら?
「実は思う所がございまして引き返しました。当家に是非ともマーガレット様にご覧頂きたい絵がございます。宜しければ如何でしょうか?」
「今からですか?」
姉妹を代表して私が尋ねた。
本来ならば、公爵家令嬢の言う事に男爵家令嬢は従うべきなのかも知れないが、私とヴィクトリア様は既にそういった関係は超越していると思っている。
運命共同体なのですから!
「是非!」
このヴィクトリア様の微笑みは、運命共同体とかそういう物全てを吹き飛ばず公爵令嬢の微笑み!
この微笑み前では私達に断る選択肢は無いわ!
微笑みがこんなにも怖いお方は他に居ないと思いますの。
「お姉様、ヴィクトリア様からご招待頂きました。クラプトン公爵家のご令嬢からのご招待ですから、光栄な事ですわね!」
ヴィクトリア様のクラプトン公爵家は建国時の功績により、永代筆頭公爵家となっている。
他の公爵家は王家からの分家が殆どだが、功績による公爵家はクラプトン公爵家だけじゃないかしら。
領地なんて我が家の何倍なんでしょう?
「それでは、マーガレット様、シャーロット様、参りましょう!」
私たち姉妹は吸い込まれる様に馬車に乗った。
△△△△△
広いお屋敷だ!
門から館までどれだけ時間が掛かった事か!
下手したら当家の領地の平地部分より広いかも知れない!
「ただ今お茶の準備を致します。しばしお待ち下さい」
ようやく本館に着くとヴィクトリア様はズラリと並ぶ使用人に指示を出した。
何人居るのか数え切れないが、彼等はただ一言、「お帰りなさいませ、お嬢様!」を声を揃えて言う為に並んでいた様だ。
「あ、いえ、お構いなさらずに」
お姉様が遠慮したところで、状況が変わる筈もない。
「その様な訳にはまいりません。強引にお誘いしましたのは私なのですから」
ヴィクトリア様がそう言うのだから、かなり豪勢なお茶会になるに違いない。
楽しみの様であり、怖くもある。
「あのヴィクトリア様、私に見せたい絵とは?」
お姉様が好奇心に満ちた瞳を輝かせて尋ねられた。
その絵に期待せずにはいられないのだろう
「では先にご覧頂きましょう。マーガレット様を初めてお見掛けした際に、以前にもお見掛けした事が有る気がしてなりませんでした。それを先ほどお二人とお別れした直後に馬車の中で思い出した次第です」
「まさか姉を絵でご覧になったと?」
お姉様が絵に描かれる訳なんて有る筈もない!
ヴィクトリア様の戯れ言でしょう。
「どの様な経緯かは存じ上げませんが、その絵は建国当時から当家に家宝として伝わる絵でして、初代様とその王妃様を描いたそうです。現在では殆ど残っていない初代様を描いた絵でございます」
益々分かります兼ねます。
「こちらです」
ヴィクトリア様に案内された部屋の大きく重厚なドアを開けると、まるで美術館の様に幾つもの絵画で彩られた空間が視界に飛び込んできた。
「すごい!」
他に言葉は要らない。
流石は筆頭公爵家。その一つ一つが美術に疎い私でも分かる気品と迫力を漂わせている。
「あちらです」
ヴィクトリア様が指し示した絵には一際雰囲気が有り、それには若い男女が描かれている。
「これは、お姉様!それに殿下!」
驚いたち拍子に殿下と言ってしまったが、お姉様は私の声など耳に入らない様子だ。
「こ、これは?」
それだけ言ってあろう事か、お姉様は卒倒してしまった!
婚礼衣装を身に纏った王太子殿下とお姉様が描かれた絵の前で!